『心威』ではなく
(もう駄目……ッ!)
向こうは鍛えられた兵士。そんな相手に敵う筈もなく、ギュッと目を瞑る。そしてオズはやってくるだろう痛みに身構えた……が。
「……?」
いつまでたっても何も起こらない。
それに疑問を抱き、恐る恐る目を開く。すると飛び込んできた予想外の光景に、オズは呆然と立ち尽くしてしまった。
「へ……り、リオン?」
目の前には棒を振りかざした門番……ではなく。音もなく地面に沈んだ門番と、それを悠々と見下ろすリオンがいた。リオンの顔は一仕事したとでも言う様にスッキリとしており、オズの声に気付くと何故か親指を立ててきた。
心なしかその顔は誇らしげに見える。
(いやいや、グッジョブじゃないし……)
まさか、自分が目を閉じていたあの一瞬の間に門番を沈めたのだろうか?だとすれば、どうやったんだろうと思いながら首を傾げる。
───直後、もう一人の門番がリオンに向かって銃を構えている事に気付いた。しかも今まさに、引き金を引こうとしている所だ。
「リオン後ろッ!」
顔を青くしながらオズが叫ぶ。
だが叫ばれた本人であるリオンは、余裕さえ感じられる仕草で男へと振り返った。
リオンの海色の目が暗さを増していく。まるで深海を覗き込んでいる様なその色は、何処か悲哀に包まれている様にも見えた。
「キリハ。寄越せ」
リオンの口から、温度が低く鋭い命令が紡がれる。すると微かに空気が揺れ、彼の中へと『何か』が流れ込んでいった。
唐突に突き出された彼の右手に、光の粒子が集まり形を成していく。
最終的に薙刀の形へと収まったそれを、リオンが勢い良く振り回す。
すると発砲された銃弾とぶつかり、光の火花が華やかに散った。
「す、凄い……」
よく見ると、銃弾が光の粒子へと変換されているのが分かる。火花の正体を知り、オズは驚きに固まっていた。
目の前で繰り広げられようとしている戦いに、ピクリとも動く事ができない。次々と発泡されていく銃弾を、リオンが一振りで粒子へと変えていく。
あまりに圧倒的な力の差に、門番は絶望的な表情で吐き出した。
「貴様、『心威』持ちか……ッ!」
門番がそれを告げた瞬間。
その言葉に機嫌を損ねたのか、リオンが眉を顰める。感情の一切消えた目で、門番の頭へと薙刀を振りかぶった。
「え……?」
一瞬何が起こったのか理解できず、オズは呆然と呟く。だがゆっくりと地面に沈んでいく門番を見て、止まっていた思考が動き出した。
門番の横顔は死人の様に真っ青だ。
「あっ……───」
一瞬、門番の顔が誰かに重なった気がした。
「───リオンッ!!」
思わず、大声でリオンの名前を呼ぶ。
オズからは想像も付かないその勢いに驚いたのか、素っ頓狂な動作でリオンが振り返った。その表情はまるで、あまりの事に毒を抜かれたかの様。
「な、何だ……?」
「何だじゃないよっ。門番さん、死んでないよねっ?!」
「……はい?」
必死な形相でリオンへと詰め寄り、今度は門番さんに「生きてますかーっ?」と尋ね出す。
そんなオズを見て、リオンは思わず吹き出してしまった。
「ぷっ……はははッ!」
「ちょっ……!何笑ってんのリオン?!門番さんが死んじゃったかもしれないのに……っ」
「ふっくッ……大丈夫、それはないから……って、やっぱりおかしいぃぃッ!」
爆笑しながら、遂には腹を抱えてバシバシと地面を叩き出すリオン。彼の印象とはかけ離れ過ぎた行動を目にし、オズはポカンと口を開け放った。それにリオンはますます、ひぃひぃと笑いを止められずにいる。
そんな中、ハッと意識が戻ったオズはリオンへと詰め寄った。
「え、何っ?俺なんかおかしな事言ったっけ……?」
冷や汗をかきながら戸惑うオズに、やっと笑いが収まったリオンが笑い掛ける。
「ふぅ……別におかしくはないぞ。寧ろ、自分に襲いかかそうとしてた奴等を心配する奴なんて、珍し過ぎて新鮮なぐらいだ。というか、別に殺してないから」
「へっ?」
きょとんとした顔でリオンを眺める。
「だから、門番さんは無事です!さっきのはオレ達に関する記憶を消しただけ」
「え。ぇぇえええっ?!」
記憶を消す。つまりは、他人の頭の中を弄ったという事だろうか?そんな事ができるなんてと思いながら、リオンが持っている薙刀を凝視する。
オズの視線に気付いたリオンは、少し困った顔でよく見える様に薙刀を抱え上げた。
「変な色した薙刀だろ」
「そうかな?綺麗な色だと思うけど……」
「えぇっ……?」
遠目に見ても綺麗だと思ったが、近くで見るとより一層それを感じる事ができる。
それに、白金に輝くその色は何処か優しい光を纏っている様に見えた。
パチパチと瞬きをしながら眺めるオズに、苦笑しながらリオンが口を開く。
「これはオレの奥底に潜んだ力なんだ」
「奥底に……?」
「そう。人間にも動物にも、一度魂が宿った者には普段、自分の奥深く見えない所に潜んだ潜在的な力があるんだ。例えばそうだな……」
顎に手を当てながら考えるリオン。やがて言葉が見つかったのか、オズへと指を向ける。
「お前が危険な目にあった時、あるいは何かにとてつもなく胸が踊った時……お前は、何かを感じなかったか?」
トン───、という音を立てて、リオンの指先が自分の胸へと当てられた。
オズはそれに、軽く目を見開く。
(そういえば……)
小さい頃。
真冬の中、薄着で勝手に外に出て両親に怒られた事がある。あの頃靴も持ってなかった自分は、裸足である事も気にならないぐらい初めての外に胸が一杯だった。だからか不思議と寒さも感じなくて、凍傷は一つもできていなかった。
此処に飛ばされて来て、幼女と出会った時もそうだ。
あのマリアという少女は、不自然な動きで固まっていた。あの時の自分の奥底が疼く様な感覚は、一日たってもハッキリと覚えている。
(あれが、……?)
俄かに信じられない。だが覚えがあるという顔をしたオズを見て、リオンは微笑んだ。
「そう。それがお前の奥底にある力。この世界の皆は、心の威力という意味を込めてこれを『心威』と呼ぶ。だがオレ達はこれを、自分を見つめ受け入れる事───『観己』と呼んでいる」
「観己……」
不思議な響き。
だけど、何故かしっくりと耳に馴染む音だ。
そう感想を抱いていると、薙刀を軽く回しながら、リオンがついでとばかりに口を開いた。
「因みにこの言葉、『木の幹』ってのも掛けられてるんだ」
「木の?」
「そっ!自分を見失うなって意味でな。……それに、木の中心なんて人の手だけじゃ簡単に触れられないだろ?」
自分の奥底とは、他人に触れさせてはならないモノでもある。じゃないと、触れさせた者に自分の全てを掌握されてしまう事もあるらしい……。
リオンの話を聞きながら、オズはぼんやりと空を見上げた。
「何で、呼び方が違うのかな?」
不意に、そんな疑問を誰に向かってでもなく投げ掛けた。特に求めていない答えは、すぐ横から返ってくる。
「……体の構造が違うから───」
その声は、何処か悲しそうで。
オズはそれ以上何も言う事はできなかった。
そして何故、リオンが言葉の中で「この世界の人達」と「自分達」を分けたのか……オズには、いつか分かる日が来るような気がした。
やっぱり空は、憎らしいぐらい雲一つない。




