迷子の迷子の
「わぁっ!可愛い〜」
「何だ。子どもの魔獣か」
つい先程までの緊迫感は何処へやら。草むらから現れた存在に、二人はそれぞれ感想を漏らした。
雪の様にふわふわで真っ白な体毛。小柄な体はお団子みたいに丸く、これまた真ん丸な尻尾が微かにふるふる……いや、ぷりぷりと震えている。指吸いをしている所から、まだ赤ん坊なのだろうか?此方を上目遣いで見つめるブルーのつぶらな瞳が愛くるしい。
そんなどうしようもなく可愛くて庇護欲を掻き立てられる存在が、オズに向かってぽてぽてと歩み寄りながら「くま?」と鳴いた。 鳴き声がおかしいとかはさて置き、これから分かるように目の前の存在は『熊』である。しかも子熊……まだ足元も覚束ない子どもだ。つまりは赤ちゃん。イコール可愛い。
リオンは魔獣だと言ったが、この子の何処がネーミングからして物騒極まりない魔獣だというのだろうか。「寧ろ天使だ。天使がいる」という具合に、パタパタと子熊に駆け寄り目線を合わせる形でしゃがみ込みながら、オズは目を輝かせていた。
「君、何処から来たの?」
「くま〜?」
「くまの国かぁ。君は男の子?女の子?」
「くま〜」
「そっかーくま性かぁ……お名前は?」
「くま」
「そっかそっかーくまさんね〜」
「……おい。そろそろツッコんでも良いか」
オズと子熊の明らかに繋がっていない会話に、とうとうリオンがストップを掛ける。反対に待ったを掛けられたオズは、ぷぅ……と頬を膨らませながらリオンを見上げてきた。 その顔を見た瞬間、リオンは理解する。
この世間知らずは完全に、子熊の可愛さにやられている……と。
「おいおいオズ。お前分かってるのか?ソイツ、見た目は可愛くても中身は魔獣だぞ魔獣」
「でもまだ赤ちゃんみたいだよ?まだちゃんと足も立ってないし……」
全然分かってないし。
何故か発生した頭痛に、リオンは思わず片手で頭を支えた。
「……見た所ソイツは『ヒョウガグマ』の赤ん坊だな」
「ヒョウガグマ?」
「寒さにめっぽう強く、頭も賢い魔獣だ。普段は省エネモードみたいに小さな姿になって相手を油断させるが、実物は成人男性よりデカいし力も強い。まぁそいつはまだ赤ん坊だから、その心配はないけどな」
「へぇ〜こんなに小さいのにね」
リオンの話に感心しながら、子熊の頭を撫でるオズ。子熊はされるがままになって嬉しそうに目を細めている。
だが何故かムズムズと体を動かしている子熊を見て、リオンが淡々と呟いた。
「ついでに肉食」
「それを先に言って?!」
「くまっ!」
突然ぴょんと地面を蹴る子熊。そのままオズのお腹へとダイブし、ジタバタと暴れ出す。
まさか食べられるのかと思ったオズが身を強張らせるが、子熊は御構い無しに暴れまわっている。しかもその顔は何処か幸せそうですらあった。
「な、なに……っ?」
「『ヒョウガグマ』ってのはじっとしてられないってのも特徴の一つでな。かまって欲しいんじゃないのか?」
リオンの言葉に子熊を見詰める。その視線を受けてか、子熊がオズを見上げてきた。
「そうなの……?」
「くまぁっ!」
片手を上げ、元気な鳴き声を上げる子熊。此方の疑問にしっかり返事をしてきた所を見ると、本当に賢い生物のようである。
オズは、無邪気な子熊に自然と癒されていた。
「それにしても変だな……」
ふと、リオンが子熊を見ながら考え込む。オズはそんな彼に首を傾げた。
「変って、何が?」
「いや……『ヒョウガグマ』は親子で行動するのが普通なんだけど、この子熊は一人みたいだから」
「じゃあこの子、迷子なのかな……?」
今も親熊がこの子熊を探しているかもしれない。
そう思うと、オズは無性に子熊が憐れに見えてきた。
「ねぇリオン……。この子の親、俺達で探しちゃ駄目かな?」
オズの提案にリオンが固まる。
数秒後、我に返ったリオンが怒鳴り声を上げた。
「お前何言ってるんだ!それがどれだけ危険な事か分かってんのか?!」
まるで信じられない物を見る様な目に思わずたじろぐ。子熊もリオンの声量に驚いたのか、オズの腕の中へと頭を突っ込んだ。それに対して「頭隠して尻隠さずとはこの事か……」と現実逃避をするも、オズは微動だできずにいた。
反対に、そんな二人を見たリオンはバツが悪そうな顔で目を逸らした。
「……この世界では、忌み嫌われる要素というのが三つあるんだ」
「嫌われる要素……?」
リオンの言葉を反復する。
すると彼は、苦々しい口調と表情でゆっくりと語り出した。
「そう。この世界で最も敬遠されるのは、黒系統の髪や目を持つ『黒の人達』。また、血のように赤い目を持つ者は『厄災児』として恐れられている。そして最後に、……邪悪な力を持つ『魔の一族』。『魔獣』はこれに当たるんだ」
今聞こえた内容に思わず思考がショートする。
忌嫌われる?というより、黒系統の髪や目はその対象……?
日本人全滅じゃないかと思いながら、オズは「そんな……」と呟いた。
「だからもしその子熊を連れている所を誰かに見られたら、俺達はその瞬間に『危険物質』なんだよ。最早人ですらない……一斉に襲われて終わりだ」
「で、でもこの子大人しいよっ? それに幾ら忌嫌われてるからって、皆生きてるのに……」
「アイツ等には、そんな事関係ねぇんだよ」
リオンの言うアイツ等とは、この世界の人達全てを指しているのだろう。彼は時々、人間に対して嫌悪の様なものを見せる節があるから。
「人間以外の生き物は皆、強い。一人でも生きていける。その子熊もわざわざお前が世話を焼かなくたって自然の中で力強く育っていくんだ。寧ろ、下手に懐かれて野生に還れなくなる方がその子熊の為にはならないだろうな」
確かに、リオンの言う事は最もだ。この子熊の成長を妨げる様な事をしてはならない。
それにきっとオズが手出ししなくても、自分の力で親を探し出すだろう。
───人間が自然に触れるなど、きっとやってはならない事だったんだよ───
そっ……と、腕の中から子熊を降ろす。
不思議そうに首を傾げる子熊に、できるだけ明るく見える様に微笑んだ。
「くま……?」
「さよなら。家族で幸せに暮らすんだよ」
それから後ろを振り向く事はなかった。
振り向いてしまったらきっと、押さえ込んだ筈の気持ちが噴き出してしまうから。
次の街へと向かう二人の後ろ姿を、子熊がただただ寂しそうな目で見つめていた。




