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魔術の師匠はフリーター  作者: 五木倉人
師弟、悪魔の巣へ
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失踪と発見

「お待たせいたしました。戦闘部門副主任、デイム・ファーリス・ルツァリ、只今馳せ参じました」


時は少し遡り、"機関"本部、会議場――議会。


イブリスたちとのクエストから戻り、大急ぎで駆け付けたルツァリが、議会メンバーたちへ敬礼した。


「急に呼び出してすまない、ルツァリ」


「いえ、ジェラル様。議会の呼び出しに応じるのは、"機関"の人間の義務ですので」


「そう堅苦しいことを言うな……と、ラディスが居たら言うのだろうな……黒の魔術師の一行の元へ行っているそうだが、近況はどうだ?」


「……今のところは『カルテット』をはじめとした悪魔たちの襲撃もなく、至って平穏な状況が続いています」


「そうか、それは何よりだ」


そう言うジェラルの声は非常に重苦しい。議会は元々明るいものではないが、それにしても流れる空気がどうにも重く感じる。


そしてジェラルの言うとおり、今ここに、ラディスの姿は無い。


「ラディス様がご不在となると、私は戦闘部門の代行者として呼ばれた、という認識でいいようですね。しかし、記憶が正しければ、今日は議会が開かれる予定は無かったはずですが……?」


「き、きき、緊急招集だ」


「――それは、ラディス様が不在であることと関係が?」


「まあまあ、いいからほら、立ってないで座りなよ。ここの椅子なんて滅多に座れるもんじゃあないんだから」


「アリム様。お言葉ですが、質問に答えてはいただけないでしょうか」


ルツァリは鋭く冷徹な目でアリムを睨む。


普段は自分よりも立場が上の人間だが、この議会の場では皆が対等だ。


聞かれたことには正直に答える、おかしいと思ったことははっきりと言う。子供たちの標語のようなルールだが、この場ではそれがとても重要な事となる。


「やれやれ、そう慌てなさんな。それを今から話すんだからサ……全く、ラディスといい君といい、戦闘部門の子たちは怒った時の目つきが怖いんだよ」


「アリム、無駄話はそこまでだ……ルツァリも着席してくれ。君の質問には……そのあとで答えよう。どちらにせよ、それが今回の議題のひとつ(・・・)だ」


「……はい」


ジェラルの言葉を受けて、ルツァリは指定の席へと座る。アリムも、物足りなさそうな顔をしながらも口を閉じた。


「さて」


改めて、皆の表情が引き締まる。


ルツァリも議会に参加するのは初めてではない。ラディスが出払っているときに代行者として出席した経験は何度かある。しかし、今回に限っては緊張とこわばりを隠せなかった。


いずれも厳かな雰囲気の中話し合いが進んでいくのに例外はなかった……が、今回はそれに輪をかけて空気が重々しいのだ。


緊急招集……と、ラディスの不在。


途方もないほどの嫌な予感が、ルツァリを襲う。


「ルツァリ。今回の招集にラディスの不在が関係あるのか、という質問だが……答えはイエスだ」


「ぎ、ぎぎ、議題は、ふたつ……ラディスが居ない理由が、そ、そのうちの、ひひひ、ひと、つ」


まず、ジェラルとミリスがルツァリの質問に答えた。


ルツァリの頬を冷や汗が伝う。ラディスの不在により、この議会が開かれたということは……ラディスの身に何かが起きたと、そういうことになる。


「彼に……ラディス様に、一体何があったのですか?」


「……単刀直入に言おう。ラディスが、失踪した」


「失踪!?」


突然の失踪宣言に、ルツァリは思わず席を立つ。


「お、おお、落ち着いて、座れ……き、気持ちは、わわ、わからないでもない、が」


「……申し訳ありません」


ミリスの言葉に、震えた声で謝罪を返しながら再び席につく……が、落ち着けというのも無理な話である。戦闘部門を束ねる人物が行方不明になったのだ。


余りにも予想外の出来事を目の当たりにして、ルツァリの心臓が強く脈打つ。


「い、いつ頃失踪したのかなどは、わかっているのですか?」


「昨日、地下牢への立ち入りの申請をこちらで受け取っている」


ジェラルからルツァリへ、一枚の資料が渡される。


地下牢への立ち入り申請書。そこには、ラディスの名が記されている。筆跡も、間違いなくラディスのものだ。


「番の者にも確認したが、間違いなく牢獄へは入って行ったようだな」


「牢獄……ノゼル・リケイドの?」


「そうだ。今、ちょっとした捜査をしていてな」


「ちょっとした捜査とは?」


「ちょっとした捜査だよ」


ジェラルは、それ以上言おうとはしなかった。


裏切り者が居ることは、あくまでも"機関"のトップたちの間でのみ周知されるべきことだ。いくらルツァリがサブリーダーという立場に居ても、それは知らされることはない。


「だ、だだ、だが……それっきり、だ。は、入って行った報告はあるが、で、出てきては、いいいない……」


「……待ってください。つまり、牢獄内で行方不明になったと? あの密室で?」


「そうだ。その辺りは……アリム、頼む」


「はいはーい、やっと喋れるね」


呼ばれるや否や、アリムが起立した。別に、立って話さなければならないわけではないのだが。


「牢獄をもう一度調べてみたんだけれど、なんと黒の魔力が新しくなっていたよ。これ、比較データね」


アリムが資料を配る。確かに、黒い魔力の痕跡が昨日の時点で跳ね上がっているようだ。


「まぁーつまり、あの牢獄に悪魔たちが再び訪れていたってわけだね。イコール――」


「悪魔たちに、連れ去られたと……!?」


「ってことになるかな」


ラディスの失踪のタイミングと、悪魔が牢獄を訪れたタイミング。この二つが重なっているのだから、間違いなく悪魔が関係していることになる。


悪魔たちが、何らかの目的でラディスを誘拐した、と考えられるだろう。


「――本当に、そうか?」


が、今まで黙り込んでいたパイロが、ここで口を挟んだ。


「本当にあいつは、悪魔に連れ去られたのか?」


「ぱ、パイロ、い、一体どど、どういう意味……だ」


「連れ去られたんじゃあなく、自ら着いて行った(・・・・・・・・)んじゃあないか(・・・・・・・)ってことだよ。そもそも悪魔たちは……ラディスを迎えに来たんじゃないか?」


「……馬鹿な。パイロ、流石にそれは」


「無いと言い切れるか? ジェラル。考えてもみろ、あいつはいつ戦闘部門のトップになった? いや、そもそもいつからこの"機関"に在籍してる? 公的な記録はあるか? 覚えている奴は居るか? 少なくとも諜報部門には居なかったぞ」


『――!?』


空気が凍りつく。


誰も、パイロの言葉に反論しなかった。いや、出来なかった。パイロの言うとおり、ラディスがいつから"機関"に身をおいているのか……誰一人、記憶に無かった(・・・・・・・)のだ。恐らく、記録も存在しない可能性が高い。


ラディスとは、剣聖ラディス・フェイカーとは、一体何者なのだ?


沈黙が、その場を支配する。


「パイロ様、それ以上は……いくらあなたとはいえ、容赦しませんよ」


静けさを破ったのは、ルツァリだった。冷徹な言葉で、パイロを睨みつける。


「……ふん、まあ、確信があるわけじゃあないからな。ただ、その可能性もあると……それだけだ」


パイロはそう、少しばかりのフォローを入れて、腕を組んで背もたれに思い切りもたれかかりながら座りなおした。


「ま、その辺はここで推測してても始まらないね。とにかく私たちがすべきことはラディスを探すことだ」


「……ああ。ルツァリ、この件に関して戦闘部門に周知を頼めるか。勿論、パイロの言っていた件は伏せてもらうが」


「承知しました……」


不穏な空気の中で、ルツァリは複雑な感情を抱きながら頷いた。


* * *


「……以上が、現在判明しているラディス様が失踪した経緯だ」


時は戻り、イブリス一行。


ルツァリが戻った後、一行は場所を移し、街角の喫茶店へと足を運んだ。サラとイブリスが師弟となった喫茶店だ。


せめて落ち着いて話せるようにと、そろってここにやってきたのである。


「ら、ラディスさんが……! 悪魔に!?」


「状況から、そう考えるのが一番自然だ。なぜラディス様が狙われたのかはわからないが……」


「……その、パイロとかいう奴の言葉が気になるな」


イブリスが、珈琲を一口飲んで、鋭い目つきで言った。


「い、イブリスさん!?」


「……イブリス様、それは一体どういう意味なのでしょうか」


サラとフロワ、二人の目線がイブリスへと向けられる。特にフロワからは、深い怒りのこもった目線が。


「フロワ、勘違いするな。話にあった通り、議会の人間はラディスがいつから"機関"にいるのか、誰にもわからなかったんだろ? サラちゃん、その辺知ってるか?」


「い、いえ……確かに、ラディスさんがいつ頃から戦闘部門のトップに居るのかとか……言われてみれば、聞いたことがないです」


「……多分、この街にいる誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろうな」


「何が……言いたいのですか、イブリス様」


「考えてもみろ、ラディスの着任時期を、誰も覚えていない(・・・・・・)ってことだろ? 記憶にない(・・・・・)って……そういうことだろう。『カルテット』に、そんな奴が居なかったか?」


皆に、問いかけるような目。


イブリスは『カルテット』の中でも、その悪魔に最も目をつけていた。


「グース・ペンネ」


――ルツァリが、その名を口にした。


「記憶を消す力があると予想されている悪魔……なるほど、確かに」


「そのグースとかいう奴が、この街の奴らから、ラディスに関する記憶を消していたとしたらどうだ。ラディスに疑いの目を向けるために」


「それなら納得ですね……ラディスさんが、私たちを裏切るなんて、考えたくもないですから……」


イブリスの言うことは、確かにありえない話ではない。


……だが、そうだとしたら、この街は既にかなりの規模で侵攻を受けていることとなる。"機関"の上層部がすでに魔の手にかかっているのだから。


そして同時に、まだなにもわかっていないグース・ペンネと言う存在の脅威の大きさ。その証明にもなっているのだ。


「……」


フロワは、俯いて押し黙ったまま。傍にはサラが、何も言わずに寄り添っている。


「……ところでルツァリ。気になることがある」


「聞こう」


「議題のひとつ(・・・)がラディスの失踪の件なら……もうひとつ(・・・・・)はなんだ?」


ルツァリの話によると、今回の議会の議題はふたつだったはずだ。


ラディスの失踪と並んで、緊急招集で話されるほどの議題なのだから、それなりに重要な話題のはず。一体、それはなんなのか?


「それも今から話そうと思っていた。おそらく……ラディス様の失踪にも関係がある」


「ラディスに関係が?」



「この街から、そう遠くない場所に……『悪魔の巣』が発見された」

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