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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第4章『ヴァニパル戦線』
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(33)『終戦の知らせ』

 前半が三人称、後半がアルヴァレイの一人称の謎仕様です。

()せんな……」


 玉座に鎮座するマルス王国現国王リオダラ=エグリマティアス――――その玉座の裏に配置されたもうひとつの玉座で狂悦死獄(マリスクルーエル)は呟いた。


「何事かございましたか、陛下」


 リオダラが恭しい口調でそう言う。

 しかし無表情なままで何処か不機嫌そうな空気を周囲に散らしている狂悦死獄(マリスクルーエル)は、右手の人差し指と中指でこめかみを押さえるようにしながら目隠しの布をわずかにズラし、王の間全体を射抜くような視線で見通す。

 それを敏感に察知したリオダラは、わずかに身体を強張らせる。


「……如何(いかが)なされましたか」

「図に乗るな、傀儡(かいらい)――」


 狂悦死獄(マリスクルーエル)の斬り捨てるような鋭い語気の込められた言葉に、リオダラの表情に陰が差す。


「――貴様の仕事は残りのブラズヘルの領地を侵食し、支配し、完膚なきまでに蹂躙すること。我は貴様に其のみを命ずる」

「……御意に」


 リオダラは立ち上がって振り返り、玉座に――その裏に潜む狂悦死獄(マリスクルーエル)に恭しく一礼すると、数段の段差を降りて大扉から部屋を出ていった。

 リオダラが部屋を後にすると、狂悦死獄(マリスクルーエル)は一拍と置かずに、


「姿を現せ」


 部屋の中の――何処かしらに向かってそう言い放った。


 くすくすくす……。

 何処からか部屋の中の空気全てに共鳴するように、艶やかな含み笑いが響いた。


「ヘカテーちゃんといいアンタといい、なんや最近は外れたウチを見つけられる子ォが多くて(かな)わんわぁ」


 独特な抑揚を付けた喋り方。

 その声の主は、玉座の前にぼんやりとまるで蜃気楼のように、しかし劇的な変化のように姿を現した――――和装の着物を着崩し妖艶な雰囲気を醸している女性だった。狂悦死獄(マリスクルーエル)と同じようなその顔の上半分を横切って覆う目隠し布が、その妖しさを一層引き立て、際立たせている。


薬師寺丸(やくしじまる)薬袋(みない)……。貴様が此処(ここ)に来るなど、次は何を企んでいる」


 くすくすくす、と再び隠す気のない含み笑いを漏らした薬袋は、


「そんな怖い顔せんといてや。ウチには企み事なんて何もあらしません。くすくす……」


 小馬鹿にするような言い方で、嘲るようにそう言った。

 そのふざけた態度に、狂悦死獄(マリスクルーエル)のこめかみが一瞬だけピクリと引き攣る。しかし薬袋は、その反応も見越していたようにリオダラの玉座にゆっくりと歩み寄り、


「それはそれとしてちょっとした報告どす」


 狂悦死獄(マリスクルーエル)より先手をとって、本題を切り出した。


「報告、だと……? なるほど、我が使い魔がブラズヘルの作戦本部へ向かった貴様のことを報告してきたが、貴様が(あるじ)と仰いでいた愚帝の(むくろ)でも見物に行ったか」

「残念、その逆どす。ウチはブラズヘルの皇族を1人残らず――もとい、1人残して()()()にしてきたところやさかい。あんたはんもはばかりさん」

「何……?」

「ヴァニパルを手伝うてくれてほんにおおきに。おかげで助かったわ。そやけど、殺生な振る舞いも大概にせなあかんえ?」

「貴様のいる帝国は、ヴァニパルを手中に収めるために開戦したはず」

「せやから、ウチはこう言うとるんよ」


 くすりと笑い、リオダラの玉座にすっとたおやかに伸ばした手で触れた薬袋は、狂悦死獄(マリスクルーエル)に一歩――――近付く。


()()()()()()()()()()()()()()()()()


 薬袋は嘲笑を漏らしながら、さらに一歩近付く。

 遥か昔のこととは言え、“狂王”と呼ばれ全世界中から恐怖の根源とさえ形容された凶悪な王に対し、特別警戒する様子を見せることもなく――――無防備に近付く。


「あんたはん、最初に()うた時からウチのことが嫌いやったろう。なぁんもかも全部否定するさかい、あないな態度でウチを欺けると思ったらあきまへんえ?」


 薬袋(みない)は香水の匂いを漂わせながら玉座にしなだれかかり、玉座裏の玉座に――そこに座る狂悦死獄(マリスクルーエル)の耳元におもむろに顔を近づける。


「ほな、こっからは警告や。ウチはあんたはんの“(ひつ)”を見つけた――」


 ぴくり、と狂悦死獄(マリスクルーエル)の前髪が揺れた。同時にそのこめかみを一筋の汗が伝い、全身の筋肉が無意識の内に強張るのを、薬袋は見逃さない。

 一瞬の不意を突いて、その首筋に(つば)のない短刀――合口(あいくち)が突きつけられた。かつて狂悦死獄(マリスクルーエル)が感じたことのない、膨大な殺気と共に。


「何をしても無駄どすえ? あんたはんにはウチをどうにかはできへんし、“(ひつ)”を押さえている以上ヴァニパルに手出しもさせへん。覚悟しとき」


 狂悦死獄(マリスクルーエル)は黙ったまま、フッと薄い笑みを浮かべる。


「滑稽。我は誰の指図も受けぬ。消えろ、薬師寺丸(やくしじまる)薬袋(みない)

「これはなんとも嫌われたものやねぇ。ほな、くすくすくす……()()()()()()


 薬袋は合口を持つ手を引っ込めながら皮肉めいた言葉を残すと、ろうそくの火を吹き消すようにフッと姿を消してしまう。文字通り、この()()から。


「……食えない女だ」


 狂悦死獄(マリスクルーエル)は唇を引き結んでそう言うと、目隠しの下でゆっくりと眼を閉じた。




 ガダリアとの邂逅から2日後――――。

 俺とヘカテー、ルーナ、アリア。そして分離させられたルシフェル。前線(ローア)で出会った怪しい(正確には怪し過ぎる)2人組、アプリコットとチェリー。そして元々強制的で不本意な兵役だったようで、ブラズヘルを完全に見限って一緒に付いてきたガダリアの計7人で、広大なレインの森を抜けてローア城砦まで戻ってきていた。

 しかし何故戻ってきていたかと言われると、正直よくわからない話だった。

 とある一夜を境に、何故か帝国(ブラズヘル)側からの攻撃がぱたりと止み、状況も把握できない間に一時撤退命令がローアを中心に出されたのだ。

 それを少し遅れて受け、間もなくのローア到着直後――――状況を確認するため他の連中の話を聞こうとしていた俺たち(とはいえ面倒がったチェリーとルシフェル、本来の仕事に戻ったアリア、その付き添い兼護衛のルーナとガダリアは現状別行動だから、俺とヘカテーとアプリコットのみなのだが)の元に1人の軍人が近付いてきた。


「君たちがここを発った後にここの指揮権を(ゆだ)ねられたオルカ=トリエンテだ」


 ヴァニパルの軍服に竜の頭を(かたど)った紋章、大隊長級の証。まだ30代半ばのようだが前線の砦を任されるということはかなりの武勲(ぶくん)を挙げている実力者のはずだ。

 階級を言わないのは、俺たちが本来は正式な軍人ではないからだろう。今まで別行動で好き勝手に(主にヘカテー、アプリコット、チェリー辺りが)戦っておいてなんだが、一応俺の扱いはアリアと同じ衛生兵だからな。そっちにしたって役立たずもいいとこだけど。

 ところで前任者の大隊長さんはどうしたのかを聞くのはもしかしてまずいだろうか。


「戦争が……終わった?」

「あぁ、ブラズヘルからの降伏の文書がつい先ほど届けられたらしい」

「降伏!? ()()ブラズヘルがですか!?」


 思わず声を上げる。

 ブラズヘルは典型的な軍事国家。

 よほどのことでもない限り、あの戦況から即座に降伏宣言なんて選択はしないはずだ。


「――っつってもボクたちそれほどのことは何もしてませんよ?」


 アプリコットが丁寧なのかそうでないのかよくわからない口調でトリエンテ隊長(暫定的にそう呼称しよう)に問いかけると、隊長はアプリコットの方に向き直って、


「話は聞いている。先日、この砦を襲った竜族の大群を駆逐したのは君たちらしいな」

「やだな、ボクにそんなこと出来るわけないじゃないですか。よく見てくださいよ、こんなか弱い乙女にあんな怖い怪物が片付けられると思いますか?」


 アプリコットが白々しい笑顔で淀みない嘘を並べ立てると、隊長はあからさまに誤魔化しているような様子のアプリコットに何ともいえない視線を送る。


「竜族を片付けたのはあの時竜族の返り血を浴びまくってシュールな濡れ濡れ透け透け状態だったヘカテーさんと上空で残党狩りしてたポンコツもといチェリーさんと、返り血すら浴びない高速移動術式で人知れず大量の相手を屠殺(とさつ)したこの人です」


 アプリコットはヘカテーに対してまったく悪びれもせずそんなことを言うと、ポンと俺の肩に手を――――へ……?


「そうか。まぁ、言及はすまい。しかし、ブラズヘルにとっては例の竜部隊の壊滅的打撃は十分に大したことではあると思うが」


 アプリコットのせいですさまじい勘違いが発生している気がする。


「かといってそれが降伏に繋がるとは考えにくいでしょう?」

「無論だ。しかし詳しい状況は未だ不明で、調査中ということになっている。ほとんどの情報はまだ私の元にも降りてきていないのだが、それでもブラズヘルに何かがあった、ということは確認が取れている」

「何か、ってどういうことですか?」


 今まで口を(つぐ)んでいたヘカテーが、隊長に訊ねる。


「功績者の君たちの質問には答えてあげたいところだが、これは私の口から言うには少し難しすぎる問題でね。済まないが差し控えさせてもらう」


 ヘカテーが突然眼を見開いた。


「どうかしたか?」

「いいえ、何でもありません。ありがとうございました」


 咄嗟(とっさ)にその意図を察した俺は、ヘカテーに代わってそう言うと隊長が離れていったのを確認してからヘカテーに向き直る。


「どうだった」

「あぁ、そう言えばヘカテー=ユ・レヴァンスは読心が使えましたね」


 ぽんと手を打つアプリコット。

 その手を一瞥したヘカテーは少し周囲を見回すと、


「……ブラズヘルの最前線の兵士と軍の上層幹部、そしてブラズヘルの皇族の()()が、行方(ゆくえ)不明になった……みたいです」

「ぜっ――」


 慌てて口を押さえ、「全員がっ……?」と声を潜めて聞き返すと、ヘカテーは無言でこくりと頷いた。


「ほうほう、それはまた何かと面白おかしいことになってるじゃないですか」


 何がツボに入っているのか、不謹慎にも突然愉快そうに笑い始めたアプリコットは、笑いを堪えようとする様子で右手の人差し指を立てて、言った。


「つまり、“何処か”からの武力的な介入があったってことでしょうね」

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