(2)『エリアル=レイダー』(改稿済み)
「そういや、なんでフラムに来たんだ? やっぱブラズヘルとの戦争がらみか? それで婆さんに呼び戻されたか?」
エリアルは両手を頭の後ろで組んで校門の柱にもたれかかってそう切り出した。
あいかわらず身体の芯が弱い奴だな。すぐに何処かにもたれて楽しようとする。
「別件だ。詮索はするなよ。俺たち親友だもんな。言わなくてもわかるよな」
これまたわざとらしい棒読みで言ってやったのだが、エリアルはその言葉にニカッと歯を見せて笑い、腕組みをして勝手にわかったような顔をしてしきりにうなずいている。
「おう、詮索はしないぜ! 俺たち親友だからな!」
自分でやっといてなんだが、エリアルよ。それは勘違いだ。
会話の対応レベルを鬼塚と同レベルまで下げたのだが、会話が普通に成立してしまうなんて。
「今はアリアを待ってるんだよ」
アリアと言うのは、ヴィルアリア=クリスティアース。俺よりよっぽど優秀な妹で、俺の乗った船がブラズヘルに拉致られたらしいというおそらく噂を聞いて、ギルドに依頼し紙縒や康平を派遣するほど、俺に関して心配性な面もあるが。
「なるほどな」
「どこにお前が納得する場面があったのか教えてくれないか? エリアル」
「まだ婆さんが怖いのか」
「入試合格最下位のクズ野郎にしてはいい洞察力じゃねえか、コノヤロウ」
「おいソコを突くなよ。喧嘩売ってんのか、オイ」
ニコニコと不気味に笑うエリアルに、ニコニコと不気味に笑いかけてやる俺。
はたから見て嫌になるくらい不気味な冷戦はヘカテーの一言で収束もとい崩壊した。
「2人とも、せっかく涼しい木陰で暑苦しく喧嘩しないで下さいね」
普段の物腰柔らかな丁寧さすら消えたそう言ったヘカテーはからかいを含むようには見えず、姿勢を崩して本気で暑がっているように見えた。
「アル君。妹さんはまだ来ないんですか?」
ヘカテーは気だるそうに俺をちらりと一瞥して言った。
お前、心の中では俺のことをそう呼んでるのか。普段は『アルヴァレイさん』だからな。シャルルの真似なのかは知らないが、そういう意味ではコイツ裏があるよな。
と思っていると、不服そうな目で睨まれた。考えてることが読めるって卑怯だな……。
「そうだった。エリアル、中でアリア見なかったか?」
「そうだった。アルヴァレイ、アリアなら今日は来てないぜ」
「人の妹呼び捨てにするなよっ!」
とりあえず1発殴ってみた。
1発と言わず2,3発。もちろん容赦などしない。
手加減は相手への侮辱と同義だからね。俺は誰かを侮辱するなんて考えたくもない。
「テメェ! 何すんだ、オイ!」
顔を赤く腫らしたエリアルが身体を起こす。
その傷は痛々しくも、エリアルの勲章となりうる傷に……。
「なるか!」
珍しく心を読まれた。
「いやいや、これ以上殴ってもバカにはならないかと思うと、つい」
バカの最上級は鬼塚に続いて2人目だ。
「なんで来てないって言わねえんだよ! 無駄な時間過ごしちまったじゃねえか」
「忘れてたんだよ! っつーか言う機会がなかったんだよ!」
「おい、ミアハート=リベルちゃん。なんで来てないのか理由を知らないか?」
「だからそっちで呼ぶなよ! っつか何でお前が知ってんだよ!」
「いいから質問に答えろよ、ミアハートちゃん。本名ばらまかれたくないだろ?」
「っく……親友を脅迫するか!? 普通!」
むしろ脅迫してるのにまだ親友だと思ってるお前にビックリだよ。
「今、お前んトコに客がきてんだよ。えっと、可愛い女の子と強そうな美人の姉さんと、筋肉が」
ルーナとリィラと鬼塚だろう。しかし、初対面どころか一度見かけた程度だろうエリアルに筋肉と形容させる鬼塚もさすがだ。いつものことだが。
「それにけっこう前に来た女の子1人だな。今はどっかに出てるらしいけど……って聞いてるかー? おーい……」
エリアルは最後の言葉を華麗にスルーされ、不機嫌そうに舌打ちした。
「仕方ない、行こうかヘカテー」
立ち上がりつつ、だるそうに目を細めるヘカテーに手を差し出した。しかしその手はいつまで経っても掴まれることはなく、ため息をついて手を引っ込める。
「……すぅ……すぅ」
とたん静かになると寝息が耳に聞こえてきた。
再びため息をついて、ヘカテーを起こして背負う。耳元で聞こえる寝息はとても穏やかで安らかで、寝顔はあどけない少女のそれだった。
校門を抜け、坂を降り始めても、案の定エリアルはついてくる。
しかもなんかこっちも不機嫌そうだな。
「アルヴァレイ、お前……なんて羨ましいイベント起こしてんだよ」
「突然何だ、意味がわからねぇよ」
「ヘカテーちゃんの胸が背中に当たってるだろうが!」
大声で叫ぶようなことじゃない上に、ほっとくと気持ちよく寝ているヘカテーを起こしてしまいかねないので、この辺でエリアルを排除しなくてはならない。
「エリアル、親友として1ついいことを教えてやるよ」
「んだよ。俺だってヘカテーちゃんと昔なじみなんだぜ!」
嘘設定をドヤ顔で信じ込むエリアルが少し哀れになった。
「さっき庭でお前を熱っぽい目で見てたのはほっといていいのかなー、っと……」
『電光石火』。
まさに稲妻のごとき速さだった。気づいたらいなくなっていた。
「アホだな、アイツ」
実際のところ、熱い視線で見ていたのは妙に角ばった筋肉質の野郎だったわけだが、親友のよしみで黙っていてやることにする。
1人呟くと、違和感に気づいて再びため息をついた。
「起きてるのか? ヘカテー」
背中でヘカテーがもぞもぞと動く。
「おはようございます……アルヴァレイさん」
「いつからだ?」
「2人が私の胸の話で盛り上がってた辺りから……ずっと」
勘違いするな。盛り上がってたのはエリアルだけだ。
何となくまだ寝ぼけてるような口調だから、歩かせるわけにもいかないだろう、と姿勢を直す。
その時、ヘカテーの柔らかな膨らみがアルヴァレイの背中に一瞬押しつけられた。
その弾力に、心臓の鼓動が1度だけ大きくなる。
あんな話をしていたからか、どうしても意識してしまうのだ。
「なんで起きてるってわかったんですか……?」
「人の身体ってのは意識がある時と無い時で身体に入ってる力が違うからな。意識が無い時の方が基本的には重く感じる」
「そうですか……」
ヘカテーは眠そうな声で相槌を打つ。
自分で振った話題のはずだがすでに興味は無くなっているようだった。
「アルヴァレイさん……」
「ん?」
「アルヴァレイさんもやっぱりそう思うんですか……? その、私の胸でも……」
2人揃ってなんでそう公言しにくいような話題を振ってくるんだろう。
というかなぜヘカテー限定?
「だって……あ、いえ……ちょっと気になっただけですから……」
ヘカテーには心が読める。
どうせ嘘を言ったって、本心はバレてしまう。
何も答えなかったとしても、再び話を振られた時に答えが頭に一瞬でも出てこない保証はない。
「そりゃ、ね……」
だから正直に答えた。明言しないように気を付けながら。
「そうなん、ですか……」
ムニュ。
ヘカテーの胸がこれまで以上に強く、俺の背中に押しつけられた。
「ヘ、ヘカテー!?」
「……すぅ……すぅ……」
再び寝息をたて始めたヘカテーに再びため息をつく。
ヘカテーの右目はうっすらと開き、顔を真っ赤にして目の前のアルヴァレイの横顔を眺めていたが、本人はそれに気づくことはなかった。




