EMQ:アヴェント防衛戦-群像
「くらえッ!」
「ギシャア!」
「ぐあっ!」
「クソッ! 大丈夫か!」
「こっちは問題ないわ! 貴方は向こうをお願い!」
冒険者対悪魔の軍勢の戦いは混迷を極めていた。
多数の冒険者と悪魔が入り乱れ、傷つけ傷つき、倒し倒され、互いにじわじわとその数を減らしていく。しかし、今のところは五分五分の勝負である。
「はっはっはー!! 燃えろ燃えろ!」
そんな中、高笑いしながら下級悪魔の群れへ火炎放射器を放つ女性がひとり。"機関"研究部門主任、アリムである。
背中に背負われた大きな燃料タンクと、そこから伸びたホース。この火炎放射器は"機関"研究部門が開発したものだ。
他にも左右の腰には大きな鞄を取り付けている。かなりの重装備だが、この中身も全て兵器だ。
「素晴らしい! とてつもない威力だ! 流石は私の子!」
アリムの火炎放射器の炎を受けた悪魔たちはもがき苦しみ、やがて次々と息絶えていく。数に対しての威力は十分だ。
このように、アリムは魔法を使って戦うことを好まない。自ら作り出した兵器を巧みに操り戦うのが彼女の戦闘スタイルである。
「あづっ……!? ちょ、危ないですよ!」
「うるさいな。こんだけ派手に攻撃してるんだから近づくほうが悪い! ほら、向こうの悪魔を処理してきな!」
近づいてくる悪魔たちを片手間に処理しながら巻き込んだ冒険者を追いやる。
「全く、"この子"の性能試験の邪魔をしないでほしいな」
彼女が生み出す兵器を、彼女自身は我が子として扱っている。自らの子供の活躍は邪魔をさせたくないのである。
「そいじゃあ続きを……あり?」
向かってくる悪魔たちに、再び炎を放とうとした、その時である。
ノズルから放たれた炎は最初こそ大きかったが、見る見るうちに勢いが弱まり……そして、消えてしまった。ノズルのトリガーを何度も引くが、一瞬小さい炎が出るだけ。
――燃料切れである。
「やれやれ、燃費はちと考え物か。もう少し持つ計算だったんだけど。威力は十分だからちと抑えめにして燃料の消費を……」
顎に手を当てて我が子をまじまじと見つめるアリム。晒された大きな隙に一匹の下級悪魔が大きく口を開けて噛みつこうと迫る。
「邪魔しないで?」
が、アリムが悪魔の口に硬く、丸い"何か"を詰め込んだ。大口を開けていた悪魔は反射的にそれに噛みつく。
「『なんだこれ』って顔してるね。すぐにわかる……よっ!」
繰り出されるアリム渾身の蹴り。悪魔は"何か"を咥えたまま少しだけ吹き飛び、アリムはそれとは反対方向へ駆け出す。
かと思われたその瞬間……悪魔の咥えていた"何か"が、轟音と共に爆発した。
跡には爆炎に焼かれ、黒く焦げた悪魔の死体が残る。
「ありゃあ何かわかる前に死んじゃったかな」
そう言いながら火炎放射器のノズルを燃料タンクのフックに収納し、代わりに腰の鞄から今使用したものと同じ爆弾を両手にスタンバイ。
「さあ……君たちも私の子の実験台になれ!」
にやりと口元を歪ませ、それを未だ尽きぬ悪魔の群れの中に放り投げた。
* * *
――一方。
「あの音は……ま、また、暴れて、いるのか」
"機関"警務部門主任、ミリス。彼もまた、この戦いに駆り出されていた。
爆発音を聞いたミリスはそちらの方向を見て思いを走らせる。"またアリムか"と。
彼女が戦いに繰り出されるときはいつもこうなのだ。新作を試すだけ試したあとは、手当たり次第に爆破。研究に関しては細かいくせに戦闘に関してはこんなにも大雑把とは。
閑話休題。
「ミリス様っ! 危ない!」
この戦いの中、余所見をしているミリスを見逃すはずもなく。
大量の悪魔が、ミリスの背中に襲い掛かる。近くの冒険者たちが援護に向かおうとするが、明らかに間に合いそうな状況ではない。
そして悪魔たちの鋭い爪が、ミリスを容赦なく斬り裂く……
「心配、するな」
ことは、なかった。
突如としてミリスの周囲の地面が隆起し、土の壁と化したのである。
ミリスに襲い掛かっていた悪魔たちは、ある者は土の壁に激突し、ある者は隆起の衝撃で上空へと弾き飛ばされ。ミリス本人には傷一つない。
「さ、流石"機関"のトップの一人……緑魔法の扱いも噂以上だ」
「な、なに。ここ、これくらい、たいしたことでは、ない」
ミリスな緑属性魔法のスペシャリストである。
緑属性魔法が得意とするところは敵への妨害……一般的にはそう言われるが、正確には違う。
自然の力の使役。緑属性魔法の神髄はそこにある。草木、土、水。あらゆる自然のものを自在に操ることが緑属性の本当の力なのである。敵への妨害たる毒や麻痺なども、草木が持つ様々な毒の力を使っているに過ぎないのだ。
しかしそこまでの技術を身に着ける道のりは長い。常人ではとてもではないがたどり着けない領域のために、その前段階である妨害が緑魔法の特性とされるのである。
「グギィ……ぎぁ! ご、ゴパァ」
立ち上がり、なおもミリスへ襲い掛かろうとした悪魔たちが水球に包まれる。これも緑属性の力……大地を巡る水を呼び寄せたのだ。
「ウ、ウォーミングアップは、この程度、か」
ミリスが満足げに呟くと、息ができず、もがき苦しむ悪魔たちを捕らえた水球が弾けた。水から解放された悪魔たちだが、思い切り水を飲み込んでいるために身動きができないようだ。
「と、とどめは、任せた」
「え、あ、はい!」
隙だらけの悪魔たちに、周りの冒険者が一斉に引導を渡す。苦しそうな声をあげて絶命する悪魔たち。だがミリスはそんなものには目もくれず、水筒からぐびぐびと水を飲んでいる。
「あ、あの……」
「……どうした」
「とどめを刺さずとも、あのまま水に閉じ込めておけば倒せたのでは?」
ひとりの冒険者の素朴な疑問である。
水球の中に閉じ込めた状態でも、悪魔たちが溺れ死ぬのは時間の問題であった。ならば冒険者たちはその間に他の悪魔を狩りに行くほうが効率的だろう。
だがミリスはわざわざ水球を解除して冒険者たちにとどめを任せた。それはなぜか。ただただ、純粋な疑問であった。
「……ち、力は、温存、しておきたかったも、ものでな」
「温存、ですか?」
「お、お俺にはこの後、大仕事が、ま、待っている」
「大仕事……とは、いったい……」
「い、今に、わかる……む、失礼」
冒険者の疑問に答えたところで、ミリスに伝達魔法の着信が入った。周囲を確認。とりあえず悪魔たちの襲撃は大丈夫そうだ。
ミリスは警戒を保ったまま、着信に応答した。
「俺だ……わかった。す、すぐに、向かう。」
* * *
再び一方。イブリス・コントラクター。
「ぐっ……!」
「イブリス様、大丈夫ですか」
「問題ねぇ……"removE"!」
腕を噛む悪魔の頭を掴み、黒属性魔法で異空間へ消し去る。
比較的余裕を持って戦っていたアリムやミリスと違い、こちらは苦戦を強いられていた。
「クソ! こう人が多くちゃ満足に戦えん……!」
理由は単純。人の多さである。
イブリスの魔法……もとい黒属性の魔法は強力な反面、軒並み広い範囲を持つ。即ち巻き込んでしまうのだ。周りで戦う冒険者たちも、フロワも、そして自分さえも。
怪我で済むならまだ良い。それこそ"removE"のような魔法を軽率に使うと、他人を完全に消し去ってしまう可能性すらある。
加えてイブリスの居る辺りは比較的守りの堅い場所……他の場所に比べて配置されている冒険者が多い。イブリスは巻き込みに最大限注意した立ち回りを余儀なくされていたのだ。
「右方向より二匹、来ます」
「あいよ!」
迫る悪魔たちに銀の銃弾を撃ち込む。この戦いのメイン・ウェポンはこの銃だ。銀の銃弾が悪魔たちに高い効果を発揮することは不幸中の幸いだった。
「次、前方より三匹」
「キリがねぇな……!」
弾倉を確認。残り三発、ちょうどある。
確実に命中させるため、前方の悪魔たちに狙いを定めたその瞬間だった。
「ぐあ!」
「うわぁ!」
「ぐぇ」
幾重もの叫び声とともに、大地が揺れた。
同時に辺りに吹き荒れる凄まじい風。その風に、前方の悪魔たちは吹き飛んでしまった。イブリスは咄嗟にフロワと共に盾に身を隠してやり過ごす。
「何だ!?」
「……巨大な、敵が……」
フロワが、"それ"を見上げる。
イブリスたちの目の前に現れたのは、棍棒を持った巨人だった。建物の三階にも届こうかという高さ。それでいて、いかにも力の強そうな肉体。無論、悪魔の象徴である歪な角も持っている。
足元を見ると、無残にも踏みつぶされてしまった冒険者の遺体が見受けられる。先ほどの振動と風圧は、この巨人の跳躍、そして着地により生み出されたものだったのだ。
「何……!? だ、こいつぁ!?」
イブリスが驚くのも一瞬。巨大な盾が目立っていたせいか、巨人はイブリスとフロワに狙いを定め、棍棒を振り上げた。
「……マジかよ」
「マジ、です。退避を」
即座に振り下ろされる棍棒。イブリスたちはすぐにその場から別々に飛びのく。
棍棒は何もない地面を殴り、再び大地が揺れた。あの威力だ、流石にフロワの盾でも受け止められるわけがない。
「ギシャァ!」
「くっ!」
敵が巨人だけではないことも忘れてはいけない。飛びのいたイブリスに、悪魔が一匹襲い掛かる。
これは銃で迎撃……しかし、この一瞬が大きな隙になった。
「イブリス様ッ!」
「――!」
巨人は狙いをイブリスに定めていたのだ。
棍棒はすでに振り上げられている。銃を放ち、牽制を試みたがどうやら効果はなさそうだ。このままでは潰されるのは時間の問題。イブリスが急いでその場を離れようとした、その瞬間であった。
「オオオオオオオォォォォォ……!」
――巨人の振り上げられた腕が、切り離された。
「なに!?」
「間一髪だ、イブリス」
「……ラディス」
片腕を失った巨人が叫ぶ中現れたのは、"剣聖"ラディス・フェイカーであった。
イブリスはすぐに察する。あの片腕を切り離したのは、ラディスだ。
「主様……主様が、あの巨人の腕を?」
「過去の斬撃を可能な限り纏めて放ったのさ。かなり疲れたけどね」
「すました顔でよく言う……何はともあれ助かった」
イブリスは礼を述べつつ――ラディスに銃を向ける。
「――! イブリス様!?」
即座に引かれる引き金。放たれた銃弾は……
「ギェ!」
ラディスの背後に迫っていた、悪魔を貫いた。
「これでおあいこだな」
「……ま、そういうことにしておくよ」
「驚かせないでください……」
「そりゃ悪いな……まだ来るぞ!」
三人はそれぞれ背中合わせの形になり、悪魔たちの迎撃を開始する。
「しかしどこに行ってた。お前、最初の集合の時居なかっただろう」
イブリスが弾倉に弾を込めながらラディスに疑問を投げかける。イブリスは戦闘開始時、ラディスがこの場に居ないことに気づいていたのだ。
「ちょっとあるものの手配をしていてね」
「あるもの……とは一体何なのですか?」
「すぐにわかるさ」
「――! おい、まずいぞ!」
次々に襲いかかる悪魔を倒しながら言葉を交わす三人。だが、巨人も健在であることに変わりはない。
巨人は棍棒を切り落とされた腕から残っている腕に持ち替え、再び振り下ろそうとしていたのだ。
「すぐに退避を……!」
「……いや、もう大丈夫そうだよ」
――しかし巨人の棍棒が振り下ろされることはなかった。
轟く砲声とともに、巨人に戦艦の主砲が着弾したのだ。
次々に着弾する砲弾に、巨人はあっという間に倒れてしまった。
「な……何だ、今度は!?」
突然の謎の攻撃に、イブリスだけでなく冒険者皆が戸惑いを見せている。
「……あれさ。僕が手配していたものは」
「! あれは……」
ラディスが後ろを振り返り、"それ"を指し示した。
「イブリス、君の記憶にはまだ残っているかい?」
「……ああ」
そこにあったのは、空中に半球型に浮かんだ水と、それに浮かぶ大きな――
――戦艦だった。
「『ザ・サード・フリート』……」
イブリスが、その名を静かに口にする。
機巧士の兵器。かつて敵として対峙した存在が、そこに在った。





