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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第4章『ヴァニパル戦線』
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(34)『普通の女の子……?』

 1週間後、公式に戦争の終結が公表され、俺たちはフラムまで――クリスティアース本家の屋敷まで戻ってきていた。


「ん?」


 門戸をくぐると、上半身下着のみでレザーパンツの赤髪の女性と庭先で遭遇した。その女性は俺もよく知る人物であり、御存知リィラ=テイルスティングさんだった。


「…………ッ!?」

「戻ったか、アルヴァレイ」

「何してるんですか、その格好!」


 歩み寄りながらツッコミを入れると、リィラは一瞬きょとんとした表情になると「あぁ」と自身の胸元に視線を落として納得したように呟いた。


「さっきまで薪割りで暑かったからな」

「恥じらいは何処に捨ててきたんですか、リィラさん……」


 この人は、いつも揺るがない。


「そもそもこの家にいる男なんてお前ぐらいだろう。多少酔っていたとはいえ、裸の付き合いをしたこともあるお前に今さら恥じらいなんて――」

「誤解を招きそうな発言は控えろ」


 多分、珍しく酔っていたリィラに人並み外れた力で風呂場に引きずり込まれたあの時のことを言っているだけだ。

 幸い誰にも聞こえていないようだが、ヘカテーとルシフェルは聞かずとも聴こえているだろう。あの2人に関しては、俺の心中の釈明も聴いているだろうし。


「あれ? 男は俺1人って……。じゃあ、鬼塚はいないんですか?」

「鬼塚なら裏の林で雑草狩りをしているはずだが……アイツは筋肉だから問題ない」


 既に性別不明の別種族謎生物扱いだけど本当にこれでいいのか、鬼塚。

 いいんだろうな……。


「呼んだかっ」

「「呼んでねぇッ!」」


 突然現れた鬼塚が俺とリィラの息ぴったりの蹴り上げで屋根を越え、放物軌道を描いて裏庭の方に墜落していった。

 ちなみにリィラは威力担当、俺は方向調整を担当――――それを目配せの合図だけで伝え合うという地味に凄いことをやっているのだが、これは3人で旅をしていた間に(つちか)われた、あくまでも対鬼塚限定の排除連携術である。対鬼塚以外の時にはこれほど息が合う訳じゃないから、率直に言って要らない技術だった。


「ともあれよく帰ってきたな、アルヴァレイ。怪我はないんだろうな?」

「えぇ、まぁ……」


 リィラが門の辺りでこっちの様子を見ている他の面々に視線を遣り、同時に俺は逆方向に目を逸らす。


「ところで、アルヴァレイ――」

「な、何でしょう……」


 ジトッとした目がこっちを睨んでいる……気がしてさらに目を逸らす。


「頭数が増えているような気がするんだが、私の気のせいだったか?」

「そうですね、気のせいじゃないので気にしないで下さい」

「4人なんて無視しようにも不可能な人数だとは思わないか?」


 リィラはガシッと俺の肩を掴むと、ぎりぎりと馬鹿みたいな握力で締めてくる。


「これはこれは、貴女(あなた)がリィラ=テイルスティングですか」


 肩の骨が砕ける直前、1人分の足音がゆっくりと歩み寄ってきた。


(この声……!?)


 咄嗟(とっさ)に振り返る。


「どうも初めまして。ボクはアプリコット=リュシケー。この度天国から落とされた狂気と混乱を司る天使です」


 青みがかった白銀の金属光沢を放つ翼を大きく開いたアプリコットが、両手を広げて満面の笑みで立っていた。

 馬鹿がいた。


「おい、アルヴァレイ。説明を――」


 再び足音がひとつ近づいてくる。


私様(わたしさま)は地獄の拷問機械から生まれた魔改造型断罪兵器、チェリー=ブライトバーク=鈴音(りんね)。お見知りおきやがれなのです~。今なら鈴音(りんね)様と呼ぶことを許可してやるからそう呼ぶとよいのです~」


 そう言ってアプリコットの背後から現れたのは先端に巨大な(はさみ)が取り付けられた蜘蛛足のような関節の付いた8本の棒を背中から生やしたチェリーだった。


「おい、アルヴァレイ――」


 天国とか地獄とかデタラメな自己紹介いい加減にしろ、馬鹿共(オマエら)


「――最悪増えてる連中は心底以上にどうでもいい。だが、アレだけは説明できるんだろうな、アルヴァレイ」


 門柱に背中を預けて不機嫌そうにしている小柄な人影を指差したリィラは、腰の剣に手をかける。

 少しは自重してください。


「なぜ悪霊が2人に分かれている。説明できなければ鬼塚の首が飛ぶぞ」


 できなくても、俺無事だけど。

 しかしさすがの鬼塚でもリィラに首を落とされたら死んでしまうだろうなと仕方なく説明を始める。元から説明をしなければならないと思っていた、という理由が最も大きいのは無論だが。


「まずはガダリアさんから紹介した方が良さそうですね」


 俺は手招きして、門のところで何やら顔を真っ赤にしているヘカテーと話していたガダリアを呼ぶ。

 そして近くに来ると、ガダリアは心得たとばかりに俺に頷いて見せ、リィラに一度拭った手を差し出した。


「私はガダリア=ロード=ブラズ。肩書きや身分のない如何にも素性の怪しい流れ者だけど、よろしくお願いするわ」

「リィラ=テイルスティングだ」


 リィラはその手を取ると、わずかに顔色を変えた。が、ガダリアに悟られないようにするためかすぐに不敵な笑みに戻る。


「ガダリア、と言ったか。“神の歌”とは随分と大きく出た名前だな」

(いささ)か名前負けのようで恥ずかしいわね」

「いや、そうではないだろう。一度触れれば何となくわかるが、相当の手練(てだ)れのはずだ」

「あら、そう言ってもらえると嬉しいわ。それがわかるということは貴女(あなた)も大分理解が深いのではないかしら、リィラさん」


 2人とも今すぐ手合わせしようとか言わないで下さいね、ホントに。家、壊れそうだから。


「とりあえずリィラさん。このガダリアさんがヘカテーとルシフェルを分離した張本人です」

「元々ひとつだった人格を分離することなどできるのか?」


 リィラは眉を(ひそ)めてガダリアに訊き返す。


「その質問は正しくはないわね。できているのだからそこに疑いようはないでしょう。貴女(あなた)たちが訊くべきは“そんなことをして()()()()()()?”ではないかしら? 彼女が危険な存在であることを認識している近しい人間なら尚更(なおさら)、ね。もちろん私には、あの子がそれほど危険な存在には見えないのだけれど」


 ガダリアはちらっとルシフェルの方を一瞥すると、その殺意やら悪意やら憎しみやら恨みやらあらゆる負の感情を集約したような凶悪な目付きで睨まれて肩を(すく)める。


「意外と可愛いところあると思わない?」

「すいません、ガダリアさん。今――たった今何を見たんですか?」


 少なくとも今のルシフェルに可愛いところはまったくなかったはずだが。


『可愛くなくて悪かったな、アルヴァレイ=クリスティアース。(けな)してくれたお礼に色々な部位を蹴散らしてやろうか?』


 何度も言うが、ルシフェルとヘカテーには読心能力がある。

 頭の中に聞こえてきた声の持ち主の方に振り返ると、自身の爪を肥大化させたような鋭い鉤爪を指先に装着し、カリカリと門戸を削っているルシフェルの姿が目に映る。

 不機嫌さが若干増した気がする。


「私も今まで色々な人を見てきたけれど、彼女はそれほど危険な存在ではないと思うわ。もちろん浅い関係なりの浅はかな考えだけれど」

「ガダリアさんはアイツのしてきたことを知らないからですよ……」

「まぁまぁ、彼女をあまり色眼鏡で見るのはよくないわよ。彼女の本質は、きっと、もっと()()()()()()にある」


 何だろう、ガダリアさんの言葉……。何処となく、そう言っていながら本質から逸らされている気が――はぐらかされている気がする。

 よくわからない、言葉で。


「アルヴァレイくんなら気付いているとも思っていたのだけど」


 そう言ってガダリアさんは俺に向かってウィンクしてくると勝手に話を打ち切り、俺とすれ違うように隣をすり抜けて屋敷の中に入っていってしまった。

 その前に一言だけ、()り気なく耳元で囁いて。


「アルヴァレイ、今何を言われたんだ?」


 その様子を見ていたのか、リィラさんが訊ねてくるのを適当に誤魔化し、ガダリアさんの言葉をもう一度頭の中で反復した。


――彼女は摂理で、同時に普通の女の子でもあるのよ――


 どういう意味なんだ……。

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