(22)『仲直り』(改稿済み)
「アルヴァレイさん?」
我に返ると、見慣れた風景に視界が切り替わっていた。
さっきまでいた森の中ではない。俺の部屋、テオドールの薬局にある俺の部屋だった。
目の前にいたはずのヘカテーの姿もない。
信じられない顔が目の前にあった。
「聞いてますか、アルヴァレイさん」
向かい合うように座っていたのは、シャルルだったのだ……!
「シャルル?」
「はい? 何でしょうか」
「お前……何でここにいるんだ?」
「え? ダメなんでしょうか……?」
いや、ダメじゃねえけど。
というか俺、ブラズヘルの砦にいたはずなのに。何でテオドールにいるんだ……?
信じがたい現象に混乱した俺の頭は、後に後悔することになるひとつの答えを弾き出した。
「お前…………第13人格か?」
「え?」
シャルルは首を傾げるが、音だけを聞いたシャルルは普通に頷くだけだ。
この質問の仕方じゃだめなんだよ、落ち着け、俺……!
「お前、ヘカテーだろ。そうなんだな? 頼むからこんなことするなよ……」
第13人格の肩を掴んで、前後に大きく揺する。
「どうしたんですか、アルヴァレイさんっ。何言ってるかわからないですっ」
「違う……のか……?」
シャルルの肩から手を離す。
「私はシャルルです。アルヴァレイさん、どうかしましたか? 熱でもあるんでしょうか」
シャルルは顔を寄せ、俺のおでこに自分のおでこをくっつけた。
避ける暇もなく後頭部を小さな手でがっちり押さえられ、逃げるに逃げられず至近距離からシャルルの顔を見る。ほんのりピンク色に染まった頬に、自分の頬が熱くなるのを感じた。
「アルヴァレイさん、熱があるかもしれないです。ほっぺたが赤いです」
「ね、熱はない!」
なんとかそれだけ言いきると、シャルルの肩を掴んで離す。
「お前、今なんか言ってなかったかっ?」
声が裏返りそうになるのを必死で抑え、無理やり話を元に戻す。
「はい。アルヴァレイさんに私の家族を紹介したいです」
「家族……?」
話は見えるけど理解が追いつかない。
「ルーナとかアルペガとかのことか?」
「え、あ、あれ? どうして知ってるんですか? 私、家族のこと話しましたっけ?」
「いや、話したとかじゃなくて」
もう会わせてもらった、と言葉を続けようとして違和感に気づいた。
「シャルル」
「何でしょうか」
「アルペガ3頭、元気か?」
「はい、今日もルーナと一緒に遊んできました。ってなんでそれまで知ってるんですか!?」
どうもおかしい。
アルペガはあの晩に2頭死んでいるはずだ。しかしシャルルの声にも嘘をついてるようには思えない。しかも禁止指定種の存在を知っていることを少し警戒した表情だ。
何より、この身体が浮いてるような気分。
明らかに何かがおかしい。まるで定められた流れに沿って考えさせられてるような……違和感があるのだ。
「アルヴァレイさん?」
「あ、ご、ごめん。何だった?」
他愛も無い談笑が続く。あの頃はずっと続くと思っていた時間。
シャルルが目の前にいる。もしかしたら、本当に過去に来ているのかもしれない。
いや、もしかしたら、何となく記憶に残る思い出。
リィラや鬼塚やヘカテーとの旅も、あの夜も、旧き理を背負う者でさえも全てが夢だったのかもしれない。
ヘカテーの呪いなんて、紙縒や康平、薬袋のことだって、全てが居眠りの短い間に見た壮大な夢だったのかもしれない。
「そう思えるほどの幸せな時を懐古させる、それが私の『僥倖懐古』なんです。落ちつきましたか?」
心配そうに顔を覗き込んでくる、黒髪の少女。そこは森の中だった。
つまり――――現実に引き戻された。
「私の力に害はないんですよ。人が落ち着けるような環境を提供するだけですから。大丈夫ですか?」
人を……落ち着ける。
落ち着いたところで何になる。
ヘカテーが呪われていることに変わりはない。それがこの行動の理由だから……。
黒髪の少女はクスリと笑うと、小さく手を振った。
次の瞬間には、へたりこんだヘカテーの姿に変わっていた。
ちょっと待て。
俺は何をしていた?
ヘカテーに何を言った?
“呪われてるんだろ?”
何だ、この言い方は。
あまりにも、ヘカテーのことを考えてやっていない言動。ヘカテーの話を聞こうともしないで、最初から呪われていると決めつけた言い方をして。
結果的に呪われていたのは事実だったようだけれど。
呪われているからって、それを隠してたからって、ただの女の子と何の変わりもないヘカテーに俺はどんな言い方をした?
ヘカテーは泣いてしまっている。
なんで泣いてる?
泣かせたのは俺だ。
シャルルの時はシャルルの勘違いだった。嫌な言い方をすれば、シャルルの件は俺が何かをした訳じゃない。
でも今回は違う。完全に俺は加害者だ。
何も知らないくせに酷いことを言って、泣かせてしまった。
冷静に考えていたつもりだった。
でも全然冷静じゃなかったんだ。
あの黒髪の少女のおかげで、シャルルのおかげでようやく落ち着けた。
それがルシフェルやヘカテーの目論見どおりだったとしても、ルシフェルやヘカテーのおかげで、落ち着いて。本当の冷静さを取り戻せた。
それでやっと、気づけた。
「やだ……やだやだ……」
両手に顔を埋めて、震えるヘカテー。
「ヘカテー」
少しは優しい声だっただろうか、と心配になったが、ヘカテーがビクッと震えた辺りを見ると、さっきと変えられていないようだ。
ヘカテーは首を激しく横に振った。聞きたくないというように耳を両手で塞いで。
「ヘカテー、ごめん。何も知らないくせに酷いことを言った」
ヘカテーの前にしゃがみこんで、その肩に手をそっと置いた。
再びビクッと震えるヘカテーに思わず手を引きかけ、押し留める。ヘカテーはしばらくすると落ち着いたのか、顔をあげた。
「ヘカテー、戻ろう。みんな心配してるかもしれないし」
「い……いんですか……? アル……ヴァレイさん……」
「うん。ごめん」
詫びを入れるようにはっきりと断言すると、ヘカテーはその言葉に小さく頷いた。
「その代わり、その辺りの話を後で聞かせてくれ。もう、あんなこと絶対に言わないから。二度と言わない。二度と……ヘカテーを傷つけるようなことは言わない。約束するよ」
呪いは恐ろしい。
さっきまで、完全に踊らされていた。
ヘカテーは、うん、と頷いて、顔を綻ばせると、ゆっくりと確かめるように立ち上がった。
「鬼塚を捕獲して先にヴァニパルに向かいます……気をつけて~。紙縒より」
森の中には俺とヘカテーの2人しかいなかった。そこの木の幹に貼り付けてあった手紙に気がついて、読んでみたらこの有り様だ。本当に依頼を完遂する気あんのか、あいつら。
「置いてかれちゃいましたね……」
と、言うのにヘカテーはどこか嬉しそうだった。




