揺れる議会 その1
「すみません、遅れました。もう揃っていますか?」
「いや、まだだな。アリムが来ていない」
「またですか……」
"機関"の会議場。数人の人物が丸テーブルを囲んで待機している中に、ラディスが合流した。これから議会が始まるのだ。
さて、ここで一度議会についての解説を挟んでおこう。
この街、アヴェントにある"機関"本部は、複数の部署で構成されている。
総務部門、研究部門、警務部門、諜報部門、そしてラディスが所属する戦闘部門。
各部署の解説は後に回すとして、この部署のトップが集まり、意見を出し合い、今後の方針などを決定するのが"機関"の議会である。
先の悪魔たちの襲撃のあと、"機関"のトップたちは息つく暇もなく議会を開くことを決定した。勿論、襲撃の事、そしてこれからの事を話し合うためだ。
「じ、じじ、時間の……む、無駄、だ」
「うむ、彼女のことだ、悪魔の研究にお熱で時間を忘れているんだろう。待っているとかなり時間がかかる」
「仕方ない、アリム抜きで始めましょう」
そう言ってラディスは丸テーブルの、自分の席についた。
「ではまず……ラディス、今回の被害はどうなっている?」
最初に、初老の男がラディスに尋ねた。
男の名はジェラル。"機関"の運営を主な仕事とする総務部の元締めである。
「とても深刻なものですね、確認できているだけでも死者が12名出ています。負傷者は……数え切れなかったので纏めていません」
ラディスは事前に用意した資料を見つつ、答えた。戦闘部門の主な仕事は悪魔や魔物との戦闘、およびその支援だが、こうした戦闘の被害を纏めるのも仕事のひとつだ。
今回の大規模な襲撃が残した爪跡は、かなり大きい。
この街は冒険者を志す人々が集まる街。つまり、まだ駆け出しで、悪魔の軍勢どころか魔物ともまともに戦ったことのない冒険者も多く居るのだ。
そんな冒険者が悪魔に襲われたのなら……結末は、想像に難くない。
「意外なことに、建造物への被害はあまりありません。……死者についても、不謹慎ながらこれだけの襲撃にしては少なく済んでいるかと思います。最も、負傷者も重傷軽傷様々ですから……これから増える可能性も、否定は出来ませんが」
「本当に不謹慎だな。命を数の大小で見るんじゃない」
「ええ。ですから、不謹慎と。僕だってあまり進んでこう言っているわけじゃないんですよ」
「パイロ。実際、死者は少数に抑えられている。気持ちはわかるが、抑えろ」
「……ちぃ」
ジェラルの反論を受け、男――"機関"諜報部門の代表、パイロは不機嫌そうに舌打ちをした。
諜報部門の役割は主に情報収集。悪魔の出現情報や、冒険者たちの動向など、様々な情報の収集と管理をしている。
通常、緊急クエストはこの諜報部の情報を元に発行される。
……最も、ラディスはイブリスに対し、独自に入手した情報を元にした緊急クエストを度々依頼しているのだが。
どうやらパイロはそれが気に入らないらしく、ラディスによく突っかかってくるのだ。ラディスはさして気にする様子はないが。
「では、折角なのでこのまま僕の話をさせていただきましょう」
ラディスはそう言って、事前に用意していた数枚の資料を他の3人に配りはじめる。
「今回の襲撃は『カルテット』と呼ばれる4人の上級悪魔の手引きによるものとわかっています。この『カルテット』について、現在判明していることを資料にまとめておきました」
『カルテット』。イブリスたちがイーグル・アイやクロウに襲われたように、他の二人も今回の襲撃に参加していた。
戦闘部門のメンバーが、実際に剣を交えたものや、目撃者への聞き取りをおこない、それをラディスが資料にまとめたのだ。今回、少し遅れた理由はこれを急ピッチで製作していたからである。
「イーグル・アイ、クロウ・ロ・フォビア、ルフ・ザ・ロック、グース・ペンネ。『カルテット』はこの4人で構成されていますが……この全員に、他の悪魔とは違う、特殊な能力があることが確認されています」
ラディスが資料を一枚めくる、他の皆もそれに続いた。
「まず、イーグル・アイ。この悪魔には、人の感情を増幅する力が確認されています。今回、一番被害を受けたのは皆さんご存知の黒の魔術師――イブリスでしょうね。イーグル・アイによって憎しみを増幅させられた冒険者たちが、イブリスたちへ盲目的に襲い掛かったようです」
「また黒の魔術師か……この間から、悪魔がらみの事件はいつもこいつが関わってるな」
「パイロ、今回はわけが違います。いえ、今回も、ですが……イブリスは被害者のひとりなんですよ」
「ラディス、君はやけに彼に肩入れしているようだが、なにかあるのか?」
「事実を客観的に評価したまでです」
「……まあ、今回は実際、襲われた側のようだが」
「は、話の……続きを、た、頼む」
パイロとラディス、二人の会話を、違う男が遮った。
顔が見えなくなるほどの長髪が特徴のその男は、警務部門の代表、ミリスである。
警務部門はアヴェントの街の警備や治安管理を行う。"機関"の組織というよりも街の組織というべきかも知れない。
「そうですね、そうしましょう……では次」
皆が資料をまた一枚、めくる。
「クロウ・ロ・フォビア……仮面の道化という、『カルテット』の中で最も特徴的な外見をした悪魔です」
クロウ。イーグル・アイに続いて、イブリスの前に現れた『カルテット』のメンバーだ。
「特筆すべきは、このクロウ・ロ・フォビア、そして先ほど話したイーグル・アイがヒュグロンの事件に関わっていることが判明している、ということでしょうね」
そこでラディスは、懐から一輪の百合の花を取り出した。ただの百合ではない。毒々しく妖艶な紫色をした百合の花である。
「これはクロウ・ロ・フォビアが生み出したという花を回収したものです。同じものを……ヒュグロンギルドマスター、故ノゼル・リケイドが使っていました」
ノゼルがクロウから百合の花を借り受けていたこと。そしてイーグル・アイによって野心を増幅されていたこと。これはイブリスから伝わっている。
ラディスは議会のメンバーに、同じことを説明した。
この街に、既に魔の手が伸びていたこと。この襲撃は、起こるべくして起こったことなのだと。
「……その、クロウ・ロ・フォビアの能力とやらはなんなんだ?」
「正確には判明していません。ただ、僕がこの目で見たところ……この花の香りを嗅いだ人間の思考を操っているように見えました」
ラディスは手に持った百合の花を軽く振りながらそう言う。
この目で見た、というのは、もちろんサラのことである。ノゼルとの戦いで、この花のツタに捕まったサラの様子は、何かに操られているような感じだった。
香りをトリガーとした、思考操作。
ノゼルも、ただ感情を増幅させられていただけではなく、この花に操られていたのではないのだろうか。
「は、花の匂いを嗅いだら……だと!? お、おい! そんな危険なもの……!」
「――ああ、僕が持っているこれは、人間に対してもう影響がないことが確認されているので、ご安心を」
「そ、そうなのか。紛らわしいじゃないか」
「クスッ、すみません」
「笑うな!」
「次に行きましょう、ルフ・ザ・ロック」
資料がまた一枚、めくられる。ここから先は、イブリスが遭遇していないメンバーだ。
「この悪魔の得物は鍵……だ、そうです。幾つもの鍵をぶら下げていたようで。凡そ武器には向かない気もしますが、目撃証言は確かです」
悪魔に常識は通用しない。一見それとは思えないようなものを武器としていても、決しておかしくはない。
思えば、花なんかも武器だとは言えないようなものか、と、ラディスは心の中で呟いた。
「こ、こいつはどんな、ち、力が?」
ミリスが問う。
「こちらも、正確に判明はしていません。実際のところ、自分の能力のネタばらしをしてくれたのは感情増幅のイーグル・アイだけです」
よほど自信があるのか、それともわかりやすいために隠しても無駄だと思っているのか。イーグル・アイはいとも簡単に自分の力の正体を話した。
しかし、クロウをはじめとした他の悪魔たちは自分の力を明かしていない。敵に手の内を明かすほうがおかしいとも言えるが。
「ですが、戦闘部門のメンバーが剣を交えています。報告を資料に載せておきました」
ラディスの話を聞いていたメンバーの視線が、手元の資料へと向く。
「急に剣が振るえなくなった? なんだこれは?」
「書いてある通りです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「ここ、行動、を、制限す、する……能力」
「なるほどな」
各々、資料に書かれている報告を見て思い思いの感想を呟いた。だが皆、ミリスの呟いた言葉と同じ結論へ辿り着いたようだ。
「僕も……大体同意見です。恐らく、何らかの方法で、行動を制限する力。この悪魔と対峙する時は、魔具も持参して行動の選択肢を広げるべきかと。では、次……グース・ペンネ」
資料の次のページ。これで『カルテット』のメンバーに関する報告は最後だ。
「ラディス、内容が少ないみたいだが」
資料を目にするや否や、ジェラルが物申した。
それもそのはず。グース・ペンネのページには、今までにあったはずの様々な情報が無かったのだ。
いや、それどころではない。
「おいおい、ちょっと待てラディス。少ないなんてもんじゃない。ほとんどなんにも書かれてないじゃあないか」
パイロが、ジェラルに続いて資料への文句を言った。
そう、グース・ペンネの資料に記されていたのは今回の被害報告だけ。肝心のグース・ペンネ本人の情報が一切書かれていなかったのだ。
「……ちゃんと書いてあるでしょう? 『一切不明』と」
ラディスは手元の資料を見直して、そう呟いた。
「おいおいおいおい! 知ってるか糸目クン、そりゃあ何も書かれてないってことなんだぜ!?」
「パイロ……」
痺れを切らしたパイロが机をバン、と叩いて立ち上がった。激昂するパイロを、隣に座ったジェラルが宥める。
「まあまあ、落ち着いてくださいパイロ」
「だ、だが、何も情報がないのは、事実……事実」
「……これ、別にふざけて書いたわけではないんですがね」
ラディスは皆からの批判の目を浴びて、少々困ったような顔を浮かべる。
「この悪魔に関しては本当に『一切不明』なんです。襲われたという報告はある、襲撃場所の報告もある、名前の報告もある。けれどそれ以上の報告がない……いえ、『それ以上は覚えていない』と、皆口をそろえて言うものですから」
なにもラディスは、書くのが面倒だからこう書いたわけではない。
戦闘部門のメンバーをはじめ、対峙したという様々な冒険者たちへ聞き取りを行ったのだが、ひとつの例外もなく『覚えていない』という返答が帰ってきたのだ。
「ふむ、明らかに異常だな。これも能力に起因するものか」
「大方、『記憶を消す』能力ってところか? また厄介だな」
パイロは椅子にどっしりと深く座り直し、資料の『一切不明』の文字を意味もなく見つめる。
恐らく、相手取る時に最も脅威となるのはこの悪魔だ。
能力的な意味ではない。問題なのは外見的特徴が一切わからないこと。
他の悪魔は外見の報告があるため、いざ対峙した時にすぐに臨戦態勢に入ることができる。特に脅威的な能力を持つクロウ・ロ・フォビアは仮面を被った道化師という、ひと目で分かる外見をしている。
が、グース・ペンネは別だ。どのような見た目をしているのか、男性なのか女性なのか、得物は何なのか。この悪魔を判別するための材料が全くないのだ。警戒のしようもない。
もしかすると、この街に既に入り込んで、何食わぬ顔で街を歩いている可能性だってあるのだ。
「『記憶を消す』能力……という推測には、僕も同意です。この状況から推測するに、最もありえる能力でしょう。『カルテット』に関しての報告は、以上です。何か、質問は……」
「いやあ、遅れた遅れた!」
……ラディスが話に区切りをつけたと同時に、会議場の扉が勢いよく開かれた。





