(1)『帰郷』(改稿済み)
新章です。
リィラ・鬼塚・ルーナ・紙縒・康平。
彼女ら5人と別れてからちょうど6日後――俺とヘカテーはブラズヘルの国境警備の前線基地を制圧してヴァニパル入りした。
彼女ら、と主体を女性陣に置いたのは5人のチカラ関係を考えた結果の表現であり、よもやそれに異論を唱えるものはいないだろう。
苛烈にして熾烈。暴風のように圧倒的な影響力と強さを誇り、自身の正義のためなら暴力も辞さない傍若無人な女騎士――――リィラ=アスティアルス=テイルスティング。
強靭という言葉ですらぬるい鋼の肉体と類無い耐久性を裏付ける生命力。豪胆な精神力で己を殺してただ筋肉という高みを目指す筋肉人間超重戦車――――鬼塚石平。
鍛え抜かれた細く強靭な体躯により亜音速の俊足を誇り、強く優しい心を持つ不死の幻獣――――ルーナ=ベルンヴァーユ。
鉄の檻を容易く砕く大きなメイスを軽々振るう、強力無双の少女――――衣笠紙縒。
康平のことはよくわからないのだが、少なくとも紙縒との力関係を考えれば、5人の力関係が女性寄りなのは歴然だろう。
とはいえ、もちろん基地を制圧したのは概ねヘカテーの功績であり、一般人の俺には手を出す余裕すらなかったのだが。
具体的にはヘカテーの上位古代魔法でまとめて眠らせてこっそり通ったというだけの話なのだが――
(古代人はホントにあんな魔法を普通に使ってたのかよ……)
一人でも戦争が出来そうだ。
そんな感想を覚えたのも早、マルタ城砦を出てからした話と言えば――。
「あと、首都までどのくらいなんでしょうか……。アルヴァレイさんわかりますか?」
「首都っつーか実家のあるフラムって街だけどね。たぶん明日には着くと思う」
「クリスティアースの実家……って確かお医者さんなんですよね」
「自慢じゃないけど、俺には医薬と商売の才もないからね」
「あはは……、それホントに自慢じゃないですね」
こんな話だ。
結局、まだヘカテーの過去についての話はしてもらっていない。ヘカテーにも心の準備が必要だろうし、話してくれるまで待つつもりではいるのだけれど。
ヴァニパル南西部に位置する街フラム。
山が周りにあるため、林業と薬草で発展してきた街だ。
しかし、街と言うよりはむしろ町。居住区の規模の方は大したことはない。
そんな小国でもヴァニパルだけでなく近隣諸国、それどころか世界中でフラムのことを知らない者は数少ない。
200年弱前、商才に恵まれたクリスティアース家当主が莫大な資金を投じて作った学校、それがクリスティアース医薬学院だ。
世界で唯一、医薬に関する学校であり、入るだけで周りからの目が一新するほどの難関でもある。そんな学校だ。
アルヴァレイも最後の賭けとして一度は入学したものの、やはり才能がないと思い知り、自主退学ののちに両親のいるテオドールに来たのだ。わざわざテオドールに行く必要はなかったのだが。
「クリスティアースの名を持つアルヴァレイさんが入ったものの才能がなくて退学……なんて外聞悪いどころか、クリスティアースの体面が保てないですからね」
あはは……と乾いた笑いを漏らす。人の心を覗くな。
一応2番で入ってるんだ。ヘカテーに言われるほど馬鹿じゃない!
「妹に50点も負けたんですかっ!?」
もういやだ。
「人の心を壊すな」
「いいじゃないですか。アルヴァレイさんの隣にいたいんです……。もう、私だけ除け者なんて嫌なんです……」
「1週間だけティーアに帰ってくれないか? 慰安のために」
俺の。
ちなみに頬が死ぬほど痛い。何も本気でやることないと思う。周りの人も音にビックリして立ち止まっちゃってるじゃん。
フラムに入ってから30分経った。
アルヴァレイたちはただ談笑しながら歩いてた訳じゃない。むしろ俺だけはそんなつもりは毛頭ない。
元々広くない町の中、ただでさえ大きいクリスティアースの敷地を見つけるのは容易い。紙縒の話から推測しても皆はクリスティアース家にいるのが妥当なところだろう。
だがしかし、俺は遠回りをしていた。理由もなく徘徊しているわけではない。ただ避けているだけだ。
「おばあちゃんをですか?」
この子嫌い。
「だから学校帰りの妹さん襲撃して一緒に来て貰おうとしてるんですよね?」
「襲撃じゃないよ」
「土下座はさすがにやりすぎだと……あはは」
「人の心中捏造して、物理的に距離を遠ざけようとするな!」
頭下げるだけだ!
ちくしょう……ヘカテーなんか大嫌いだ。
俺は目の前にそびえる建物を見上げた。白い壁面に緑色の屋根。
白い羽根と植物の芽を模したシンボルマーク。
そのシンボルはクリスティアースを示し、すなわちその建物は学校だった。
「本当はここにももう来たくなかったけどね。あの方よりはましだよ」
あの方=……。
「おばあちゃんですね♪」
せっかく伏せたのに、台無しだよ。
「お前がどんどん嫌いになるよ……」
その時だ。
「アル?」
突然名前を呼ばれた。
ヘカテーじゃない、聞き覚えのある声。
「アルヴァレイじゃねえか!? 久しぶりだな、オイ」
「……エリアル=ライダー?」
「惜しいな、レイダーだ。っつーかわざとだろ、お前。唯一無二の親友に対して随分じゃねえか、オイ」
「俺はガキの頃から本名を教えない親友なんて知らん」
それに俺にも親友ぐらい5,6人いる。たぶん……。
「いや、あれは恥ずかしいんだよ。というか頼むから、今さら本名聞き出そうとすんなよ、オイ」
『電光石火』。
エリアルは子供の時からそう名乗っていた。
もちろん、子供の時はずっとそれが本名だと思っていた。
偽名を使うガキがいるなんて微塵も考えなかったからだ。
偽名なんて存在すら知らなかったしな。
『アルヴァレイさん、アルヴァレイさん』
頭の中に響くヘカテーの声。その声の抑揚は、悪戯を考えている子供のそれだった。
どうやら面白い方に話を持っていこうとしているようだ。
『厄介なことになるからやめろ……』
『この人の本名ミアハートですよ♪』
『は……?』
『ミアハート=リベル』
『……そういうことか』
まさか心中で会話が成立しているとは夢にも思わないエリアルは不気味に視線を交わしあう2人を訝しげに眺めている。
『どういうことなんですか?』
『ミアハートって言ったら女の子に多く使われる名前だからな。なんでそうなったのかに特に興味はないけど、エリアルのためには黙っていた方が良さそ……』
「ミアちゃん」
忠告したそばから本人の前で明言した。
もちろん、エリアルは呆気にとられたようにその言葉の意味を斟酌し理解して。
凍りついた。
「どうしたの、ミアちゃん。私です。ヘカテー」
「えっ、えっ……あ?」
「……憶えてないんですか?」
涙目になるヘカテー。
「あ……いやっ。憶えてる、憶えてる! 久しぶりじゃん、ヘカテーちゃんも!」
『単純なお友達さんですね』
『ひどいな……』
ミアハートか……めんどくさいし、今まで通りエリアルでいいか。
エリアルは今さらだがヘカテーに見とれている様子だった。ヘカテーは性格さえ知らなければ、本当に可愛い女の子だ。これで猫を被ることなく、普通に素直だったら俺も好きになっていたかもしれない。
なんかヘカテーの顔が赤い気がする。
そういえばずっと日向に立っていた。
陽射しも弱くはないから具合が悪いのかもしれない。
なんとなく足取りがおぼつかないように見えなくもない。
断言はできないが危なっかしい感じだ。
「とりあえず木陰に入ろう。少し暑いからね。俺はともかくヘカテーが心配だし」
そう言って俺が学校の前庭を指さすと、ヘカテーはうつむいて、うん、と小声で呟きについてくる。ヘカテーが木にもたれるように腰を下ろすと、エリアルは呼びもしないのについてきて、その隣に陣取る。
ヘカテーはそんなエリアルにニコリと笑いかけつつ、エリアルに気づかれないようさりげなく少し間を空ける。
『私に気があるんでしょうか……?』
頭の中に響く呟き。ヘカテーはエリアルと俺を見比べるように見て、なぜか勝ち誇ったような顔をしていた。
『少しは自分の容姿を考えろよ、道に立ってるだけで10人中5人が振り向くぞ』
『残り半分は立ち止まって私という神の与えた芸術品を愛でてしまうんですか?』
バレてた。いや、そこまで形容するつもりは無かったけどさ。
時折自信家だよな、ヘカテー。
『まあ、そうかな……』
曖昧に誤魔化そうとした結果、曖昧に肯定してしまった。




