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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第3章『マルタ城砦』
62/121

(20)『不死身』(改稿済み)

 今回は少し長めですね。

「殺したい殺したい殺したいあの女を殺してやりたい何で私が何で私様がこんな目に私様が雑用しなきゃいけないどうして私様が」


 アプリコット=リュシケーは、隣でガチャガチャとキャタピラの(きし)む音を派手に鳴らしながらブツブツと呟く上司の姿に諦めの眼差しを向けつつ、ため息を吐いていた。

 もちろん内心で。

 と言うのもアプリコットはまだ死にたくないからだ。

 アプリコットの上司、チェリー=ブライトバーク=鈴音は現状誰が見ても明らかな異形の少女だ。

 右足は付け根の辺りから武骨な金属製の無限軌道、キャタピラに変わり、左腕はいわゆるロボットアームに変わっている。

 義手と言うには果てしなく物騒だ。

 なぜならそのアームの先に握られているのは対戦車ライフルPTRS1941、少なくとも現時点より遠い未来の世界では凶悪な破壊力を誇る銃だ。

 対するアプリコットは茶髪に赤い目という珍しい組み合わせではあるものの、見た目は誰がどう見ても普通の少女だ。

 ただでさえ外見の幼いチェリーの隣に立つと、けして高いわけではないアプリコットの身長が過剰な評価を受けてしまうほど、幼い上司。

 こんな外見で性格は非常に危険。日夜、理不尽を大量生産している。


「チェリーさんは半分自業自得みたいなものじゃないですかー。むしろとばっちりはボクですよ。何でボクまで飛ばされないといけないんですか?」

「うるさい、鈴音様と呼べ」

「わかりましたから、これをどけてください。チェリーさん」


 チェリーはアプリコットの側頭部に突きつけていたライフルの銃口を素直に下ろした。

 アームの関節が駆動音をフレームに響かせる。

 そして、その巨大なライフルはチェリーの腰の辺りに引っかけられた。吊るされた銃身が、その大きさと不釣り合いな少女の身体の横でぶらぶらと揺れる。


「つーか、そろそろ普通の人型に戻ってくれませんか? 金属音と言うかさっきから耳障りで鬱陶しいんですよね、だからせっかくしまったライフルをまた出してこないでくださいね。なんつーか邪魔ですから」


 口調こそやや丁寧だが、その内容は粗雑で投げやり。

 どんなことにも適当に接し、目上の者に対してすらあしらうような態度をとるアプリコットは周りからは"等号(イコール)"と呼ばれ、嫌われ、避けられていた。

 しかし、そんなアプリコットですら、拾ってくれたチェリーには少なからず感謝しているのだ。態度や言動には全く変化は見られないが。


「別にそれもいいんだけどね~、いつでも戦える状況じゃないと危ないから~。私様は死にたくないからね~」

「身体をバラバラにしても死なないくせに何言ってるんです、馬鹿が」

「出会い頭にバラバラにしたのはお前でしょう~。一応痛みはあるんだから、やめてほしかった~」


 そのチェリーの物言いにアプリコットは再度ため息をついた。


「身体バラバラと言えば~さっきの音聞いた~? アプリコット~」


 チェリーはにししっと笑って、アプリコットの顔を覗き込んだ。


「ええ、あの音からすると、腰の辺りでちぎられましたね。なかなか楽しい趣味の奴がいそうでしたが、めんっどくせえ誰かの尻拭いがありまして行けなかったんですよ。ねえ、チェリーさん」

「その言い方~喧嘩でも売ってる~? 殺るか~?」

「殺ろうか?」


 2人はニコニコと笑い合った。

 カシュンと音がして、ロボットアームがチェリーの身体の中に格納された。




 薬袋はルーナの上半身の上に下半身を投げ捨てた。

 肉が潰れるような音がして、俺の中で何かが弾ける。


「可愛さ余って憎さ百倍とちゃうよ? 今でも可愛ええ思うとりますに。なんや、そうやな……まあ、ことのついでですえ?」


 短剣を薬袋の顔面、額に向かって垂直に飛ばす。


「あら危な――」


 余裕の笑みを口元にたたえて、薬袋は顔の前で優雅に腕を振った。


「――くもなんともないけどなぁ。残念さんや。少年にはウチは殺せんえ?」


 短剣は薬袋の手に収まっていた。

 殺気に満ちていた鋭い刃からはそれに類する気が全て抜けきり、薬袋の手に従順に弄ばれていた。


「ちっ」


 こんなので死ぬような相手じゃない。

 そんなのはわかっている。だからこそ投げた直後には鉤爪を手に着けていた。


「ルーナを……返せええぇぇぇっっッ!!!」


 咆哮。


「殺す殺す……殺してやるっ」


 薬袋は怯むこと無く、顔を綻ばせた。

 地を蹴って前に出ると、体勢を低くしたまま鉤爪を振りかざし、薬袋との間合いを詰める。

 薬袋はそんな俺の目の前で、身体をブルッと震わせ、恍惚の表情でその一瞬を堪能していた。


「ええわぁ。その表情。大切なものを奪われて憎しみを覚えたその目。可愛ええわぁ、ほんに可愛ええわぁ。ゾクッとしてたまらなくなるねぇ」


 薬袋は、挑発するように執拗にけしかけてくる。


「ルーナ」


 鉤爪が薬袋を間合いにとらえる。

 ヒュウッと空気を切り裂く音がして、鉤爪が薬袋に襲いかかった。何の躊躇いもなく、ただ目の前の悪魔を殺すために。


 ザクッ。

 鉤爪が食い込む音。しかし、それは薬袋の身体にではなかった。

 薬袋の足元、薬袋の立っている地面に、その爪先は刺さっていた。薬袋は鉤爪を避けようともしなかった。


“あんさんらを助けるために、『外した』だけ。おもしろかろう?”


 船上での薬袋の言葉が脳裏によみがえる。

 崩れて沈んだ商船に、崩れも沈みもしなかった甲板。

 甲板に遮られること無く、日の光は海面に降り注いでいた。

 まるでそこには何もないかのように、全ての事象に干渉しない。俺の鉤爪は薬袋の身体を透過して、薬袋のいる空気を切り裂いて、勢いのままに地面を抉ったのだ。


「おもしろかろう?」


 薬袋が顔を寄せてくる。

 しかし、たじろぐように泳がせた視界の端におびただしい量の血溜まりが映ったとき、俺の中で再び何かが弾けた。

 ルーナが死んだ。

 死んでしまった。

 大切な友達が、殺された。

 シャルルの家族を、守れなかった。


「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 再び咆哮。

 鉤爪が空を裂く。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねッ!」


 叫びながら、鉤爪を着けた左腕を振るう。紙縒や康平の姿は視界に映らなかった。

 意識に入れようともしなかった。

 ただ目の前にいる薬袋を、殺したかった。

 ルーナの(かたき)をとるなんて高尚なことを考えていた訳でもない。

 怒りに身を任せ、八つ裂きにするのを望んでいた。

 そして、振るう度に。

 当たっているのに傷つけられない、通っているのに殺すこともできない、そんなどうしようもない無力感を募らせていった。


「いくらやっても少年にはウチを傷つけられへんよ。諦めることも必要ですえ? とは言えがっかりやわぁ……。少年は『あの真理』を知ってるはずや思うとったけどなぁ」

「黙れ!」


 深く考えること無く振るう鉤爪は在るはずの虚空を虚しく薙ぎ払う。

 なんで。理不尽だ。

 どうしてルーナが殺されなきゃいけないんだ! ルーナは何もしていないのに!

 その時、急に違和感を覚えた。頭に上っていた血が身体中を巡り、何故か突然、意志に反して身体は冷静さを取り戻し、腕が自然にだらりと下がった。

 わからない。

 何かがわからない。

 そして、違和感の正体に気づいた。


「アル……ヴァレイさん……やめて…ゴホッゴホホッ! ……はぁ……やめて……私は、大丈夫ですからっ」


 身体を真っ二つに裂かれ、おびただしい血があふれ出しているにも関わらずルーナは生きながらにしてそうつぶやいた。


「ルーナ……!」

「戦いのさなかに背中を見せるのは子供のすることどすえ、少年?」

「動かないでね、おばさん」


 紙縒の挑発的な声。

 何かがブチキレる音がしたような気がするがたぶん気のせいだ。

 後ろを振り返ること無く、ルーナの近くにしゃがみこむ。


「大丈夫なのか!? ルーナ」

「痛いです、けど……大丈夫です。私は……死ねませんから……」


 ルーナは痛々しい笑顔を浮かべた。


 ズルッ。

 ルーナの下半身が大きく動いた。

 何も触れていないはずの肉塊。

 それは瞬く間にルーナの身体の断裂部を隠していたローブの残骸の中にひとりでに潜り込んだ。


 ビクッ。

 ルーナの顔が苦痛に歪む。

 飛び散った血や噴き出す汗がルーナの頬を伝う。ルーナは唇を噛み、ブルブルと震えていた。


「あっ、くっ……」


 悶えるように呻く。

 それからしばらくの間、その場に聞くに堪えない呻きや悲鳴が続いた。


「はぁ……はぁ……」


 ルーナは生き返った。というより死ななかった。


「面白い力やねぇ。可愛ええだけの娘やと思うとったけど、アンタもえらい外れとるなぁ。お姉さん、びっくりや、フフ。確実に殺したはずやのに」


 薬袋は下唇に人差し指を軽く当て、舌なめずりをする。


「まあええわ……。興も冷めたところやし? 時間は稼いだ。この砦にももう用はあらせんし。ウチはもう一度ヘカテーちゃんに会ってくるとします」

「ヘカテー?」


 ローブの残骸を身体に巻き付けさせつつ、ルーナを助け起こす。そして、再び薬袋と向かい合った。


「ヘカテーに何をする気だ……」


 俺がそう言うと薬袋はプッと吹き出した。それはすぐさま抜けるような高笑いに変わる。

 薬袋は口元に手を当てて、空に向けて笑う。


「なにもせえへんよ。ウチがあの子ォに何かするわけないやないの」


 意味が分からない。


「少年、ヘカテーちゃんに信用されとらへんねぇ。聞いてないんか?」


 残念ながらまさしく。


「まぁ、あの子ォがあのことを言うわけあらへんねぇ……。あの子は昔『ラクスレルの人形師』と、呼ばれてたんよ。『ラクスレル』ぐらいは聞いたことあるやろう?」


 ラクスレル。

 中央大陸の端にあるナトゥーア保護区に広がる原生林だ。

 その面積はただただ広く、同大陸にある3つの共和国、ヴァニパル共和国、ウェレヘパス共和国、ミッテ連邦共和国の総面積よりも広い。

 さらに危険指定や保護指定の動植物が多く生息していることから、世界規模の共通保護区と称し、立ち入り禁止措置を強化している。

 薬袋は突き出されていた紙縒のメイスを細腕で押し返し、クスリと笑って複雑な想いのこもった瞳で俺を見た。


「あの子は呪いを受けとるんよ」


 いつになく真剣な眼差しに、芯の通った言葉。

 薬袋はこれまでの彼女とは全く違う、薬袋と言う人物の根本に関わるような、そんな姿をさらけ出していた。

 敵も味方も関係のない。

 ヘカテーと言う共通の人物を挟んでいる、そんな予感を感じていた。

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