-Quartet- Crow Ro Phobia その1
「ここもからっぽですね……」
「うむ」
机とベッド、そして観葉植物が置かれた誰もいない部屋を覗いて、そっと扉を閉める。これで3部屋目。
ラディスの居場所を探るサラたち一行だが、今のところ覗いた部屋は全てもぬけのからだった。
この建物はホテルか何かだったのだろうか。この辺りの部屋は全て先ほど述べたものとほぼ同じ構造。ただし誰かが寝泊りしているような痕跡は見られず、また悪魔の一匹すら居ない。
皆、外から見たときも思っていたが、かなりの大きさを誇る屋敷だ。部屋の数もかなり多い。この中の一部屋にラディスが捕らわれているのだとすると、その部屋を引き当てるのにどれだけかかるのだろう。
「探索を続けましょう。一刻も早く主様を見つけなければなりません」
部屋に何もないことを確認するや否や、フロワが次の扉へと走る。
彼女は焦っていた。すぐ近くにラディスが居る、そう考えるだけで動かずには居られなかった。グースの言葉への疑心がないわけではない。もしかしたら嘘かもしれない。もしかしたら罠かもしれない。けれど、今は虚偽でも罠でもいい……この手がかりにすがりたかったのだ。
フロワが扉を開けた。ここも他の部屋と同じだ。
「はぁ、見つかる気配がないな。そもそも人の気配がない……」
「確かにね。いったん向こうのほうを探してみる?」
「いえ、気配を消しているのかもしれません。虱潰しに……全ての部屋を探しましょう」
言葉を紡ぎながらも、フロワは動きを止めない。次から次へと、部屋を覗いては閉め、覗いては閉めを繰り返す。
4部屋、5部屋、6部屋……同じ景色の部屋を、ひたすらに開け続ける。
そして6部屋目の扉を閉めた、そのときだった。
「ぐあぁぁ!!」
「――!!」
「何だ!!?」
突如として聞こえた叫び声。他の冒険者のものだ。フロワとレオの二人が瞬間的に駆け出す。
「わわ、待ってフロワちゃん!!」
「レオ! くっ……追うぞ二人とも!」
「あいあいさー」
二人を追いかけ、サラ、リアス、セルテの三人も走り出す。
声の発信源はそう遠くはなく、角をひとつ曲がってそこの突き当り。30秒と少しで辿りつくことができた。そこにあったのは両開きの扉。他よりも広い部屋につながっているのは一目瞭然だ。
それよりも注目すべきは、その扉の前に倒れた二人の冒険者たちだった。先にたどり着いたレオとフロワが声をかけており、声を聞きつけたのだろう他の冒険者も周囲には数名居る。
サラたちが辿り着いた時はちょうど倒れた冒険者にプリーストが駆け寄り、回復魔法を施し始めたところであった。
「こ、これは……!? なにがあったんですか?」
「うむ、この扉を開けた瞬間太いツタが襲い掛かってきたらしい。部屋に入る間もなく突飛ばされてしまったようだ」
「ツタ……! それって!」
それ以上言う必要もなく、ここにいる皆がそれだけで察することができた。植物を扱うような敵は……一人しかいない。
この中に、あの道化が居る。
「突入します。皆様、構えて下さい」
「ふ、フロワちゃん!? 危ないよ!?」
「ご安心ください、サラさんは巻き込みませんので」
「そういうことじゃなくて……!」
「『カルテット』が居るということは、ここに主様が捕らえられている可能性も高いということ。ここは……ここは、私が行かなければ」
フロワは目の前の扉を見据えたまま、語気を強くしてそう言った。
その目にはやはり焦りが見える。しかし、迷いは感じられない。
「……わかった。でも、フロワちゃんが行くなら私も中に行く。危険だから駄目だなんて言わないでよ、私だってここに来た時点で覚悟はできてるんだから」
「元よりそのつもりです。レオ様! 手を貸してください!」
「ふむ……止めても無駄そうだな! 諸君、この中へは我々アトミス一行が突入する! 負傷者の手当ては頼むぞ!」
冒険者たちに声をかけ、レオとフロワがそれぞれ扉の取っ手に手をかけた。そのすぐ後ろにはサラ。リアスとセルテもやれやれと言った顔で後ろにつく。
「あはは……さりげなくアトミス一行に入れられちゃいましたね」
「まだ君らの勧誘を諦めたわけではないのでな! さあ、1、2の3で開けるぞ……それ! 1、2の3だぁっ!!」
レオの合図で扉が勢いよく開かれた。中からは二本の太いツタが飛び出してくる。
「ふんぬっ!」「ん……っ!」
レオとフロワは開いた扉を足で押さえつつ、瞬時にそのツタを捕まえて動きを封じた。
「皆様、今のうちに突入を……!」
「うん!」
「は、はは……流石剛腕の二人だ」
「ほらほら、無駄口叩いてないでさっさと行かなきゃリアス!」
「ああ!」
これ以上ツタが飛んでくる様子はない。サラが先行し、リアス、セルテが続いて部屋の中へと突入。扉を押さえていた二人も続いた。
相当広い部屋だ。窓もなく、薄暗い。部屋の奥は闇に飲まれて完全に見えなくなるほどだ。
五人全員が部屋に入ると、ツタが引っ込み、扉がひとりでに閉まる。扉には細いツタが無数に絡みつき、完全に塞がれてしまった。
「!!」
「閉じ込められた……ようですね」
決して破れないほどのガードではないが、敵が居る部屋でこれを破る余裕があるとは思えない。最も……元より、退くつもりはないのだが。
「ン・ン・ン……これはこれは、ようこそ皆さん。歓迎しますよ」
――薄笑いを交えた気味の悪い声が響いた。
部屋の奥に、うっすらと見える仮面。
『カルテット』クロウ・ロ・フォビア。薄気味悪い仮面を付けた道化師が、皆を出迎えた。
「ははは!! 歓迎にしては荒々しいものだな!!」
「Oh……とても大きな声だ。耳が痛いですよ……ボクの聴覚は敏感なんです」
「そうか!! それは良いことを聞いた! 更にボリュームをあげてやろうじゃないか!!」
「嫌がらせがお好きなんですかねぇ……」
クロウは木製のテーブルに腰かけて、レオの大声に耳を塞ぐ。
「もう、五月蠅いわね……向こうには病人が寝てるって言うのに」
更に、暗闇の中からもう一人の悪魔が現れる。
「……!」「あ、あの悪魔は……!」
「……あら、サラちゃんにフロワちゃんじゃない。また会ったわね」
「イーグル・アイ……!」
イーグル・アイ。アヴェント襲撃の時、サラたちの前に立ちはだかった『カルテット』の一人。人の感情を操る女悪魔だ。
「イーグル・アイ。どうでしたか、ルフの様子は」
「かすっただけどはいえ、"invasioN"を受けたのよ。毒が抜けるまでは戦えないわね」
「ン・ン・ン・ン……なら我々二人だけで彼らを撃退しなければならないようデスねぇ……」
イーグル・アイが未だ机に座ったままのクロウの隣まで来ると、二人は少し言葉を交わす。どうやらルフ・ザ・ロックが誰かに手傷を追わせられたようだ。
「っ!」
「あら」
「おっとっと」
……突如としてフロワが動いた。分離させた盾を構え、イーグル・アイへ殴りかかる。横から割り込んだツタでその攻撃は止められてしまったが。
「何も言わずに突然攻撃とはメイドの癖にマナーがなっていない。少しくらい話をする時間を設けようとは思わないのですかねぇ」
「貴方達と話すことは何もありません」
「ボクにはあるんですが」
ツタがフロワの体を思い切り押し飛ばした。フロワは同時に後方へとジャンプし、衝撃を和らげて無事に着地する。
「悪魔たちの言葉に耳を貸す必要はありません。速攻で決着をつけます」
「……彼女の言うとおりだ。ここでお喋りをするのが俺たちの任務じゃない」
リアスがナイフを構え、皆がそれに続いて得物を用意する。
『カルテット』が二人も立ちはだかっているのだ。悠長に話を聞いていては間違いなく相手のペースに飲み込まれ、敗北する。
「……ねぇクロウ。あの二人、私に貰えないかしら。お気に入りなのよ」
「Negative……少女たちの相手はボクです」
「そう……まあ、仕方ないわね。そういう決まりだったわけだし」
「では、ご健闘を」
「そちらこそ」
「……っ!? なんだ!?」
……突然、部屋の床が、一行の足元を中心として真っ二つに割れた。
割れ目からは無数のツタが現れ、天井までぐんぐんと伸びていく。
「ぬおおおおっ!? こっちだ、こっちへ!」
「サラさん、こちらへ……!」
伸びるツタから逃げようと、サラはフロワの側へ、その反対側へはアトミスの面々が集まる。
ツタはやがて天井へたどり着き部屋を二つに分ける大きな緑の壁となった。
「――! わ、わかれちゃった……!」
サラとフロワの二人と、レオ、リアス、セルテの三人。完全に二組に分断されてしまった。ツタには少しの隙間もなく、反対側の様子はわからない。音すら完全にシャットアウトされている。
サラが魔力の塊をぶつけてみるが、一部分は腐ってもすぐに新しいツタが覆ってしまう。
「無駄……ですよ。そのツタは決して破れません」
二人に、クロウが話しかける。
イーグル・アイの姿は無い。彼女はアトミス一行の側だ。
「君たちの相手は僕ですよ」
「くっ……!」
フロワが攻撃を仕掛けようとするものの、床から現れた新たなツタに妨害され、立ちすくんでしまう。
だが、不思議なことにツタはそれ以上動かなかった。攻撃することなく、ただ妨害だけにとどめている。
「やれやれ、落ち着きなさい……らしくないですよ、フロワ」
「――!?」
……フロワの心が、固まった。目の前の敵が自分の名を呼んだから。
ただ呼ばれただけではない。ただ名を呼ばれただけでは驚いたりはしない。自分の名が敵に知られていることなど、想定の範囲内だ。
だが……呼び方が。クロウの口から出た、自分の呼び方に戸惑ったのだ。
あの呼び方、名前のイントネーション、雰囲気。何もかもが、まるでラディスが自分を呼ぶときのような……
「ふ……フロワちゃん? どうしたの?」
「この壁は音すら完全に遮断する。これで僕たちの話を聞ける者は居ない……」
クロウが、付けている仮面に手をかけた。
「……やめなさい」
「二人とも、よく来てくれました」
「やめて……やめてください」
「危険を冒してまで、たった二人で」
「――やめなさい! その仮面を……仮面を外すな!」
――フロワの叫びと、仮面が完全に剥がされるのは、ほとんど同時だった。
「……え?」
仮面が床に落ちる音が、やけに耳に残る。フロワと共に、サラも固まる。
固められた薄ら笑いの面の下……その下から現れたのは、ひどく、恐ろしく、見覚えのある顔だった。
「これで……ゆっくり話ができます」
ラディス・フェイカー。
二人の前に立つ道化は、間違いなく二人が求める人であったのだ。





