凶報、訪れる。
「ほれ、頼んだ」
「はい! クエストクリアですね」
イブリスさんが渡した紙に、セレナさんがスタンプを押す。今日も朝からクエスト三昧。今は今日二つ目のクエストを終えて、戻ってきたところだ。
時間はお昼に差し掛かろうかといったところ。そろそろお腹が減ってくるころだ。
「最近、なんだか調子がいいですね?」
「はい、とっても頼りになる助っ人が加わりましたから!」
頼りになる助っ人。言うまでもなく、ルツァリさんの事だ。
「ふふ、良かったですね。……でも、どうしてルツァリさんが貴方たちのパーティに……?」
「色々あるんだよ、色々な」
疑問を呈するセレナさんと、誤魔化すイブリスさん。
私が悪魔のターゲットだということは、一般の冒険者たちには公表されていない。ならば"機関"の職員全員が知っているかと言われるとそうでもないようで、"機関"の中でも知っている人間は限られるみたいだ。
ルツァリさん曰く戦闘部門には周知されているみたいだけれど、特に知る必要のない人には通知されていないとのこと。
あくまで受付嬢という立場のセレナさんは、後者のようだ。だから、私たちがルツァリさんと行動している理由を知らない。
「……サラさんに危険が迫ってるとかじゃないですよね?」
ぎくり。
図星をつかれて、一瞬、その場が凍り付く。
「……いや、心配しすぎだ」
どうにかイブリスさんが返答をする。一応平静を装えてはいるけれど、セレナさんからの疑いを晴らすことはできていない。
私がヒュグロンギルドに捕らわれた前例があるわけだし、セレナさんが怪しがるのも無理はないと思うけれど……
「まあ……追及しても教えてくれなさそうですね」
結局、疑いは晴れなかった。
「それで、件のルツァリさんは一体どうしたんですか?」
「ああ……あいつなら議会に呼ばれたよ」
「議会に?」
先ほど、クエスト帰りの馬車の中で、ルツァリさんへ伝達魔法での連絡が入った。
それはイブリスさんの言うとおり、"機関"のトップたちが集まる議会への出席を求める連絡。その連絡を受けて、ルツァリさんはこの本部に帰ってからすぐに会議場へと向かって行ってしまったのだ。
「……ルツァリさんが議会に……サブリーダーのあの人が議会に呼ばれるってことは……」
「ルツァリ本人に用があるか……リーダーであるラディスに何かあって、代行者として呼ばれたかだ。言っておくが正式に発表があるまで他言はするなよ」
イブリスさんがセレナさんに顔を近づけ、誰にも聞かれないように、小さな声で言う。
普段は"機関"のトップたちが集まる場だけれど、そのトップの皆さんだって人間。例えば病気か何かにかかってしまって休まざるを得ない時だってある。
そんな時には、その部門のサブリーダーさんが議会へ出席する決まりになっているそうだ。
そして……今日、ルツァリさんが呼ばれた。それはつまり、ラディスさんが出席できていないかもしれない、ということ。
病気や何かならいいのだけれど、いつでも悪魔たちの襲撃があり得るこの状況だ。ラディスさんに何かあったのかもしれない……とても心配になる。
特にフロワちゃんは先ほどから思いつめた顔で押し黙ってしまっている。
「まあ、あいつに限って何かあるとは思えん。ルツァリが俺たちと行動してるってこともあるし、きっとその話で呼び出されただけだ。だろ、フロワ?」
イブリスさんはそう、後ろに控えるフロワちゃんへ話を振る。
正直私も、ラディスさんにトラブルが起こるなんてあまり想像できない。ただ単にルツァリさんから話を聞きたいだけという可能性も十分あり得るのだ。
心配で不安になっているフロワちゃんへのイブリスさんなりの気遣いというわけである。
「そうでしょうか」
けれど、フロワちゃんはそう簡単には安心できないようだ。
「……フロワ」
「私たちとの行動を報告する義務があるならば……今回のように、急な呼び出しがかかったりするでしょうか? 普通は、あらかじめ報告するための議会の時間を決めておくものではないのでしょうか? 報告のために予定にない呼び出しがかかるとは……私には思えません」
「フロワちゃん、でも、それは……」
「胸騒ぎが……胸騒ぎがするのです。何か、黒いものが近づいてきているような……良くないことが起こるような胸騒ぎが……」
……。
皆が、押し黙る。
幾名かの人々が行きかう"機関"本部の中で、私たちの周りだけ、音が全く鳴らなくなってしまったような、そんな錯覚すら覚える沈黙が、私たちを支配した。
「……向こうの休憩スペースで、飲み物でも飲んでゆっくりしよう」
イブリスさんが、私たちへ移動を促す。
ここで悩んでいても仕方がない。私たちには、ルツァリさんが戻るのをただ待つしかないんだ。
「――イブリスッ! サラ! フロワ!」
と、私たちが休憩スペースへ向かおうとしたその時、ちょうどルツァリさんが戻ってきた。勢いよく、階段を駆け下りて。
息を切らし、私たちの名を呼んだその様子は……少なくとも、良い知らせのあるようなものではない。
「ルツァリ……?」
只事ではない様子のルツァリさんを見て、イブリスさんが目を丸くする。
魔物との戦いでも息を切らさなかったルツァリさんが、呼吸を荒くしているのだ。ぜぇはぁという息の音が、私たちの不安をいっそう煽る。
……フロワちゃんが震えた手で、私の袖口を掴んだ。
「おい、落ち着け。一体……一体、何があったんだ?」
「はぁ……はぁ、大変なことになった。す、すまない。私も……まだ心の整理がついていない……」
パニックを誘発させないためか、イブリスさんは平静を装っているけれど……声に、不安の色がにじみ出ている。
ルツァリさんは、ゆっくり、ゆっくりと息を整え……次の言葉を、紡いだ。
「ラディス様が――行方不明になった」





