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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第4章『ヴァニパル戦線』
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(4)『妹の心』(改稿済み)

 クリスティアース本家客室――――。


「お帰りなさい、お兄ちゃん」


 違和感を感じさせない程度の笑顔でそう言ったものの私、ヴィルアリア=クリスティアースは戸惑っていた。声色が少し硬くなったのはそのせいだ。

 お兄ちゃんが家に帰ってきた時、私は祖母以外の誰よりも早く玄関に到着した。数年ぶりにお兄ちゃんが帰ってきた、と喜んだのもつかの間、お兄ちゃんの様子を見て私は呆然とした。


(誰なんだろ、このヒト……)


 白くて綺麗な銀髪、線が細く整った顔だち、透き通るようなキメ細やかな肌、優しげな表情で緩やかに微笑むその少女は同性の私ですら見とれてしまうほどの繊細な美しさを持っていた。


「お隣はどなた?」


 気になったことを素直に口に出してみる。その言葉に何事か言おうと口を開いたお兄ちゃんが突然固まった。口元をひきつらせたまま、隣に並んで座る人の顔を何かを含んだような表情で見つめる。

 その瞬間、隣に座っていた人がにこりと微笑んだ。


「こんな可愛いらしい()義妹(いもうと)になるなんてとても光栄です♪」


 理解に時間がかかった。


「理解に時間がかかるようなこと言うな! っていうか親類全員に言うつもりじゃないだろうな!」

「お幸せにね」


 口をついて出たのはそんな言葉。

 声は震えていない。お兄ちゃんにはちょっと冷たく聞こえたかもしれない。でも、何で突然そんな大事なことを隠していたんだろう。私には教えてくれてもよかったのに。

 ここ1年ぐらいお兄ちゃんから手紙が送られてきたことはなかった。

 お兄ちゃんの、『お幸せにね!?』の声を背中で聞き流して私は部屋を出た。

 自分勝手で悪いとは思っているが私は怒っていた。廊下をブツブツと呟きながら歩き回る私は端から見ればかなり危ない人だっただろう、と後から思い出して少しばかり反省を余儀なくされるのだが、そんなことは歯牙にもかけないくらい怒っていたのだ。


「わかんない……」


 お兄ちゃんがわかんない。

 変わった様子はなかった。隣にいたあの人も幸せそうな顔をしてた。

 だからたぶん今でも人を知らない間に幸せな気分にすることも変わっていないんだろう。


「お兄ちゃん……天然だからなぁ」


 本人が気づいていない事実でも、妹である私にはわかっている。むしろ気づいていないことがあらゆる場面で厄介なのだけれど。


「……」


 どんどんと派手な足音を響かせて、自室に逃げ込む。本当はその音で見に来てくれることを望んでいたかもしれない。でもその期待に反して、私の部屋の戸が開くことはなかった。






「何だい? せっかくの広い部屋に並んで座って……結婚の報告かい?」


 (アリア)が出ていって、すぐ部屋に入ってきた祖母さん(ヴェスティア)の第一声はそれだった。


「っつーか、婆さんといい、アリアといい、母さんといい、父さんといい、どこから俺とヘカテーがくっつく話が出てくるんだよ……」


 隣を見ると、ヘカテーが緊張した面持ちで身体を強ばらせ、真正面に座ろうとするヴェスティアの一挙手一投足を凝視していた。そして、何処からか1冊の本を取り出してきた。

 ってちょっと待て!


「えっと、初めまして、私はヘカテー=ユ・レヴァンスといいます」


 ヘカテーさん?

 その手に持っている新品にしか見えないのに、どっかで見たことのある本は何でございますか。

 それとその台詞はシャルル同様にその本を見ながら言っているような気がするのですが、私めの勘違いでございましょうか。

 こんなことを2度もやらせる気かよ。


「……ふつつか者ですがこれからもよろしくお願いします。お祖母さま」


 頭を下げて、本を抱え、嬉しそうに微笑むヘカテー。

 既視感(デジャビュ)

 いや、どころか普通に既視だった。


『シャルルちゃん、初々しい感じで可愛いですね。私、おばあちゃんにやったらどうなるかいつか試したかったんです』

『そんな好奇心で俺の周りを引っかき回すな!』


 シャルルが天然なのはわかるけど、ヘカテーはわざとやっているから面倒だ。


「これはご丁寧にどうも、ヘカテーさん。アルヴァレイ、お前は後で部屋に来な」

「ちょっと待て! これはシャルル……じゃない、ヘカテーがふざけてるだけでっ」

「シャルル?」


 ヴェスティアは呟く。


「別に俺とヘカテーは何でもないし、結婚もしない! ヘカテーもいい加減悪ふざけはやめて白状し……っ!」


 ヘカテーはショックを受けたような表情で硬直していた。

 その頬を伝う一筋の涙。

 ヘカテーはプルプルと身体を震わせ、その涙にたった今気づいたという風に頬に手のひらを当てて目を丸くする。涙で濡れた指先を見て、涙腺がゆるむ。後から後から流れ出てくるそれを子供のような仕草で袖で拭う。そして、俺の顔を涙目で見つめ、うつむいてギュッと膝の上の手を強く握り、唇を噛んで、黙り込んでしまった。

 要するに。渾身の演技だった。


「アルヴァレイ……」


 その様子を見ていた祖母(ばあ)さんはため息をつくように言うと立ち上がり、


「先に行ってるから、ヘカテーさんを落ち着かせたらすぐにおいで。すぐにだよ。お前には色々と教えないといけないようだからね。覚悟しな」


 そう言うと、ヴェスティアは俺の言葉も聞かず、さっさと部屋を出ていった。

 後に残された俺とヘカテー。ヘカテーはしばらくの間小さくしゃくりあげていたが、急に静かになったその空気に気づいたのか顔をあげた。


「可愛いですか?」


 ほんとイラつくな、確信犯(コイツ)


「……」

「あれ、怒っちゃいましたか?」

「……」

「いいこと教えてあげますから、機嫌直してくれませんか?」

「……」

「アル君のお祖母ちゃん。シャルルちゃんのこと知ってるみたいなんですよ」

「……は?」


 どうしてそんな話になった。


「さっきアル君がシャルルちゃんの名前出した時、ちょっとだけ好奇心で、お祖母ちゃんの頭の中覗いてたんですけどね。シャルルちゃん、この本家にしばらく滞在してたみたいです」


 シャルルが(ここ)に……?


「他に何か手がかりになるような物は見えなかったか?」

「特には、ですね……。必死ですね、アル君」

「友達だからな。それにルーナと約束したし。必ず見つけるって」

「お祖母ちゃんの所に行ってくるんですよね。シャルルちゃんのこと聞きにいくのでしょう」


 俺がうなずくと、ヘカテーは満足そうな顔で微笑んだ。


「じゃあ私はアリアちゃんの様子とか見てきますね。ルーナちゃんとかリィラとか筋肉(おにづか)とかもここにいるんですよね? 顔見てきます」


 ヘカテーはそう言って立ち上がると、すたすたと足早に部屋を出ていった。

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