-Quartet- Goose Penne その3
「さて、折角だ。なんか質問とかあったら受け付けちゃうぜ?」
広げられた菓子や飲み物の前に座り込んだ二人と対面して、グースはそう話を切り出した。
「……」
サラもフロワも、座ったまま何も返答しない。グースはおろかお互いにすら目を合わせようともせず、不安そうに投げ出されたサラの手に、守るようにフロワの手が重ねられている。
小刻みに震えるサラの手。ほとんど追い詰められたと言えるこの状況で、相当な恐怖を感じているのか。
「なんだよ、黙ったままなんて悲しいなぁ。折角こういう場なんだから、楽しくおしゃべりしようぜ」
「……私たちにとっては敵陣なのですが」
「ああ、そうだった。まー大丈夫大丈夫、ここでこうしている間なら怪我とかしないはずだから」
「それを信じろと?」
「君も疑り深いねぇ。ま、敵相手だしそれくらいのほうがいいわな。心配すんなって、君らから危害を加えてこなきゃあ俺も危害を加えない。この食い物たちだって毒入りじゃないこと、さっき証明したろ? なんならここにあるの全部毒見してもいいんだぜ?」
言うと、グースは並べられた菓子の中から一口大のクッキーを一つ手に取り、口の中に放り込んだ。
一見すると呑気なものだが、その脇には本とペン、そして銃が置かれている。サラたちがなにか怪しげな行動をした瞬間に手に取れる位置。
やはり簡単に手出しはできない。この状況を抜け出すためには、存在するかどうかもわからない隙を見つけ出して動くしかなさそうだ。ないものをどうやって見つけろと言うのか……かなりの無理難題である。
「食うなり話すなり、君らがやりやすいほうでいい。だから何もせず黙ったままってのはやめにしないか。君らだって俺について知りたいこと、少しはあるだろう?」
その隙を見極めようとするフロワの視線など、グースは意に介さない。クッキーの食べかすを少しずつこぼしつつも、陽気な口調で話をしている。
「心配すんなって、答えられないことはあるが嘘はつかねぇからさ」
「……何故、戦った相手の記憶を消してまで情報をこちらに与えなかった貴方が、そのような真似をするのです?」
「お、早速いい質問だねぇフロウちゃん」
「フロワです」
とりあえず、何かしら聞いておかなければ始まらなさそうだ。サラは怖がっているようであまり喋れそうに無いので、フロワから一つ、質問をしてみる。
グースは戦った者たちの記憶を消しているのだ。"機関"の資料に情報が一切乗らないほどにまで情報を隠滅している。
それなのに質問など受け付けるとは。情報を自ら渡すようなものである。言動が支離滅裂だ。
「まー別に大きな意味はねぇよ。どうせ俺の情報なんて遅かれ早かれバレることだ。だから少しくらい教えてやったってなにも変わりない。それだけさ。それに少しくらい知られたほうが面白いだろ?」
「面白い……何を考えているのかよくわかりませんね」
「言うねぇ」
遅かれ早かれ分かること、というのはまだ納得できるが、面白いからとは……あまりにも考えが浅すぎるのではないだろうか。
何にせよ、これはチャンスだ。本人は少しくらい教えてもなにも変わりないとは言っているが、こちらからすればその少しの情報がかなり大きい。できるだけ情報を引き出してやろう。
「では、遠慮なく聞かせていただきましょう」
「よーし、どんとこい。菓子でも食いながらどうぞ」
「……"機関"の者を初めとした関係者から、主様……ラディス様の経歴に関する記憶を消したのは貴方ですか?」
グースの勧めは無視。菓子には全く手を付けずに質問をする。いきなり核心を突くような質問だ。
ルツァリの話によると、"機関"、もっと言えば議会の人間たちは、ラディスの経歴について答えられなかったとのこと。これはルツァリも例外ではない。
思えばフロワもラディスの過去については良く知らない。物心ついた時には"機関"戦闘部門代表としてのラディスの傍に居たのだ。
だがそれは逆に言えばこの14年間は間違いなく"機関"に居るということ。それ以前のラディスに関する記憶が、誰にもないということだ。
そしてその原因は、目の前の悪魔の力によるものとしか考えられない。
「ん? ああー剣聖サンか。うん、その通り」
――大正解。
「何が……目的ですか。主様に関する記憶を消して疑いを向け、連れ去るなど……!」
「おっと、それは答えられない。時が来るまではな」
どうやらこれ以上の情報は渡せないらしい。時が来るまでは、ということはいつまでも隠している気は無いようだが……その時は間違いなくこちらが不利になっている状況だろう。
「いやぁしかし大変だったんだぜ。改ざんじゃなくて消去だから多少は楽だったけど、それでも結構な大きさの街一個分の仕事だからな。徹夜してようやく終わったよ」
「っ……!」
あまりにも軽々しく語るグースに憤りを覚えるが、それはぐっとこらえる。ここでどれだけ怒ったとしても何も変わりはしないのだ。
ラディスに関する記憶を弄ったという証言は聞き出せたのだ。これだけでも大きな収穫と言えるのだ。少しながらも議会の中にあるラディスへの疑いは晴れるだろう。
「……では、次の質問を」
「待って、フロワちゃん」
ずっと黙っていたサラが、フロワの言葉を遮る形で口を開いた。
「次は……私に質問させて」
「サラさん……?」
「お願い」
サラは顔をあげ、真っ直ぐな瞳でフロワを見つめる。
恐怖など、微塵も感じさせない、サラらしい表情。先ほどまでの震えも、既に止んでいる。
「わかりました」
「ありがとう、フロワちゃん」
断る理由もない。フロワはサラへと順番を譲った。
「お、次はサヤちゃんか?」
「サラです」
「ああ、そうそう。サラちゃん。で、なにかな?」
グースはカステラを一口かじり、コーヒーでそれを流し込む。
「イブリスさん……知っていますよね?」
「イブリス? イブリス、イブリス……」
「貴方たちは"ミュオソティス"って名前で呼んでるみたいですけど……」
「ああ、そいつか! 知ってる知ってる。確か君たちの保護者だよな」
「保護者……」
フロワが腑に落ちなさそうな声を出す。
保護者。確かに間違ってはいないのだが、一応ラディスを主とするフロワにはどうにも複雑な言われ方だ。
「んで、そいつがどうかしたのか?」
「イブリスさんの記憶を消しているのは……貴方じゃないんですか?」
「ノー。なんのことだか全く」
「本当に、ですか?」
……サラがグースを睨む。普段の彼女からは決して発せられない威圧的な雰囲気。
「おいおい、穏やかじゃないな。本当だよ。記憶障害だってのは『カルテット』連中からの話で知ってるが、俺は関わってない。答えは以上だ」
一方のグースも威圧的な視線を返す。
それからしばらくは両者とも何も言わない。ただ、二人が物々しい雰囲気でにらみ合っている。
「……わかりました」
しばらくして、先に折れたのはサラだった。
関わっていないという言葉が嘘にしろ本当にしろ、これ以上の言葉を引き出す術をサラは持たない。少しでも手がかりが掴めるかもと、淡い期待を込めた質問だったのだが。
「なら……次の質問です。ラディスさんの居場所を、教えて下さい」
「んー、剣聖サンの居場所? こりゃまた踏み込んだ質問してくるね」
「元々私たちの目的は主様の救出です」
「救出、ねぇ。ま、いいだろ」
グースは少し含みのある言い方をしながら、上り階段を指さした。
「居場所って言うとちと語弊があるが……剣聖サンに会いたいなら上に行きゃいい」
「!!」
少女二人の視線が、階段へと向けられる。
「まあ、行かせるかどうかはまた別の話なんだが」
「……っ!」
居場所は分かった。だが、だからと言って助けにはいけない。目の前の敵をどうにかしなければ進めはしないのだから。
グースと少女たち。両者の間に、再び少しの沈黙が訪れる。
「……なんてな。行きたきゃ行きゃいいんじゃないか?」
今度は、グースが先に口を開いた。
「え――!? 今、なんて!?」
「だから、行きたきゃ行けって。剣聖サンに会いに来たんだろ?」
「……わかりませんね。貴方は最初、私たちを通さないと言っていたはずですが」
「気が変わったのだ」
グースの発言の意味が理解できない。
今までにも何を考えているのかわからないような発言はあったが、今回はその中でもトップクラスだ。何故、道を塞ぐように現れたというのに、今度は通すというのか?
明らかに、何かある。
「ほれほれ、行くなら行きなって」
「……っ!」
だが、それでもフロワは立ち上がった。
「フロワちゃん!?」
「行きましょう……サラさん」
「で、でも、皆との合流は……」
「皆様も上には来るはずです。進む先が同じなら、必然的に合流できます」
フロワは既に盾を持ち、階段の元へ向かっている。グースは追う気配を見せないどころか、本や銃を手に取ろうともしない。
「……ごちそうさまでした」
サラはクッキーをひとつ、口に放り込んで、グースにそれだけ言い残すと、フロワを追って階段を駆け上がっていった。
「……はい、おそまつさん」
グースはコーヒーを飲み干して、少女たちを見送る。
「さて、"時間稼ぎ"は……こんなもんでいいだろうな? 剣聖サンよ」
不敵で、不気味な笑みを浮かべながら。





