EMQ:『森林の館』攻略-出陣
「……トンでもねぇ数だな」
緊急クエスト当日……『悪魔の巣』へと襲撃を仕掛けるその日。集合場所である馬車の並ぶ広場にやってきたイブリスが、辺りを見渡して呟いた。
周辺には多くの冒険者たちが集まっている。当然、全て今回の緊急クエストへ参加する者たちだ。ざっと見ただけでも十人後半から二十人ほどは集まっているだろうか。
それに加え、ほぼ同数かそれ以上の"機関"職員も居る。戦闘部門の職員たちか。
総勢四十名弱。声を掛けられた冒険者が限られていることを考えると、相当な数の人物が集まっていると言えるだろう。
「相手は悪魔なんだ。手を抜いていられない」
人数の多さに唖然としているイブリスの隣に、ルツァリが立った。
「正直、これでも少ないと思っているんだが……下手にあまり多くの人員を導入しても、犠牲者が増えるだけだからな。だから君のような実力者だけに声を掛けたんだ。それにしてはよく集まったよ」
「……そいつは光栄だな」
「あの二人が心配か?」
「心配なんかしてない……何て言ったら嘘になっちまうな」
あの二人。言わずもがな、置いて来たサラとフロワのことである。
イブリスも、ルツァリも居なくなってしまう。そして、ラディスも不在のこの状況。もしも今、悪魔に襲われでもしたら……
「心配するな、戦闘部門の中から幾名かをアヴェントに残すことになった。いざとなれば、彼らが対処してくれる」
「……そうか」
元々は戦闘部門全員が参加するはずだったこの作戦だが、サラが不参加になったことにより、どうやら少しばかり変更になったらしい。
ルツァリなりの気遣いに、イブリスは素っ気無く返事をする。しかし、その顔の緊張はいくらか解けたように見えた。
「まあ、心配ばっかりしてたってしかたねぇ。それに、今一番心配するべきなのは……自分の身だからな」
敵陣の真ん中への突入。その危険性は計り知れない。
二人の心配をしていても、自分にできることは何もないのだ。まずは、自分が生きて帰ること。それが重要だ。
「ふふ、その意気だ」
「ルツァリ、俺が乗る馬車はどれだ?」
「あれだ。一緒に乗る冒険者たちとは仲良くするんだぞ」
「……努力しよう」
イブリスは頭を抱えながら、ルツァリの指さす馬車へと向かう。
対悪魔戦。このクエストにイブリスが参加することを、他の冒険者たちはどう思っているのだろうか。
他の冒険者たちと同じ馬車……馬車内にぎすぎすとした空気が流れることは想像に難くない。
アニ森林までは10分弱で到着するとはいえ、これから大きな戦いを控えているのに、気まずい空気の中に身を置くのはあまり嬉しくないことだ。
「ぬおおおー! イブリスではないか!」
――どうやら、杞憂な心配だったようだが。
指定された馬車の元でイブリスを迎えたのは、筋肉隆々の大男と、マントを羽織った身軽そうな男。そして女性のプリーストだった。
何れも、イブリスが見知った人物だ。
「……久しぶりだな、レオ……いや、言うほどでもないか」
「がははは!! いやいや!! 元気そうでなによりだぁ!!」
「そりゃこっちの台詞だ。近いんだからそんなでかい声じゃなくても聞こえるっつの」
「言っても無駄だぞイブリス。こいつの大声はデフォルトだ」
「知ってる。にしてもまさかお前らが一緒の馬車だとはな」
そう、イブリスと同じ馬車に乗ることになっていたのは、以前共闘したアトミスギルドのパーティだったのだ。
レオ、リアス、セルテ。アトミスから離れてそう長くも経っていないのだが、なんだかとても懐かしく感じる面々だ。
「やっぱり呼ばれてたんだね。サラちゃんとフロワちゃんは?」
「流石に連れてきていない。フロワは兎も角、サラちゃんが参加するには危険すぎるクエストだからな」
「む……そうなのか。まあ仕方あるまい!!」
「うるさい」
相変わらず大声を出すレオに、イブリスはたった4文字の鋭い返しをする。
このメンバーはヒュグロンギルド崩壊に関わっているメンバー。それは他の冒険者たちも知っている。
ただでさえ注目を集めるメンバーなのだ。これ以上目立つ行為はしたくないというのが、イブリスの本音である。実際、レオの大声でこちらへ向けられる視線が多くなっているのだから。
「――諸君! 集まってくれて感謝する!」
と、そこで、ルツァリの声が聞こえた。
並ぶ馬車を前にして、冒険者全員に向けて呼びかけているようだ。イブリスたちを含め、冒険者たちの視線がルツァリへと集まる。
「このような危険なクエストにも物怖じせず、この場に立ってくれている皆はたぐいまれなる勇気の持ち主と言えるだろう! 敵は強力な悪魔だが、皆ならば退けられる! 必ずやラディス様を救い出し! そしてあの森に蔓延る悪魔を、撃退して見せよう!」
『おおー!!』
皆を奮起させるルツァリの言葉に、集まった冒険者や"機関"の職員が声を上げる。
中には武器を掲げている者も見受けられる。どうやら士気は十分高まっているようだ。
「うまいもんだな。しかし他の緊急クエストやらグランドクエストでこんなのないだろう」
「それだけ今回のクエストが危険だということだ。今までの悪魔討伐とは訳が違う話だからな……」
イブリスの呟きに、リアスが返した。
いつも能天気なレオ、どこか楽観的なセルテに対して、リアスはかなり危機感を抱いた表情をしている。(勿論、レオもセルテも真剣なのは変わりないが)
――あれはきっと、ルツァリ自身を奮起させる言葉でもあるのだろう。ラディスが不在であるというこの状況。凛としていても、心の中には必ず不安が残っているはずなのだから。
「では諸君! 出陣と行こう!」
ルツァリの合図で、冒険者たちが一斉に馬車に乗り込んだ。
広場を埋め尽くすほどの馬車。この全てが今回のクエストに向かう冒険者たちのためのものだと考えると、改めてクエストの規模の大きさを感じることができる。
「俺たちも乗り込むとするか」
「ガハハハ!! 腕が鳴るな!!」
「マスター、馬がびっくりしちゃってるよ」
「やれやれ……」
イブリスたちも他の冒険者たちに習って馬車に乗り込んでいく。
四人で乗る馬車。そこまで狭いわけではないが、大きな身体をしたレオが一人居るだけでなぜか窮屈に思えてしまう。
一行が乗り込んで間もなく、馬車がゆっくりと動き出した。
ルツァリの乗り込むと思われる馬車――他の馬車に比べて多少豪華な装飾が施されている――が先導し、広場に並んだ他の馬車も次々と街を発つ。一行の乗る馬車は、比較的後ろのほうだ。
十数台もの馬車が一斉に舗装された道を踏み鳴らすその姿は、非常に壮観である。
「……そうだ。お前ら、この間の襲撃は大丈夫だったか?」
出発して少し。イブリスがアトミスのメンバーに向かって尋ねた。
「む? ああ、問題ない! 勿論悪魔とは交戦したが、我がアトミスギルドには一切の被害なしだ!」
「怪我人こそ居るが死者は出ていない。幸いにも俺たちは『カルテット』に遭遇していないからな。だからこそ、今回のクエストで初めて対峙するという不安はあるが……」
「ヒュグロンからの襲撃も無かったか?」
「――何?」
イブリスの質問に、リアスは訳のわからないといった顔を浮かべる。
「一体何のことだい? ヒュグロン絡みでまた何か……?」
「いや、わからないのならいい。実はあの襲撃の時、イーグル・アイの手にかかったヒュグロンの残党が俺たちに襲い掛かってきてな。そっちにも矛先が向かっていないか、少し気になっただけだ」
三人とも、心当たりの無さそうな顔を浮かべている。この様子だと、ヒュグロンの残党に襲われたのはイブリスたちだけのようだ。
あの残党たち。イブリスたちへだけでなく、アトミスギルドに対しても、少なからず何かしらの感情を抱いていてもおかしくはないはずだが、イーグル・アイが増幅したのはイブリスへの"憎しみ"だけ。
イブリスを狙い撃ちしたのは……やはり、サラが目的だからなのだろうか。
「随分と思いつめた顔をしているね。なにか心配ごとかい?」
隣に座るセルテが、イブリスの顔を覗き込んでくる。
セルテだけではない。向かいに座るレオも、リアスも、心配そうな顔でイブリスを見ている。
――三人になら、話しておいてもいいかもしれない。いや、話しておくべきだろう。
「……一応、公表されていることじゃあないから……俺から話したことは、内緒にしておいてくれ」
そう前置きをして、イブリスは、事の顛末を話した。サラが、『カルテット』に狙われているという事を。
「なにぃぃぃ!!!?」
「ぬお……っ! レオ、急に立つんじゃあない!」
話をした瞬間、レオが驚いて席を立つ。
今は走行中。当然危険なので、イブリスはすぐに座りなおさせた。
「なるほどねぇ」
「サラちゃんが……そうか……」
一方のセルテとリアスは、さほど驚いた様子は見せない。
そもそもサラは純粋な白を持つという特異な体質だ。悪魔に狙われていると言われても、そう不思議ではない。
『カルテット』――もっと言えばイーグル・アイとクロウ・ロ・フォビアに操られたノゼル・リケイドが異常なまでにサラに執着していたのも、それに説得力を持たせている。
「ぐぬぬ……どうやらますます『カルテット』を打倒しなければならなくなったようだな!!」
「……レオ。気合を入れてくれるのは結構だが座ってくれ。危ないから」
「これが悠長にしていられるか! 友が狙われているのだぞ!」
「その気持ちはとてもありがたいが座ってくれ。立ち上がったからって馬車が速く動くわけじゃないんだぞ」
アヴェントからアニ森林。馬車での移動は時間にして約20分……飛ばせば10分。
長いとは言えない移動時間を騒がしい馬車で過ごしながら――イブリスたちは戦場へと向かう。





