女騎士との出会い その1
「『カルテット』……」
"機関"本部に張り出された資料を見つめて、イブリスさんが呟いた。
あの襲撃の後、『カルテット』の情報が冒険者に通知された。もちろん、こうして私たちの目に入る場所にも。
"今後、全ての冒険者に交戦の可能性あり"という一文が印象強い。あの時、イーグル・アイと対峙した私は……あの能力の前に、あっけなく戦意を失ってしまった。
もしもう一度戦うことになった時、あの能力の前に私は何かできるだろうか……
「サラさん、大丈夫ですか?」
「えっ?」
隣に立っていたフロワちゃんが私の顔を覗き込んでくる。
「なんでもないよ。どうしたの、突然?」
「……なにか、思いつめたような顔をされていたので」
「あはは、ちょっと考え事してたから」
自分ではそんなつもりはなかったのだけれど。私はどうも、自分が思ってる以上に考えが顔に出てしまうみたいだ。
「それに……」
私は、『カルテット』の資料を見つめるイブリスさんを見た。
イブリスさんは私以上に思いつめた顔で、『カルテット』のとあるメンバーの情報を見続けている。
「グース・ペンネ……記憶を消す能力があると推測されている悪魔ですか」
「……ああ」
フロワちゃんの言葉に、イブリスさんは静かに頷いた。情報が開示されたときから、ずっとこの悪魔の事が引っかかっているみたいだ。
記憶を消す……イブリスさんの記憶が消えていく現象と、何か関連があるのかもしれない。
「少なくとも俺が出会った『カルテット』の二人は、俺のことを何か知っている様子だった。だとすれば……こいつが俺の記憶を消している張本人だとしても違和感はない」
あの時、私たちの前に現れたイーグル・アイはイブリスさんの事を『ミュオソティス君』と呼んでいた。私とフロワちゃんが逃げた後に現れたクロウ・ロ・フォビアという悪魔も同じ名前を呼んだと聞いている。
『カルテット』は……私たちの知らないイブリスさんを知っている。
イブリスさん自身も知らない、過去の記憶。本当のイブリスさんを、あの悪魔たちは知っているのだ。
「もしこいつと対峙することがあったら、問いただす必要がありそうだな」
「で、でも……特徴が一切わからないのに……」
「いつかは必ず対峙することになる。俺たちが……サラちゃんと一緒に行動している限り」
イブリスさんとフロワちゃんが私を見る。
――私が、悪魔に狙われる存在だなんて。ノゼルさんに攫われた前例があるとはいえ、その実感は全くわかない。ただただ、漠然とした不安は心の中にあるけれど。
「そう不安そうな顔をするな。言っただろう、俺も居るし、フロワも居る。味方は沢山居るんだ、絶対に悪魔にお前を渡したりなんかしない」
あぁ、また顔に出ちゃってたみたい。
「大丈夫です、確かに不安はあるけど……皆のこと、信じてますから!」
皆にまかせっきりでも駄目だよね。私も、自分で自分のことを守れるように、ちゃんと訓練しなきゃ。
こんな状況でも、それは変わらない。今はとにかく、経験を積んで、力をつけないと。
「そういえば、私のことは書かれていないんですね」
張り出された資料のどこを見ても、悪魔たちの目的……つまり、私を狙っているということは全く書かれていない。書かれているのは、『カルテット』の情報くらいだ。
「"機関"なりの気遣いだろう。悪魔から狙われてる冒険者なんてレッテルが貼られちまったら、周りからどんな目で見られるかわからんからな。ただでさえ俺に関わってるだけで注目の的なのに」
「しかし、"機関"が何もしないとは思えません。何らかの形でのサポートの用意はあってもおかしくないと思いますが……」
イブリスさんとフロワちゃんは十分な実力を持っているけれど、私たちはたった3人。もしも3人だけで行動しているときに『カルテット』に遭遇したら……あまり、良い結果は期待できない。
事実、この間はイーグル・アイだけでイブリスさん一人まで追い詰められたんだから。
かといって、クエストに行かずにずっと街に引きこもっているわけにもいかないし。それは"機関"……というか、ラディスさんもわかってくれているはずだけれど……
「黒の魔術師――イブリス・コントラクター、だね?」
考えこむ私たちの後ろから、突然、声が聞こえた。
「……誰だ、聞き覚えのあるような台詞で俺を呼ぶ奴は」
イブリスさんが嫌な顔をして振り返り、私たちもそれに続く。
嫌な予感を感じているのは、きっと私たち全員だ。似たような状況を、つい先日経験しているんだから。
――イーグル・アイの手にかかったヒュグロンギルドの冒険者たちが、私たちを襲って来た時のこと。あの時のことが、脳裏によぎる。
「そう身構えるな、別に取って食おうってわけじゃあないんだから」
そこには、凛とたたずむ、一人の女騎士さんがいた。
綺麗でサラサラとした黄金色のロングヘアーを邪魔にならないよう後ろで三つ編みにして束ね、瞳は落ち着いた青緑色――碧眼、というやつだろうか――をしている。私たちを見るその表情は優しげなものだ。
なにより目を引くのはその長身。イブリスさんほどではないけれど、私たちが見上げるには十分な背の高さだ。
……あれ? この人、どこかで見たことがあるような?
「"機関"の人間か? 驚かせるなよ」
女騎士さんの装備を見たイブリスさんが、安堵の声を出す。
胸甲にあしらわれた勲章は、間違いなく"機関"のもの。どうやら敵ではないみたいだ。
……うーん、やっぱりどこかで見たことがあるような気がする。知り合いとかではないんだけれど、一体なんだろう……?
「……ご無沙汰しております」
「やあ、元気そうでなにより」
フロワちゃんが、騎士さんにお辞儀をする。
騎士さんも笑顔でフロワちゃんに挨拶を返した。
「知り合いか?」
「はい、このお方は……」
「あーっ!!」
"機関"本部内に突然上がった大声。発したのは何を隠そう、この私。
なぜ声をあげたかと言うと、この女騎士さんの正体に気づいてしまったからだ。むしろ、なぜすぐに気づかなかったのだろう。
「ルツァリさん! デイム・ファーリス・ルツァリさんですよね!?」
「……その通りです」
「あはは、よく知っているな」
ルツァリさんが笑いながら言う。
よく知っているなんてとんでもない。私にとっては知らないほうが不思議なくらいだ。
「……有名人なのか?」
「有名もなにも、"機関"戦闘部門のサブリーダーですよ! つまり、ラディスさんの右腕! 類い稀な才能と美しい剣技によって若くしてこの地位まで登り詰めた天才! 次期"剣聖"の座は間違いないと言われている人です!」
「はい、とても丁寧な解説をありがとう」
私の語りに、イブリスさんは冷ややかな反応を返す。しまった、ちょっと熱くなりすぎてしまった。
しかし、ルツァリさんは本当にすごい人なのだ。冒険者たちからも、そうでない人たちからも、人気はとても高い。
「そ、そう言われるとなんだかむず痒いな。別に変に謙遜する気は無いが、かといって私はそこまで崇高な存在じゃあないさ」
ルツァリさんは少し顔を赤くして頭に手をやる。こんな親しみやすい一面も、ルツァリさんが人気な理由の一つだ。
「っていうかフロワちゃん! ルツァリさんと知り合いなの!?」
「はい、主様を通じて、度々顔を合わせています。最近は……お二人に同行していたこともあってしばらくお会いしていませんでしたが」
そうか、ラディスさんの身の回りのお世話をしていたのなら、戦闘部門の人とかかわりがあってもおかしくない。よく考えたら当然のことだ。
……ってことはそれにもっと早く気が付いていればルツァリさんにももっと早く会えたんじゃ!? うう、どうして早く気付かなかったんだろう。
「では……たった今ご紹介に与った。デイム・ファーリス・ルツァリだ。どうぞお見知りおきを」
「そりゃまたご丁寧に。こっちの自己紹介は必要か?」
「いや、大丈夫だ。フロワはすでに知っているし……後の二人についても噂はかねがね」
ルツァリさんは自己紹介とともに丁寧にお辞儀をしてくれた。頭を下げた姿も凛としていて美しい。
私のこと、もう知っていたんだ。ラディスさんの時もそうだったけれど、ルツァリさんにも知っていてもらえたなんて、なんだかとても嬉しい。
「それで? 戦闘部門のサブリーダーともあろうお方が、俺たちに何の用だ?」
「ああ、ラディス様から直々に指令があってね」
ラディスさんからの指令? 一体なんだろう。
「君たちのクエストに、私も同行させてもらうことになった」
「……うえええええええ!?」
……一瞬の沈黙の後、私の二度目の叫び声が"機関"本部に響き渡った。





