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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第4章『ヴァニパル戦線』
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(5)『闇の咆哮』(改稿済み)

 憔悴(しょうすい)

 ヴェスティアの部屋で説教を受けつつシャルルの情報について聞き出そうと画策すること3時間。

 その戦果はシャルルは今何処にいるかわからない、ということだけだった。確かに以前、ちょうど7~8ヶ月ほど前に1週間ほど旅客として世話になっていたらしいが、それ以降は音沙汰もないらしい。

 夕日は沈み、いまだわずかに残る夕焼けの赤色が闇に塗りつぶされてゆく。

 俺は屋根の上に寝転がって町の様子をぼんやりと眺めながら黄昏ていた。


「はぁ……」


 漏れるため息。

 よく考えれば、マルタを出てから落ち着ける夜はこれが初めてだ。

 ヘカテーにからかわれ、またもアルハングに追い回され――連中は獣の頭骨さえあれば周囲の魔力を吸って生まれるので世界中にいる――、ブラズヘルの駐屯地に出くわして夜通し歩き、国境を越えるために無茶したり。この数日間はいろいろなことがあった。


「アルヴァレイ」


 下から声がした。

 上半身だけ起こして下を覗くと、そこには買い物の紙袋を抱えたリィラがいた。

 一瞬誰かわからなかったのは、いつもの鎧姿ではなく、簡素なシャツにレザーパンツという珍しい姿だったからだろう。

 いつもは後ろで束ねている髪を下ろしていたのも相俟(あいま)って別人のように見えた。


「すぐ行くから、待っていろ」


 そう言って、リィラは屋根の下へと消える。

 祖母が何事か言っているのが聞こえたが何を言っているかまでは聞き取れなかった。

 屋根に上るな、でなければいいが。俺は再び寝ころがった。


「お帰り、アルヴァレイ」

「うわっ!」


 心臓に悪い。

 隣にリィラが座っていた。それらしき音が全く聞こえなかった。

 気づいたらリィラがそこにいたのだ。


「人の顔を見るなりなんだその反応は、失礼な。次言ったらここから突き落とすぞ」


 リィラの足が素早く動き、瞬く間に落下まで残り指3本に追い込まれる。

 久々に宣言しておくが、基本的にこの人は自分の言葉を守ろうとしない。


「そこで何をやってる? 懸垂(けんすい)か?」


 指3本で懸垂をできるほどには鍛えてない。

 というかできる奴いるのかと頭の中に筋肉がよぎった瞬間視界に入ったのは、指1本で倒立している鬼塚の姿だった。

 突然だが、ため息には全身の筋肉の緊張をほぐす効果があるのを知っているだろうか。

 緊張がほぐれるということはすなわち脱力を意味し――


「いっ……()…………」


 受け身もとれず、下に落ち、腰を強く打ち付けた。

 直後、屋根の上から聞こえてくるリィラの笑い声。人の不幸(というか完全にリィラさんのせいなのだが)をそこまで笑わなくてもいいと思う。友達少ないだろうな。


「はぁ」

「アルヴァレイ。何してる。早く上ってこい」


 自分で落としておいて罪悪感はないんだろうか、ないんだろうな。

 俺は壁際に積まれた箱に足をかけ、壁の窪みを蹴って上に上がる。その瞬間、さっき打った腰に激痛が走ったが何とか2度目の落下は食い止めた。次落ちたら間違いなく腰が砕ける。


「もう少し筋肉をつけろ」


 さも優しげに言うリィラだが、これでもテオドールにいる時よりはマシになったはずだ。一度、突き落としてやろうか。


「遅れましたが……ただいま」


 何となく照れくさいが、少し驚いたような顔をして、リィラは微笑んだ。


「ああ。お帰り」


 リィラは静かに町を見下ろした。俺も雰囲気に逆らうことなく、寝ころがって町を眺める。

 夕方だというのにいまだ賑やかな広場。商人たちが店じまいを始めた市場。中央に立つ時計台。数年前に出た時と、全く同じ変わらない光景だった。まるで時間が経っていないような錯覚さえする。


「いいところだな、ここは」


 リィラは落ち着いた声でつぶやいた。


「こういう景色は心が休まる。いつも戦場で感じていたようなはりつめた緊張感を少しずつだが解きほぐせる」

「リィラさん、熱でもありますか?」

「どういう意味だ?」

「珍しく高度な話題を饒舌(じょうぜつ)に話してたものですいませんでした」


 相変わらず、仲間に剣を向けることを躊躇(ためら)わない人だ。というか、さっきまで剣なんか持ってなかっただろう。

 何処からかその手に現れた剣を向けられ、緊張を強いられる俺を見てリィラは笑う。


「ふん、相変わらず失礼な奴だ。まあいい。アルヴァレイ、お前はどう思う?」


 唐突な上に何についての質問なのかがわからない以上、答えようにも答えられない。


「何がですか?」

「その、何だ……こう簡単に言ってしまえば私の復讐のことだ」


 話がかなり唐突だ。


黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女シャルロット=D=グラーフアイゼンのことだ。私の仇であり、お前の友だ。私はあの魔女を殺したいと思っている。そうすれば、仇をとれるからな」

「……はい」

「ただ私は……迷っている。いや、迷うと言うよりは悩んでいる。父のことを、仲間のことを思えば立ち止まることなどあり得ないはずだが。私に(かたき)をとる資格があるのか、とな。アルヴァレイ、お前はあの晩見ていたはずだ。私があの時何をしたのかを」

「……あの夜」

「そうだ、私は逃げた」


――逃げたんだよ――


 リィラの声は不思議なほどに透き通って聞こえた。


「思い上がるつもりはないが、あの時私が逃げなかったら。父や仲間と共に戦っていれば。皆は死ななくても済んだかもしれない。皆でなら切り抜けられたかもしれない。命だけは助かったかもしれない。父や仲間の死はあの時逃げた私への罰なのかもしれない。なれば仇を討つなど筋違いだとは思わないか?」


 大切な人を失っても、冷静な考え方ができてしまうというのはどんな気分なんだろう。

 リィラの考え方は今まで会った誰よりも高尚で、冷静で、自分に対して辛辣だ。


「騎士らしからぬ振る舞いで、仲間を見捨て、無様に私だけ生き残ろうとした。そんな私を父は、仲間はどんな目で見たのだろう。死ぬ直前に、皆は私をどう思っただろう。私は裏切り者だ。皆の期待と信用を裏切った。私は皆が死んで今さら仲間面して、復讐なんて考えて。私はどうすればいい」


 リィラの瞳がまっすぐに俺の目を見つめてくる。


「リィラさん……」

「ふ、ふふふ、ははははは。すまんな。お前に聞いても仕方がない。私の仇はお前の友だ。お前は殺さないでくれ、というだろうな。いや、復讐なんてやめろ、か……」


 くく、とリィラは笑いをこらえるように唇を噛んだ。

 それは直後から嗚咽へと変わっていった。何がきっかけかはわからないが、唐突に思い出してしまったのだろう。いや、深く考えてしまったのだろう。

 俺は静かに腰を上げると、屋根から飛び降りた。

 着地したと思った瞬間、腰がゴキリと派手な音をたてて激痛が走るが、気にしない。


「父上、グレイ、皆……すまない、すまない……」


 リィラの呟きが屋根の上から聞こえてくる。

 這うように屋根の下に入る。祖母に、地べたを這いずり回って何やってんだい、と地味にひどいことを言われたがそんなどうでもいいことより、リィラの方が気になった。

 どうやら家の中までは聞こえていないようだ。今はとりあえずそっとしておくのがよさそうだった。

 ちなみに腰の痛みは気にしないようにしても気にならざるを得なかった。



 同時刻。黒き森(シュヴァルツヴァルト)の小高い丘に小柄な人影があった。


「そんなに長い間離れてた訳じゃないのに、何だか懐かしいな……」


 あの日が嘘だったかのように、静かな森。

 だけどやっぱり、そこには長年過ごした小屋の残骸すら残っていなかった。

 ずっと大好きだった森。ルーナがいて、皆がいて、あの人も来てくれた。

 でも、もう前のようにはいられない。

 私はここで色々な大切なものを失ってしまった。家族を、家を、そして何より。あの人を。


「アルヴァレイさん……」


 口に出すと胸が苦しくなる。無性に会いたくなってしまう。

 まだテオドールにいるのかな。忘れてくださいと言ったものの、忘れられていたらつらい。

 でも、仕方ない。私は魔女で、化け物だから。


「私はあの時を、あの時間を取り戻す、ううん、やり直すためにこれを借りて……きたんだから」


 手に持つ杖はずっしりと重みがある。

 奪ったとは言えなかった。借りたということで罪の意識から逃れようとしているだけだけれど、私はあの大切な時間を取り戻すためなら何だってしたい。


「もうすぐ日が暮れるなぁ……」


 また、あの子が出てきてしまう。

 あの子は、何かを破壊することしか、誰かを殺害することしかできない悲しい存在。あの子も、シャルル自身も、そんなことは望んでいない。望むはずがないのに。

 大切なものを守れるのが“望まれる力”なら、大切なものを自ら壊す力など“望まれない力”、この世界に行き場はない。


「待っててね、ノウェア。私が、助けてあげるから」


 シャルルはひとり呟いて、杖を握る手にぎゅっと力を込めた。次の瞬間、シャルルが闇に包まれた。


「セカイナンテドウデモイイ。コノセカイナンカイラナイ! ゼンブコワシテ、ゼンブコロシテ! マモルモノナンテイラナイ。ホカノモノナンテイラナイ! ゼンブコワシテシマエバ、コンナ!」


 コンナニクルシマナクテモスムノニ――。

 ノウェアは獣のように咆哮した。

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