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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第3章『マルタ城砦』
63/121

(21)『呪い』(改稿済み)

「呪いって……どういう事だ?」


 薬袋はクスリと笑った。その途端、薬袋の姿がぶれるように薄くなった。


「……ここから先は堪忍や。後は本人から聞き。ま、フフ。教えてくれるとは思わんことや。あれは、あの子の忌み名ですえ? 葬りたい過去、捨てたい呪い。ウチは……何もしてやれんかったから。あの子は今も苦しんどるハズや。少年。少年があの子を救えるのなら……。フフ、気にせんといてや。ウチはおいとまさせていただきます。ほな」


 小さく手を振った薬袋は、再びクスリと笑って目を閉じた。火が揺らいでスッと消えるように薬袋の姿は薄らいで、瞬く間に見えなくなった。


「呪い……か」


 ぽつりと呟く。


 呪い。


 世界を構成している欠片(ピース)のひとつだと言われている、存在の証明すらされていない謎に満ちた“何か”。しかし、呪いは確かに存在していた。

 人の心に悪意を植えつけ、人徳すら塗り潰してしまう。それほどの影響力を持った"何か"なのである。しかし、本当に恐ろしいのは本質的な呪いの影響力ではない。

 むしろその副産物と言えるものの方が怖い。

 例を挙げるなら、信用の失墜、人間関係の瓦解、差別。

 単純に言えば“周りからの印象”にあたるものだ。

 例外はあれ、総じて人は人種、宗教、個性などに関係なく、呪いに対して一定の意識を持っている。

 つまり『呪いを受けた者は受けただけの理由があり、その理由は本人の人格や内面、行動や心情に問題がある』と考えてしまう。実際にそうでなくとも、周りからその類いの扱いを受けることになる。

 だからこそ、人々の心の根幹には『呪いを受けること』『呪われていることを周囲に知られること』を異常なまでに怖がる性質が刻まれている。

 それは『夜のシャルル』や『旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)』、『悪霊』までも受け入れてきたアルヴァレイですら大衆と変わらなかった。

 それほどのものなのだ。

 呪いというものは。


「大丈夫? ルーナ」


 赤く染まったローブを羽織り、地面に横たわったまま肩で息をするルーナの身体は血以外は全て元通りになっていた。

 ルーナが言った死ねないという言葉。

 ルーナの身体の容態。

 他にも気になることはいくつもあるが、今は考える余裕はなかった。


「ルーナ。動ける?」

「は、はい……。たぶん」


 良かった、という言葉は口から出なかった。全然良くはない。


「紙縒、康平。ルーナに付いていってリィラさんとヘカテーを迎えに行ってくれ」

「アルは?」

「もうあんな……イカ見たくないだろ? だからあっちは俺が何とかする」


 できる限り記憶のフィードバックを抑えつつ、イカと誤魔化した表現で嘘をつく。

 紙縒は納得したようにルーナに駆け寄って肩を貸し、一言二言話して歩き出す。


「アル」


 紙縒は振り向かずにそう言った。


「落ち着いてね」


 一瞬、ドキッとする。しかし紙縒はそれ以上何も言わず、康平を攻め立てるように引っ張っていった。



 マルタ城塞某所――。


「お、おい鬼塚。何があったんだ……?」


 聞こえないでほしい。絶対に関わりたくない。

 とは言え、紙縒や康平、ルーナの目の前で任せろと言った手前、今さら退くわけにもいかない。

 落ち着け、まずは落ち着くんだ、アルヴァレイ=クリスティアース!

 大きく息を吸って、頭の中で予行演習を……完了。


「この状況は何だよ」


 ツッコミが先に出てしまった。

 鬼塚石平は某イカ状の自称神と並んであぐらをかいて座り、目を閉じて両手で三角を作って足の上に置き、異常なまでの静けさを作り出していた。


「む……?」


 反応が限りなくスローモーションだ。

 鬼塚は俺の顔をはるか遠くを眺めるような虚ろな目で見た。


「ふっ……」


 息を短く吐く鬼塚。そして、静かに上を見上げて一言。


「春……だな」

「お前の頭が桜満開だよっ!」


 蹴りました。

 これまでにかつてない鬼塚の姿に気が動転してた訳じゃない。


「ぬぅ? その声は小僧か」

「よかった……やっと異常に戻った」

「貴様なぜ今俺を蹴った?」

「俺は蹴ってねえよ、お前の背中が俺の足の裏にタックルしてきたんだ」

「よくわからんが……すまんな」


 こいつアホだな。今さらだが。


「ほら、鬼塚。リィラさんたちと合流しなきゃいけないんだ。あっちの森にいるらしいから早めに行かないと置いてかれるぞ」

「筋肉神か!」


 隣のウネウネは一体何だよ。このイカさっきから微動だにしてない。

 なんだかんだ結構すごいのか、このイカ。


「早く立て、鬼塚」

「貴様、わからんのか。俺は今精神修行を……」

「早く立て、筋肉」

「ふはははは、任せろ小僧!」


 面倒なやつだ。その面倒なやつは追い付けない速度で走っていった。

 瞬く間に見えなくなる鬼塚。何とか追いかけようともしてみたのだが、あんな巨体の割にすさまじく早い。結局追いつけず、そして――考えるための時間が空いてしまった。


「呪いか……」


 薬袋の言う通り、ヘカテーが呪われているのなら、もう一緒にいることはできない。

 ヘカテーのことはもちろん好きだ。

 悪戯好きで子供っぽかったり、時々優しかったりする性格も、最近では好ましいものに思えてきていた。何だかんだ人を惹き付けるものも持っているのだ、彼女は。

 でも、呪われているなら話は別だ。

 彼女にもう関わるなと本能が告げている。その本能には理性が介入する余地はなく従うしかなかった。

 大衆(たくさん)の中の一でしかない俺には他の選択肢など存在していないのだから。

 悪い方に考え始めれば、もう止まらなかった。

 ヘカテーは元々『悪霊』ルシフェルの人格のひとつなのだ。

 『悪霊』として知られていたのだから呪いを受けたとしても不思議はない。

 ヘカテーが過去に何をしたのかは知らない。でも、呪いを受けるぐらいだ。よほどのことをしたのだろう。だとしたら、人に嫌われ避けられたとしても、それは自業自得。

 仕方の無いことだ。

 そう考えながら俺はルーナたちを追って、森に入った。


「ヘカテーは……ここで別れておいた方がいいだろうな」


 ヘカテーのことなんて考えていない。

 ただ怖いから、呪いの影響を受けたくないから、そんな一方的な理由で俺はヘカテーを切り捨てる。ヘカテーがどう反応しようと、それからどうなろうとどうでもいい。

 ただ一刻も早くヘカテーを離さなければ、こっちが危ないんだから。

 ヘカテーを自分の周囲から離す。

 それだけを考えて、歩を進めること10分程度。前方に皆の姿が見えてきた。

 リィラは俺の姿を視界に認め、軽く手をあげる。


「アルヴァレイ。無事だったか。ん? あの馬鹿はどうした?」


 見つかりませんでした、と笑顔で嘘をつく。

 その時、ヘカテーと目が合った。ニコリと笑って見せるヘカテー。

 その時見せたのは裏表のない無邪気な笑顔だったように見えた。


「どうした、アルヴァレイ」

「いや、ちょっとヘカテーに話が」

「私ですか?」


 ヘカテーはきょとんとした顔で自分を指し示す。当然だが心当たりはないようだ。


「うん、ちょっと来て」

「わかりました」


 俺が背を向けて歩き出すと、後ろから1人分の足音がついてくる。

 皆から100メートルほど離れた所の木の陰で俺は振り向いた。

 同じように木の陰に入るヘカテー。そして、木にもたれるようにして楽な姿勢をとった。

 視線を泳がせたり、髪を弄ってみたりと、どこかそわそわしているようにも見える。俺が黙っているのを見て心配そうに顔を覗き込む。


「何ですか? アルヴァレイさん」

「ヘカテー」

「うん?」

「お前……呪われてるのか……?」


 ヘカテーの顔が見るからに凍りついた。

 眉も、目も、頬もピクリとも動かさず、固まったままでうつむいた。


「な……んで?」


 声が震えていた。

 身体も震えていた。


「ど、どうしてそれ……?」

「薬袋から聞いた」

「ミ……ナイ?」


 ヘカテーの姿勢が崩れる。


「呪われてるよ……。確かに呪われてる。でもそれは。私は……」


 ヘカテーは力なく、その場にしゃがみこんだ。

 金の鎖が再びジャラリと音を立てた。ヘカテーはハッとしたようにその鎖を掴んで俺の前に掲げた。


「あのね、この鎖、この金の鎖、呪いを封じるための物なの。これがあると、人を使わなくても済んで……」

「人を使う?」

「あ……ん、わ、私の呪い『奴隷人形師(スレイブ・ドールズ)』って言うの……」


 聞きたくない。

 関わりたくない。


「私、人の名前を知ると……ダメ。ルシフェル……ダメ。絶対ダメ、ダメだよ。出てこないで……」


 ブツブツと呟くヘカテーから思わず目を背ける。


「ミーナ、お願い」


 ヘカテーの聞き取るのが困難だったその台詞を理解した瞬間、その姿は長い黒髪の少女に変わった。

 俺は警戒心に裏打ちされ、後ずさる。


「こんにちは。初めまして、アルヴァレイさん。私は『四番目』ミーナと申します。どうか逃げないでください。出会いがこのような形になってしまったことはとても悲しく思います」


 今までに見たことのない姿。その知らない人格の第一印象は優しげな女性という感じだった。


「それでは失礼を。僥倖懐古(プレシャス・メモリー)


 何の前触れもなく、俺の意識は何かに塗りつぶされた。

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