(7)『第三世界の異質な日常』(改稿済み)
第三世界の場面です。
この面子だと必ずこうなります。
第三世界――。
特別遺失物取扱課行空支部、宵闇室長執務室――。
「なぜお前らがここにいる?」
如何にも高級そうな光沢を放つデスクに肘を突く部屋の主の口元でバキッと乾いた音がする。
部屋の主、宵闇黒乃は肩をいからせながらゆっくりと立ち上がり、おもむろに愛刀『闇桜』を鞘から引き抜いた。
しかし、明らかに怒りを示すその諸動作に、デスクの前で立たされていた茶髪の少女がデスクにバンと手を突いて身を乗り出し、嬉しそうに声をあげた。
「キレた時に口に咥えたペンへし折るやつ初めて見ましたよ。それってマジでできるんですね、っつーか黒乃のこと初めて尊敬しました!」
グシャ。
途端に振り下ろされた太刀の鞘がその少女、アプリコット=リュシケーの身体を縦に真っ二つにした引き裂いた挙句、高級デスクの天板を叩き割り、1本の割れ目を走らせて停止した。
「こらこら~。上司たるもの~部下のちょっとやそっとの失敗ぐらい、笑って許せるぐらいになると1人前ですよ~」
「部下のお前が言えることか! 私はいつでも冷静だっ!」
振り下ろされた大太刀の刃が、隣で他人事のようにやれやれと頭を振る異形の幼女、チェリー=ブライトバーク=鈴音の右腕を肩口から斬り落とす。
ガァン!
同時にチェリーの左手の対戦車ライフルの銃口が黒乃の右胸に押し当てられ、飛び出した金属弾が黒乃の左胸を抉り、その心臓を貫いて背中側から抜ける。
瞬く間に黒乃のオフィスの窓は霧散するように噴き出す赤い血で染まり、中の様子が見えなくなる。
オフィスの外では、何事もなかったかのように黒乃の部下たちが苦笑混じりにその窓を眺めていた。赤く染まるその窓が、まるで日常茶飯事とでも言うように誰も気にしていない異常な光景。
「それが上司に対する態度か――!」
心臓を穿たれたはずの黒乃の怒声が執務室内に響き渡る。
「また始まった」
「誰が掃除すると思ってんでしょうね。誰か止めてこいよ」
「はっはっは、少なくとも俺たちじゃムリだな」
「いや、あの3人を止められる人なんているんですか?」
少しばかり目を背けて先輩にそう聞き返すのは新人だろう。どことなく気分が悪そうだ。
「それがいるんだよ、ここはそういうところだからな」
「子供しかいないようにしか見えんがな」
「ちんちくりんでも人外は人外だよ。まぁ人間でも勝てるヤツは――人は何だかんだ勝てるけどな」
「そんな人いるんですか!?」
「あぁ、あの人な」
「あの人?」
「久納さんだよ」
「久納さん?」
新人署員がパラパラとめくる部署名簿のファイルにそんな名前は存在しなかった。
「誰です、それ?」
「日頃お世話になっといて、名前も知らないのか、お前」
先輩が苦笑いしたその瞬間、オフィスの扉が外側から開かれ、業務用のものから怪しげなものまでが散らばった床を見てため息を漏らした人影が、執務室の窓を見てさらに大きなため息をつく。そして、優先事項が決定したのか、ワゴンを引いたまま執務室の中に入っていく。
その胸につけられたスタッフのネームプレートには『久納』と書かれている。
「掃除のオバチャンだよ」
入った途端、黒乃のオフィスが沈黙した。
あちこちから笑いがこぼれ、その内それすらも無くなり、そこにいた全員が黙々と仕事に戻っていた。
「アンタたちも本当に飽きないねえ。そんなに殺し合いが好きなら死んでからやりな。私の仕事を増やさないどくれ」
「く……久納さん」
頭に結んだピンク色の三角斤がチャームポイントの小太りのオバちゃん、久納さんが出現した瞬間、黒乃とチェリーが互いの身体に太刀とアサルトライフルM16A1の銃口を突きつけたまま硬直し、アプリコットは何も言葉を発すること無く久納さんの横で正座して、両手を斜め前の床について頭を鮮血の飛び散るカーペットに擦り付けていた。
いわゆる土下座である。
「またまた……アプリコットちゃんは悪くないんだろう? こんなバカ上司達のために本人より先に頭を下げるなんて可愛いじゃないか。頭を上げな、アプリコットちゃん。アンタはいいから外の皆にお茶でも淹れてやりな」
「はい!」
久納さんの手前、アプリコットの暴言が発端だとは言い出せないチェリーと黒乃は、部屋を出ていくアプリコットを憎々しげに睨んだ。
しかし、その間には久納さんの顔があり、目があった瞬間に各々武器を取り落とす。
それらは床で乾いた音をたて、瞬く間に久納さんのちりとりに拾われて、掃除用のハンドワゴンに据えられたゴミ箱に入れられた。
「あ……そ、それは……」
思わずカートに手を伸ばした黒乃の手首が、久納さんのほうきとモップの柄に挟まれてゴキリと嫌な音をたてた。黒乃が小さく悲鳴をあげて腕を引くと、久納さんは何事もなかったかのように黒乃に雑巾をピシャリと投げつけて、
「掃除が先さ、手伝いな。大事なモノなら後で返してやるよ」
そう言って久納さんはゴミ箱の中から“呪われた妖刀”闇桜を拾い上げ、ワゴンの上にそっと置く。
「こっちはいいのかい?」
そう言って、掲げたのはチェリーの持っていたアサルトライフルM16A1だ。
「いらないです~。私の中にはまだそれと同じものが3056丁と弾も58369000発分格納されてますから~」
「そうかい。全く怖い世の中だねぇ。いつからこの国はこんなものを簡単に持ち込めるようになったんだい……まったく」
ぶつぶつと呟きながら水の入ったバケツに手を突っ込み、雑巾を絞り出す。
「早くしな、乾いちまうよ!」
呆然としていた黒乃がはっと目を覚まし、すぐさま窓に張り付いて誰のモノか区別できないような状態のおびただしい血を拭い始めた。
続いて久納さんはそこに突っ立ったままのチェリーを見る。
「モップかけな」
チェリーに手渡されるモップ。
しばらくの間、その毛のついた長い棒を不思議そうに眺めていたチェリーは、何を納得したのか、モップの毛の部分をいじり始めた。
その様子を見ていた久納さんがため息をついて、
「アンタはどうしてそう世間知らずなんだろうねぇ……」
と呟いた。
チェリーはその言葉に再び首を傾げて、モップの毛を1本ずつ結び始めた。
「お前ら……掃除が終わったらすぐに任務に戻れ」
黒乃の呟きは呪詛の言葉のように低く響き、その呟きを耳にした久納さんの怒鳴り声にかき消された。
その頃、アプリコットは久納さんの言った通り、特別遺失物取扱課の皆ににこやかな笑顔でお茶汲みをしていたという。




