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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、悪魔の巣へ
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EMQ:『森林の館』攻略-合流

「追ってこない……本当に……」


館の二階。サラが階段の下を覗き込んで呟いた。


この階段を上がるように自分たちに促したグースだが、もうその姿は見えない。また、他の敵が迫ってくる様子もない。


「結局、何を考えてるのかよくわからない人……じゃなくて、悪魔だったね」


「むしろ、何も考えていないようにも思えましたが……」


彼の発言は、どうにも先が読めなかった。『ここは通さない』と言っていた割に、後から『行け』と言ってくる等……


捉えようによってはただの気分屋である――本人からも『気が変わった』という言葉が出ている――が、本当に、それだけだろうか?


何かの掌の上で踊らされているような、そんな感覚がフロワを支配する。


ノゼルの死、アヴェントへの襲撃、ラディスの誘拐……今のところ、後手ばかりだ。こちらは何の情報も掴めていないというのに、向こうは間違いなく計画的に行動を起こしている。


「……フロワちゃん」


「……はい」


――どうやら思慮に耽っている場合では無さそうだ。


ざわめく空気。こちらに近づいてくる物音。


それは、敵が二人に向かってきているという合図であった。


「どうする……? 逃げる?」


「いえ、敵は恐らく少数です。撃退致しましょう」


「う、うん! "Saint Defender"!」


フロワは盾を構えてサラの前に立つ。サラはその盾に魔法を放ち、魔石を作動させた。盾を、透明な防壁が拡張する。


物音はそこまで激しくない。せいぜい二体、三体といったところだろう。それも下級悪魔。なんとかならない相手ではない。


逃げるにしても後ろは階段だ。ここは素直に迎え撃つのが吉である。


「……きゃあああ!?」


敵の姿が見えた瞬間、サラが叫び声をあげた。


例のごとく歪な角を持った人型の上半身に、蜘蛛の下半身(ただし、足は四本)の悪魔。その悪魔が二匹、足をわしゃわしゃと動かしながらこちらに迫ってくる。年頃の少女が心理的嫌悪感を感じるのも無理はない。


「き、気持ち悪い……!」


「同意します……さっさと撃破してしまいましょう」


二匹の悪魔は二人とある程度の距離まで迫ると、口から白い糸を吐き出した。


「――!」


フロワは咄嗟に盾を分離させ、二方向からの糸を受け止める。


糸は粘着質。盾に張り付き、悪魔とフロワを繋ぐ形になった。


「ギシャアアアッ!」


「くっ……!」


二匹の悪魔は糸を手前に引っ張った。フロワから盾を引き剥がすつもりだ。


相手は両腕を使ううえ、四本足のしっかりとした土台を持っている。それに対してフロワは片腕でそれぞれに対処しなくてはいけない。いくら彼女が怪力とはいえ、余りにも不利な状況だ。


「フロワちゃん! "Saint Increase:Power"!」


サラが即座に強化魔法を施した。力を増幅させる魔法だ。


「感謝します……サラさん」


フロワの両腕にかかっていた負荷が、力の強化によって途端に軽くなった。これならば対抗できる。


両方の盾を思い切り手前に引く。悪魔側へ引っ張られる力と、フロワ側へと引っ張られる力……反対方向へかかる二つの力に、糸の粘着力が敗北した。盾から剥がれてしまったのだ。


二匹の悪魔がバランスを崩す一方、踏みとどまったフロワはそのまま地面を蹴り、悪魔の片割れの元へとジャンプした。


「ムギュ」


「グゲァ!」


右手の盾へ全体重を掛け、押しつぶす。


同時にもう片方の悪魔へは左手の盾を投げつけて攻撃。大きく重厚な盾が悪魔の人型部分に直撃すると、その体が短い呻き声と共にエビぞりになった。こちらは即死だろう。


押しつぶしていたほうを突き飛ばして、投げた盾の回収へと向かう。


「! フロワちゃん! 危ない!」


その時だった。


盾を手に取ったフロワの頭上にもう一体、同型の悪魔が現れたのだ。


「っ……!?」


「伏せて!」


今にもフロワへ襲いかかろうかというところで、光弾が飛来し、悪魔に直撃した。サラの攻撃だ。


光弾は悪魔の目の前で弾け、強いフラッシュを巻き起こす。白属性の魔力が持つ、光を放つ性質を利用した攻撃だ。


「ギアァッ!?」


悪魔は攻撃を中断し、目を抑えた。光を受けた悪魔の体からは黒煙が上がっている。まるで、銀の銃弾を受けた時のように。


この隙に盾を拾い上げたフロワはサラの元へと戻った。


「サラさん、今の魔法は……?」


「ううん、魔法じゃないよ。魔力を固めてぶつけただけ。普通だったら目くらましくらいにしかならないんだけど……やっぱり、悪魔にはよく効くみたいだね」


相当応えたのか、悪魔はまだ苦しみ続けている。体から立ち上る黒煙といい、とても目くらましを受けただけのようには見えない。


「前……あのツタが白の魔力で弱ったって言ってたでしょ?」


フロワの脳裏に浮かぶのは、ヒュグロンギルドでのノゼル・リケイドとの戦闘。


クロウ・ロ・フォビアから託され、あの時ノゼルが操っていたツタは、サラとセルテの"Saint Region"を受けて枯れはて、消滅した。


「それから、ずっと思ってたんだ。もしかして、悪魔たちは白の魔力に弱いんじゃないかって。今まで試せてなくて一か八かだったんだけど……効いてよかったよ。これなら私も戦える!」


白属性魔法に明確に攻撃魔法と言える魔法は"Saint Region"しか存在しない。だが、この場合は話が別だ。


悪魔が白属性の魔力そのもの(・・・・)を弱点とするのであれば、魔法と言う"形"にする必要がない。ただ魔力をぶつければいいのだ。この方法であれば、サラも攻撃に回ることができる。


最も、これを攻撃に活用できるのはサラが純粋な白を持っているからこそだ。通常の白属性魔力ではこうはいかないだろう。


「グォォ……」


「! 悪魔が!」


「任せて! えい!」


突き飛ばされていた悪魔が意識を取り戻した。すかさずサラが光弾を撃ち込む。


「ゲァ!」


「グギャ」


悪魔の元へ飛んで行った光弾は懐へと潜り込み、先ほどと同じように強い光を放つ。


ゼロ距離でそのフラッシュを受けた悪魔の上半身は丸ごと黒い灰になって消し飛び、四本足の下半身だけが残った。同時に初撃で苦しんでいた悪魔にも光が届き、こちらは体の半分ほどが焦げた状態で絶命する。


「うっ……」


……自分のやったことといえ、生物の半身が消滅するとは。サラは思わず目を背けた。


「強力、ですね。これは嬉しい誤算です」


「う、うん。でも次からはやりすぎない程度にしとくね……」


「……そうですね」


そう言ってサラと目を合わせるフロワは、心なしか微笑ましく笑っているようにも思えた。


「行こっか。ラディスさんを探さないとね」


「……お待ちください、サラさん」


「え? まだ何か……えっ!?」


進もうとしたサラの手をフロワが引っ張って、止める。その理由はすぐにわかった。


また、遠くからの足音が聞こえるのだ。しかも、先ほどの悪魔たちよりも、更に激しい音である。


「そ、そんな……新手!? もう!?」


「やはり敵の本陣です。油断はできませんね」


フロワが再び盾を構えて、前に立った。


あえて前には進まず、敵をじっくりと待つ。


「……ぉぉぉおおおお!」


あと少し。足音が近づくにつれて、雄たけびもかすかに聞こえ始める。


「おおおおおおおおお!!」


最初は小さく、どんどん大きく。やがて雄たけびと足音は、思わず耳を塞ぎたくなるほどの大きさにもなる。もう目の前だ。


「ッ!」


接触。フロワが気を引き締め、歯を食いしばった瞬間、廊下の角から雄たけびの主が姿を現した。


「ぬおおおおお!! 二人とも無事かああああ!!!?」


……現れたのは、二人にも見覚えのある顔。


「レオ様?」「レオさんっ!?」


筋肉隆々の大男。アトミスギルドマスター、レオ=マスノその人であった。


「ぬうっ! 悪魔め! 幼気な少女相手に3体で襲い掛かるとは卑怯なっ!」


「マスター、それもう死んでるわよ」


「やれやれ……急に走り出したと思ったら……」


「セルテさん! リアスさんも!」


既に絶命している悪魔を攻撃するレオにツッコミを入れながら、他の二人も追いついてくる。更に、それに続いて数名の冒険者も現れた。


「相変わらず無茶してるみたいだね。二人がここに来てるって聞いたときはびっくりしたよ」


「ご心配おかけしました」


「す、すみません……」


セルテに対してフロワが丁寧に頭を下げて謝罪の言葉を述べると、サラもそれに続く。


「少女が二人……本当に居たんだな」


「この悪魔、あの子たちがやったの?」


「だとしたら凄いな。こいつなんか身体が消し飛んでるぞ」


「あの子、見たことがある。黒の魔術師の弟子だ。やっぱりそれなりの実力はあるみたいだな」


冒険者たちは悪魔の死体を観察してざわめいている。少女二人が3体もの悪魔を倒したのだ、信じがたいものがあるのだろう。


「……皆様、攻略戦に参加している方々ですか?」


「その通り! 悪魔を倒しながらこの館の探索をしていたら少女の叫び声が聞こえてな! 駆けつけてみたら君たちが居たわけだ! ……まあ、少しばかり駆けつけるのが遅かったようだが!! 何にせよ無事で何よりだ!!」


「れ、レオ! ボリュームを落とせ、悪魔をおびき寄せちゃうだろ!」


悪魔を見た時のサラの叫び声――どうやらアレを聞きつけていたらしい。


「攻略戦……! イブリスさん! イブリスさんは一緒じゃないんですか!?」


「……残念だが手分けして探索をしていてね。イブリスは別だ。確かルツァリ様と一緒に地下から入ったという話だが」


「地下……」


イブリスたちは下。不幸にも自分たちの目指す方向とは真逆だ。


「心配するな! イブリスとルツァリ様ならどんな悪魔に襲われても大丈夫だ! それは君がよくわかっているだろう!」


「……はい」


サラは少し不安を見せながらも、しっかりとした返事をする。


イブリスとルツァリ。あの二人がそう簡単に負けるはずがない……そう自分に言い聞かせて。


「さて、これで目標は一つクリアだね。あとはラディス様だけれど……」


「……主様なら、この階に居ると」


「何!! それは確かなのか!」


「はい、私たちさっき『カルテット』と接触したんです。グース・ペンネと。グースが"ラディスさんに会いたいなら上に行け"って……」


『――!?』


その場の冒険者たちが、一人残らず驚きの表情を浮かべた。


――この少女二人が、『カルテット』に接触しただと?


「サラちゃん、それは――!」


「リアス」


問い詰めようとするリアスを、レオが止めた。


「信じてみようではないか」


真っすぐに、信念を持った目を携えながら。


「よし皆! この階を手分けして虱潰しに探す! 但し! 最低でも3人で行動するようにするのだ!! 良いな!」


レオが冒険者一堂に号令をかける。冒険者たちも何も言わずに頷き、それぞれ散り散りに館の探索に戻っていった。


気合の入る声。ここぞという時のこのリーダーシップはギルドマスターの面目躍如と言ったところか。


「さ、私たちも行こうか。二人はどうする?」


「帰れと言われてもお供致します」


「だろうねぇ」


「……聞いたぞ、サラちゃんは悪魔たちに狙われてるんだろう? 大丈夫なのか?」


「……わかりません。きっと、安全な場所に居たほうがいいんだと思います。だけど……」


サラは決意を込めた目で、リアスを見つめ返す。


「何もせずに守られるだけなんて、私、嫌なんです」


……皆、サラの言葉にはあえて何も返さなかった。


ただ一言、『行こう』と。誰かが口にしただけだった。

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