EMQ:『森林の館』攻略-二人
時は、数分ほど遡る。
「どう、どう……」
「……着いた?」
「はい。無事到着いたしました」
二人の少女が、馬車でアニ森林へやってきていた。サラと、フロワである。
二人はアヴェントの街に留まっていろと言いつけられている。しかし、イブリスが危険な場所に行っているというのに、ただ待っていろなどと、サラの信念が許さなかったのだ。
『カルテット』の狙いが自分であることは理解している。自分がアニ森林まで来たことによって、イブリスたちに迷惑がかかることもあるだろう。
だが、仮に囮でもいい。ほんの少しでも役に立てるかもしれないのなら、動かずにはいられない。それがサラ・ミディアムスという人間なのだ。
フロワも、それは十分わかっている。だからこそ二人は、この森へとやってきたのである。
「イブリスさんたちには見つかってないよね?」
「心配ありません。今のところは、この辺りに人の気配は感じられませんので」
「じゃあ皆、まだ到着してないんだね。まあ、あれだけ速ければ追い越しててもおかしくないかな」
「速かったでしょうか、飛ばしたつもりはないのですが……」
「……すごいスリリングだったよ」
手綱を取ったのはフロワである。
フロワの操る馬車に乗るのは、ラディスたちと初めて会った日……悪魔たちと戦うイブリスを追ってこの森に来た時以来二回目だが、どうにもフロワは馬車を飛ばしてしまう癖があるらしい。本来の所要時間の半分ほどで到着してしまった。
イブリスたちが出発してから、こっそりと後を追って出発したはずなのだが。どうやらいつの間にか追い越してしまったようだ。別ルートを走っていたため、追い越したことに気づかなかったのだろう。
「いかが致しましょう。イブリス様たちの到着まで、この場で待ちますか?」
「うーん、来たはいいけれど、イブリスさんに見つかったりしたら無理やりにでも帰される気がするなぁ……」
「当然です。そのあとかなり厳しい説教も待っているでしょう」
意気込んで出てきたはいいが、結局のところ、言いつけを破っているわけで。
この場でイブリスと出会ったら最後、間違いなく即刻馬車に乗せられて強制送還になるだろう。
「どうしよう、考えてなかったかも」
「勢いだけで飛び出して来たのですか……」
「いやぁ、イブリスさんたちの役に立ちたい一心で……」
かわいらしく首を傾げるサラに、フロワは呆れてため息を吐く。
サラは元々"冒険者になりたい"という心持だけで故郷を飛び出し、アヴェントへやってきたのだ。今回もそれと同じ。思い立ったら動かずにはいられないのである。
「仕方ありません。先に森の奥へ行って様子を見ておきましょう」
「え? で、でも、危険じゃないかな?」
「様子を見るだけです。それとも、ここでイブリス様たちに強制送還されるのを待ちますか?」
「そ……それは、嫌だけど」
「心配ありません。いざという時は私が守って見せますので」
フロワは馬車の荷台から布に包まれた大盾を取り出し、背負って森の奥へと歩き出す。
「……」
「どうしたのですか? サラさん」
「いや、フロワちゃんも大胆な行動とるようになったなぁ、って思って」
「……一体、誰の影響でしょうかね」
「ふふっ、さあ、誰だろうね?」
サラはいたずらに微笑み、同じく荷台にしまってあった自分の杖を取り出して、先行するフロワに続いて森の奥へと歩みだした。
柔らかい腐葉土に、二人の少女の足跡が次々と刻まれていく。
「でも、その館って一体どこにあるんだろう。森の奥地って言っても、具体的な場所がわからないよね……」
森を進み、少しずつ木々が増えていく中、サラが辺りをキョロキョロと見回す。
まだあまり深く進んだわけではないが、件の館が見えてくる気配はない。木々の隙間に見えるのは、また木。その向こうにも、まだまだ木。ひたすら森が続くだけだ。
「ある程度の方角の情報は手に入れてあります。あとは周辺に瘴気の影響が出てこれば、近づいている証拠になりますが……帰り道の方向だけは、しっかりと覚えておかなければならないですね」
いつの間にかフロワの手には方位磁石が握られていた。なにも、あてずっぽうに進んでいたわけではないようだ。
帰り道の確認のため、足跡も消さないように、しっかりとつけられている。やはり、フロワはこういった所はしっかりしていて頼もしい。
――その時、遠くから馬の足音と、車輪の音が聞こえてきた。それも、大勢の。
「イブリスさんたちかな」
「恐らく」
音の方向を気にしつつも、歩みは止めない。
目指す場所は同じだ。ここで戻らずとも、結局は出会うことになる。むしろ今出会ってしまっては、アヴェントへ連れ戻されるだけだ。
二人とも、言わずともそれはわかっているのだ。だからこそ、その足は前へと進み続けている。
「あっ……フロワちゃん、あれ」
二人の足が止まったのは、イブリスたちの到着から数分後だった。
「……どうやら、到着のようですね」
サラの指差す先には、葉や幹が黒く染まりかけた木々。瘴気の影響を受けている証拠だ。瘴気があるということは、悪魔の軍勢が近くに潜んでいるということ。
そして、黒き木々の向こう側には、森にはあまりにも不釣合いな、大きな一軒の館が建っていた。
入り口はこちら側では無いようだ。それらしき扉は見えない。代わりに、いくつもの窓が並んでいるのがわかる。
この場にあるという異常を除けば、一見何の変哲も無い館だ。だが、そこから発せられる重苦しい空気が、館が危険なものであると示していた。
「あの中に『カルテット』が……」
サラの心臓の鼓動が、どんどん大きくなっていく。
目の前の壁の向こう側に、『カルテット』が居るのだ。
あの襲撃の時、冒険者たちに大いなる脅威を残していった、強力な悪魔たち。その悪魔たちが、今、目の前の建物の中に居る。
「突入するとは考えないでください」
「……わかってるよ。私たちだけじゃ、これ以上は危険すぎるもんね。ここでイブリスさんたちを待とう」
敵の本拠地。たった二人での突入は自殺行為だ。
ここは大人しく待って、クエスト組と合流するのが吉。これだけ奥まで来ていれば、無理やり帰らされることもないだろう。
「イブリス様たちも、恐らく私たちが来ていることに気づいているでしょう。足跡も残しておきましたから、この館の場所はすぐにわかるはずです」
フロワは振り返り、深くつけておいた足跡を見返す。
この足跡は帰りまでの道しるべになると同時に、イブリスたちをこの館へ導く役目も持っているのだ。馬車もあえてわかりやすいところへ置いてきた。
イブリスならば必ず気が付いて――実際この時、イブリスは既に馬車を発見している――足跡を追ってくる。
「とにかく、今はこの場で様子を見ましょう」
合流まで、そう時間はかからない。この場に留まろう。
「……! ふ、フロワちゃん、後ろ……」
――それが、できるのならば、だが。
「――! これはっ!」
館の反対側。今まで通ってきた道を塞ぐように、植物のツタが現れていた。
ツタは紫色の百合の花を携え、うごめきながら二人に迫ってくる。
「この花……『カルテット』の!?」
紫色の百合……これはノゼルも持っていた。間違いない。クロウ・ロ・フォビアの操る植物である。
「っ! 来ます! サラさん、逃げましょう!」
「え、で、でも!?」
「他に手段はありません!」
捕まってしまえば何をされるかわからない。迫りくるツタから逃れるため、サラとフロワは駆け出した。
ほとんどの道はツタで塞がれてしまっている。唯一の逃げ道は、館への方向だけ。
誘導されている……だが、今はそれに従うしかなさそうだ。
「あの窓……! サラさんっ! 飛び込みます!」
「う……うんっ!」
館の壁に並ぶ窓の一つが、誘い込むように開いている。両開きの、大きな窓だ。
ツタはすでに真後ろまで迫ってきている。最早、選択肢は一つしかない。二人はその窓へ向けて、全力で足を動かす。
そして――窓から館の中へ、思い切り飛び込んだ。
「きゃっ……!」
「大丈夫ですか、サラさん?」
「う、うん、なんとか……あいたたた……」
窓を超えて華麗に着地するフロワと、うまく着地できずにこけてしまうサラ。
今のサラの服装は魔術師のローブ。ただでさえ動きにくい服装なのだ、転んでしまうのも仕方ないだろう。
最も、フロワもロングスカートのメイド服という、同じく動きにくい服装(更にそれに加えて巨大な盾を背負っている)であるのだが……身体能力の差が、こういったところに表れてくる。
「そ、それより、入っちゃったよ……?」
「あまり……良くない状況ですね。どうやらツタは追ってきてはいないようですが」
二人を追ってきていたツタは窓の外でうごめくばかりで、館の内部までは追ってくることは無さそうだ。近づいたものを無理やりにでも館の中に誘導する罠、というわけか。
「また、出られたりしないかな……?」
うごめくツタに少し怯えながらも、サラが開いた窓に近づいていく。が、ある程度まで近づいた瞬間、窓はバン! と音を立てて勝手に閉じてしまった。
「きゃっ……!?」
「どうやら、出られないようですね」
フロワが窓を開こうとするが、押しても引いてもビクともしない。離れててください、とサラに促し、盾を使って叩き割ろうともしたが……やはり、窓が割れることはなかった。
「やはり、ダメですか……」
「そんな、フロワちゃんの力でも破れないなんて……」
「流石『悪魔の巣』。常識外れな空間というのは、過言ではないようです」
フロワは盾を片手に、あたりを見渡してみる。
観葉植物や、絵画が並んだ廊下。見たところ、外見と同様に対して変わったところはない。本当に、ただの屋敷と言ったところだ。
何が潜んでいるかは全くわからないが。もしかしたらこの観葉植物や絵画がいきなり襲い掛かってくるかもしれない。
「フロワちゃん、これからどうしよう……」
サラは杖を両手でしっかりと握り、フロワの傍による。
真っ直ぐと立ってはいるが、声の震えは隠せていない。どこから襲われるかわからない敵陣の中というこの状況が、サラの恐怖を駆り立てる。
「……出口を探すしかありません。いずれイブリス様たちも突入してきます。どうにかして、合流を目指しましょう」
フロワがサラを守るように盾を構えつつ、足を動かす。
まず、廊下の角まで来た二人は身を潜め、フロワが少しだけ顔を出して先の様子をうかがった。
上り階段が見える。どうやら、この先は上に上がるだけで、出口があるわけではないようだが……
「あー、おいおい、そこのお嬢サンたち、怖がってないで出てきな」
――代わりに、とてつもない脅威が、そこに居た。
不意に聞こえた、聞き覚えのない男の声。フロワは慌てて、身体を引っ込める。
「――! ふ、フロワちゃん……!」
「サラさん、静かに……まだやり過ごせるかもしれません」
「いや、無理。隠れてたって意味ないぞ、もうわかってるんだからな」
「っ!」
完全に、隠れていることがばれてしまっている。最早身を潜めていても無駄だ。
サラとフロワは観念して、廊下の陰から姿を見せた。
……声の正体は、首元と袖に羽をあしらったコートを着た男だった。その右手には、一本の羽ペンが。左手には、無地の表紙の本が握られている。
「二人だけ、か……他の仲間はどうした。大勢で来るんじゃなかったのか?」
「……」
クエストの事が、向こう側にバレている。あの罠も、恐らくはそれのために張っていたものだろうか。
「……おっと、そうだな。悪い悪い。名乗りもせずにこんなことを聞くのは礼儀に反するってもんだ」
――そして男は二人に対して、深々とお辞儀をした。
「『カルテット』が一人。グース・ペンネだ。ま、適当にヨロシク」





