揺れる議会 その2
会議場に飛び込んできたのは、白衣を着た女性だった。あまりにも突然の来客。議会メンバー全員の視線が入ってきたその人物へと向けられる。
「……アリム」
そして、皆一様にため息をついた。
彼女の名はアリム。"機関"研究部門の長である。
研究部門はその名の通り、主に魔法、技術、悪魔に関する研究を行う部門。アリムはそれを取り締まる立場にあるわけだが……如何せん、本人が研究熱心であるがゆえに、しばしば奇行を起こすことがある。
その最たる例が今回のような議会への遅刻である。遅刻魔、というべきか。自信の研究に気を取られた結果、時間を忘れてしまうというのだ。
「議会が始まってから約20分ほどですか……」
「おお、30分以内に来ることができたとは! 流石私!」
「……まあ、来ただけマシですね」
皆、頭を抱えている。
実際のところ、今回はアリムにしては早く来たほうなのだ。酷い時は解散した瞬間に会議場に来た時もあった。
……勿論、議会で話された内容は後々伝えられている。
「アリム、遅刻はいつものことではあるが……いや、いつもの事にもして欲しくないんだが。とにかく、今回は今までよりも重大な問題だ。正直、今回ばかりは感心しないぞ」
「いやいやジェラル。今回の遅刻には正当な理由があるのさ」
「どうせ研究をしていたからだろう? 熱心なのは素晴らしいが、それは正当な理由にはならないぞ」
「ノンノンノン、私の研究はいつだって正当なものだよ……そして! 今回はいつも以上に重大でね」
アリムは、慌ただしく資料を配り始める。
話の区切りはある程度ついていたとはいえ、一応ラディスが発言していたのだが、アリムはそんなことは気にしない。研究の成果を発表したくてたまらないといった様子だ。
資料を見てみると、なにやら小難しい文章が並んでいる。どうやら黒属性の魔力に関する記述があるようだが。
「『カルテット』をはじめとした悪魔たちについて話をしていたのだろう? 実は私からもそれに関する話があるんだ」
資料を配り終えると、席にもつかず、立ったまま話を始めた。
「まず、ノゼル・リケイドの殺害について。獄中に黒い魔力が残っていたのは周知の通りなわけだが……ついさっき、その分析が完了した! その魔力はあの道化の悪魔のものだったよ」
「……やはり」
なるほど、この資料は魔力を分析した結果か。クロウ・ロ・フォビア。あの仮面の道化が、ノゼル殺害の犯人であることが、これで確定したようだ。
だが、これは十分に予測できていたこと。犯人が悪魔であることはわかりきっていたし、『カルテット』の存在が判明した時から、この場にいる全員が『カルテット』メンバーの犯行であると薄々気づいていた。
クロウはノゼルの裏に居た存在。ノゼルを用済みだと"処理"したと考えれば、犯行は自然だ。
「反応が薄いねぇ。ま、いいや。これだけだと思ってもらっちゃあ困るからね。"とっておき"はこっちだ」
アリムは、もうひとつの資料を得意げに掲げて言った。どうやら、まだ配っていない資料があるらしい。
「い、一度に、全部、配れ……」
「おいおいミリス! そんなことをしたら話をする前に"とっておき"の内容がわかってしまうだろう! ドラマが無くなってしまうんだよ、ドラマが。ネタバレ厳禁!」
「……」
――ミリスの顔はその長髪で隠されているが、呆れた顔をしていることだけはよくわかる。
「さてさて、"とっておき"についてだが……諸君、悪魔は普段、どのように我々の世界に侵攻してくるだろう」
「全員わかってるだろう、結果から話せ結果から」
「パイロ、君はさっきの私の発言を聞いてなかったのか? いきなり話したらドラマがないだろう。わかるかい? ドラマだよ。ドラマチックに行こうじゃないか」
「……わかった、もう何も言わん」
「……悪魔の巣。悪魔は異次元の存在ですが、異次元とこちらの世界を繋ぐ特異点が発生することがあります……それが悪魔の巣。悪魔たちはそこを通ってこの世界へ来ている」
ミリスと同じく呆れかえるパイロ。見かねたラディスがアリムの質問……いや、"設問"に答えた。
「大正解だラディス。普通、悪魔は悪魔の巣を拠点としてこちらの世界に侵攻する……けれど、今回の襲撃やノゼル・リケイドの殺害は違う。この街が悪魔の巣になったわけでもなく、街中に悪魔の反応もなく、突然街中へ悪魔が現れた。なぜか?」
アリムは芝居がかった口調で話をする。
……これは、皆、気になっていたことだ。悪魔の巣や悪魔自身が近くに発生したなら、"機関"の魔具で検知できる。
だが、今回は検知できなかった。以前、ラディスが細工をして悪魔の検知を止めたことはあるが、既に動作は正常に戻っている。それが原因ではない。
「その答えが、これ」
もう一枚の資料が、ようやく皆に配られた。
「……黒い魔力が蔓延していたせいで、最初は気が付かなかったんだけど……ノゼルの獄中に、青属性の魔力が検知された」
『――!?』
その場に居る全員が、戦慄した。
「皆もよくわかってるだろう、青属性は時空間への干渉が得意だ。ノゼルの牢獄と、悪魔の巣を繋ぐポータルを作成したといったところだろうね。だから"機関"の魔具にも引っかからなかった……青属性の魔法そのものは全く異常のないものなんだから」
「お、おい! 待ってくれ!」
パイロがアリムの話を慌てて遮る。その頬には、冷や汗が伝っていた。
パイロだけではない。議会のメンバー、全員が冷や汗をかいている。
「そ、それはつまり……悪魔に与する人間が居ると、言うわけか……?」
青属性は、人間が持つ属性。黒の属性と共にその形跡が残っていたということは、悪魔と協力関係にある人間が居るということ。
「それだけじゃあない。もう一度言うよ、青属性の反応があったのはノゼルの捕まっていた牢獄だ。一般の人々が立ち入れるところじゃあない……」
"機関"の牢獄は当然ながら公開されたものではない。
出入り口はひとつだけ、出入りできるのは許可された人物のみ。そして、その許可が得られるのは……
「裏切り者は、"機関"の人間だ」
"機関"に属する者のみである。
「……」
しばしの沈黙が訪れた。
悪魔を手引きしたものが、"機関"内部に居る。今、この時にも、この"機関"本部内で働いている。皆の心を、とてつもなく大きな暗雲が覆った。
「多分、襲撃も街中のどこかに同じようなポータルを作ったんだろね。これは今研究部門で探してるところ」
「……その青属性の魔力、個人は特定できるのですか?」
「うんにゃ、やってみようと思ったんだけど黒属性で塗りつぶされちゃって細かい分析はなーんにもできないね」
「そう……ですか」
「いや、牢獄に入った人間なら特定できるはずだ。許可を得た人間は記録されているだろう?」
なにも"機関"の職員全員が捜査対象になるわけではない。ノゼルが捕まった際、牢獄へ立ち入った人物は限られてくる。
あの日、牢獄への立ち入りを許可された人物だけであれば、捜査対象はかなり絞られてくる。
「そ、そんなことを、しなくても……こ、ここに、その条件にあ、当てはまる人間が、いる……」
……そして、その一人が、ここにいる。
「……ノゼルの牢獄へ入った、青属性の人間」
全員の視線が、とある人物へ集まった。
――ラディス・フェイカー、その人である。
「僕を……疑っているので?」
「じょ、じ、冗談、だ……こ、このメンバーに、う、うう、裏切り者が居るとは……お、思って、いない」
「私もそうは思わない……いや、思いたくないなー。こんな所まで入り込まれてたらもう打つ手がないでしょ」
「……はぁ、言われる側にもなってみてくださいよ」
ラディスは気が抜けたように息を吐く。誰だって、疑いをかけられたら心が張り詰めるものだ。特に、こんな状況では。
「では……その話を踏まえて、今後の活動方針を検討しましょう。1、『カルテット』への出来る限りの情報収集と対策。2、"機関"内部に存在する裏切り者の捜索……この二つが主軸になるでしょうね」
『カルテット』は、今後も繰り返し襲撃を仕掛けてくることが予想される。対策は必須だ。
これに関しては、まず出来ることとして、現状判明している『カルテット』の情報を冒険者たちへ周知することが決定した。
"機関"本部での情報の張り出し、そして、各ギルドへの通達。少しでも多くの冒険者に知られるように。
それに加えて、諜報部門が中心となっての情報収集も計画することとなった。今では情報が足りなさすぎるのだ。
「裏切り者の特定に関しては……口外できない問題です。対応できるのは僕らだけ」
裏切り者が"機関"内部に居るとなると、各部門での対応ができない。どの部門に裏切り者が居るかわからないからだ。
「し、仕方が、ない……ジェ、ジェラル……し、し、資料の用意を、た、頼む……」
「ああ、当日牢獄に入った者のリストを作成しておこう」
たった5人での捜索。無茶な話ではあるが、やるしかない。
「……今後の方針は、そんなものか……この話は一旦ここまでにしよう。まだまだ話すことは沢山ある」
「そうだな、では、総務部門から今回の襲撃の被害報告を……」
……大きな襲撃の後の議会は、大きな不安を残しながら続いた。
***
「では、本日は解散。皆さん、裏切り者の捜索には、十分気を付けながら当たってください」
それから、合計で2,3時間ほど続いた議会は解散となった。各部門の代表が、次々と席を立つ。
皆の緊迫した表情(アリムだけはへらへらとしていたが)が、これからの忙しさ、そして事の重大さを予感させる。
皆、それぞれの思いを抱えて会議場を出ていき、最後に、ラディスがただ一人残った。
「長い話し合い、お疲れさん」
否、一人ではない。皆が去った後、会議場を新たな人物が訪れたのだ。
訪れたのは、男だった。首元と袖口に羽があしらわれた上着と、深く被った帽子が印象的だ。
……そしてそれはつまり、"機関"の人間ではないことを表していた。"機関"の職員は皆、制服を着ているのだから。
「……どうしてこんな所に居るんだ」
「様子を見に来ただけだよ、剣聖サン」
男はすたすたとラディスの元へ歩いていき、迷わず隣の椅子に座る。
「ふざけるな、君がここに来ることがどれだけ危険なことか……! 見られたらどうするんだ!?」
「俺の能力なら心配ない。そうだろう?」
男は口元をゆがませ、懐から羽ペンを取り出して、空中に文字を書くように軽く振って見せた。
「油断するんじゃない。気づかないうちに見られてるかもしれないだろう。ただでさえ裏切り者の話で議会の警戒度が高まってるんだから」
ラディスは振られる男の手を抑え、周囲を見渡す。
――盗み聞きしているような奴はいない。
「……僕が君と……『カルテット』の一人と接触している所は見られてはならない。いいね?」





