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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第3章『マルタ城砦』
58/121

(16)『邂逅』(改稿済み)

「じゃあね、康平」


 気がつくと、いつの間にか紙縒の家の前だった。

 考え事をしている間は結構長かったようで、帰路の途中の記憶がなかった。どうやら、無意識の内に足だけを動かしていたようだ。


「うん、また明日」


 紙縒は綺麗に磨かれた金属製の門を開けると、中に入って門を閉めた。

 そのまま家に入っていくかと思って僕が歩き出そうとすると、紙縒が振り返って何か言いたげな表情を見せた。


「どうかした?」


 迷っているように表情がかたくなっていたので、助け船を出す。

 紙縒と長年付き合ってると、こういうことが度々ある。その度に助け船を出してやると、少し表情を和らげて言いたかったことを口に出すのだ。


「康平……なんか悩んでる?」


 心配しているような表情だった。


「いや、悩んでるとかそういうんじゃないと思うよ」

「何かあったら遠慮なく言ってね? 私、康平の力になりたいから。できることなら手伝いたいから」

「ありがとう。そういう時があったらお願いする」


 そう言うと、紙縒は少し不満そうな顔をした。

 しかしすぐに『じゃね』と言って玄関の扉を開け、中に入っていった。

 ガチャリと重く響く扉の閉まる低い音を聞いて、再び歩き出す。歩き出した、といっても結局十数歩の後に歩く必要は無くなるのだが。

 狗坂家と衣笠家は隣接していて、それぞれの家の間には庭がある。ところが何故かはよくわからないが、この庭、狗坂家と衣笠家の敷地を分かつ柵や塀といったものがなく、まるで敷地の中央に中庭があり、それを挟んで二棟ふたむねの民家が建っていると言う訳のわからない状態なのだ。

 僕と紙縒が、幼なじみという意外とありそうで結構レアな関係になれたのにはそういった環境の要因も一枚噛んでいた。


「……ただいま~」


 所々にサビが目立つ鉄の門扉を開けて、中に入る。

 そして、玄関の扉を開けながら、ふと目を衣笠家に遣ると、ちょうど紙縒が部屋に入ったのが窓から見えた。


「お帰り、康平」


 僕の母親、狗坂(くさか)美乃梨(みのり)が廊下の奥のリビングから顔を出した。

 狗坂家には父がいない。とは言っても別に死んだとか出ていったとかの重苦しい話じゃない。

 あまり家に帰ってこないだけだ。

 父のことを美乃梨さんは放浪癖だと言って笑うが、ただ単に海外出張などでなかなか帰ってこれないというのが実の所だ。そんな話は置いといて。


「うん、ただいま。美乃梨さん」


 適当に手を振って返す。美乃梨さんは年の割に若々しく見える。

 20代前半に悪魔と契約でも交わしたのかと町でも噂されている、らしい。そのためか、母親であることを示されて年齢を思い出してしまうのが嫌いで、家の中では美乃梨さんと呼ぶことになっている。

 あいにく子供の頃からそうだったからあまり違和感を感じないが。


「康平、病院行かなかったでしょ?」


 靴を脱いだ時そう言われてギクッとし、危うくバランスを崩すところだった。


「行かなきゃダメでしょ~」


 たしなめつつも、『たまにはいいか』的な気分だったのか。そのままリビングのドアを閉めてしまった。

 玄関の正面にある階段を上がる。僕の部屋は2階の一番手前、つまり玄関側の部屋だ。

 ちなみに、庭向きの窓から紙縒の部屋の中が見えるが、今さらながらあまり気にしたことはない。美少女、紙縒の生着替えが見れるなんてことはないから浅はかな浅ましい期待はしなくていい。

 部屋に入ると、床に鞄を放り投げて、部屋着に着替えるとベッドに身を投げ出した。


「ふわぁ……ねむ」


 久々に長々と歩いたせいか足に程よい疲労感が残り、僕の意識は確実かつ急速に眠りの世界に誘われていった。






「康平、お客さん」


 起こされた時に最初に聞いたのは、美乃梨さんのそんな言葉だった。

 ベッドから身体を起こして時計を見ると、時計の針は8時を回っていた。帰ってきたのが6時頃だから2時間ほど寝ていた計算になる。


「ご飯は?」

「私は先に食べました。そんなことよりお客さんだよ」

「今、僕の栄養接種の大事な機会をそんなことって言ったよね……? まあいいか。お客さんって誰? 紙縒?」

「ううん、もっと小さい女の子。待たせてるから、早く行きなさい」

「はいはい」


 美乃梨さんは先に部屋を出ていった。階段をおりるトントンと木を叩く音が聞こえてくる。

 僕は伸びをするように立ち上がると、部屋を出た。


「お客さん……ね。誰だろ?」


 階段を半分おりたところであることに気がついた。


“今晩迎えを遣りますので何処にも行かず、家で待っていてくださいね~?”


「あ……」


 あの電話の向こうの小さな女の子の声。その声と不釣り合いな言葉。


「……まさか、ね」


 ありえないと思っていても、自分の部屋に引き返して携帯電話をポケットに無造作に突っ込んでしまうのは何故だろう。

 万が一のことを考えたのか、それともただの気まぐれか。


「確か充電はできてるはず……」


 自分でも何故こんなことを口走っているのかわからなかった。

 そして僕は玄関に立った。


「……何でも来い」


 靴を履いて靴紐をしっかり結び、扉の取っ手に手をかける。そして、開いた。

 扉の隙間から生暖かい残暑の夜風が入ってくる。ぬるい空気が首筋を吹き抜けて、ただでさえ緊張で強ばっていた身体を震わせる。


「狗坂康平くんですよね~?」


 突然前からかけられた声は電話の向こうの声と同じ話し方だった。

 その声に身体が勝手にビクッと震え出す。何でもない、ただの女の子の声なのに。


「いてよかったです~」


 その声の主は門扉の上に立っていた。

 まず目に入ったのは、黄色と紫のツートンカラーだった。

 表が紫、裏地が黄色の物語に出てくるような魔女のかぶるような帽子。それとその下から覗く可愛らしい女の子の顔。同じく表が紫、裏地が黄色のマントローブ。そのローブの表には、黄色いぐるぐるの渦巻き模様が所々に飾られている。ローブの下には黄色と紫の横縞模様のタンクトップを着て、下には紫一色のショートパンツをはいていた。


「君……誰?」


 少女の手から目を逸らしつつ、少し声を低くして言った。

 なぜ逃げなかったのか、と言われると足が動かなかったとしか言い返せない。


「私に関しては誰より()が正しいですが~。申し遅れました~。私は特別遺失物取扱審査官チェリー=ブライトバーク=鈴音(りんね)と申します~。転生のほうじゃなくて、鈴の音の方ですのであしからず~。私はご存じの通り、貴方を迎えに来たのですよ~」


 コロコロと鈴が鳴るような声でチェリーと名乗った少女は言った。


「特別……何?」

「特別遺失物取扱審査官です~。さあ一緒に来て貰いましょうか~。狗坂康平、いいえ。『狂悦死獄(マリスクルーエル)』」


 とりあえず何を言っているのかがわからなかった。チェリーは戸惑う僕の姿を見て、クスクスと笑った。


「どうせわからないでしょうが、別に結構ですよ~。ここでは貴方は一般人と何も変わらないですから~」


 チェリーは門扉から音もなく飛び降り、すたすたと僕に歩み寄った。右手に持つそれを隠そうともしないで、左手で僕の手を握った。


「え、ちょっ……」


 子供とは思えない力だった。振りほどこうと、力を入れて腕を振ってもびくともしない。その瞬間、首筋に冷たいそれが当てられた。

 少女が最初からずっと右手に持っていた巨大な銀色の鎌。その鋭い光沢を放つ刃が首の皮膚に食い込み、一筋の生温かい液体が首を伝っていくのを感じた。


「大人しくしないようなら破壊も許されるのが特別遺失物取扱審査官なんですよ~。ぐちゃぐちゃ騒ぐようなら、グチャグチャにしますがよいですか~?」

「っ……」


 僕が腕から力を抜くと、チェリーはニコリと笑って凶器をどけた。生きた心地がしなかった。今もしてはいないのだけれど。


「それじゃあ見つからない内に早めに逃げますので~。あ……」


 先に立っていたチェリーが、振り向いたと思ったら口に手を当てた。悪戯を咎められた子供のような表情になり、そのままゆっくりと後ずさる。


鈴音(りんね)


 僕が振り返ろうとしたその瞬間、静まりかえる住宅街に凛とした聞き覚えのある声が響いた。

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