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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第3章『マルタ城砦』
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(15)『違和感』(改稿済み)

「紙縒。僕はいったいどうすればいいんだろうね」

「店の商品とか見て私か店員さんと盛り上がっていればいいんじゃないの?」


 僕は、今さらながら紙縒の事は放っておいて病院に行けば良かった、と後悔していた。


「そんなことしたら僕はどうかしてしまいますが、いいんですか……?」


 めまいがする。意識も朦朧としてきた。今すぐにここから逃げ出したいのに、紙縒は僕の手をガッチリと掴んで離してくれそうにない。

 拷問でもしたいのかな。


「なんで僕が下着屋についてこなきゃいけないの……?」

「下着屋じゃなくて、ランジェリーショップ。いいじゃない。男が入るぐらい、今さら誰も気にしないわよ。さすがに商品にベタベタ触ったりしてたら引くかもしれないけど。私が近くにいれば大丈夫よ」


 紙縒は周りからの視線を感じないのだろうか。

 レジの店員さんなんか、カウンターから出てきてまで見てるじゃん。

 あっちのおばさんなんか苦笑いで顔がひきつってるし。ただの嫌がらせ目的でここに連れてきたんじゃないか心配になってきた。


「聞いてるの? 康平」


 怒った顔も可愛いってのは、子供の時からその顔を見てる同志の皆さんは言わないと思う。

 こんな美少女を子供の時から見ていたら無意識の内に、美しいの水準が高くなってしまい、それ未満に対して何の感想も得られなくなる――――というわけでは()()けれど。


「ああ、ゴメン。何だっけ?」


 どうやら僕が早急に謝ったおかげで、急性不機嫌症候群は発症せずに済んだようだった。

 紙縒はムスッとしていた顔を笑顔に戻して笑いかけてくると、ほら、と言った。


「似合う?」


 紙縒は悪戯っぽい小悪魔的な笑みを浮かべて、僕を見ていた。そして、胸の辺りに掲げて身体のラインに合わせるように持っている胸部用下着、つまりブラを見せつけていた。


「あ……っ」


 一瞬心臓の鼓動か呼吸、その2つの少なくとも一方あるいは両方が確実に止まった。

 顔がカーっと熱くなり、口をパクパクさせる。

 紙縒の胸はいまだに発展途上だが、高校1年の中ではまだ大きい方な訳で、目の前でブラなんか見せられたら着用図を少なからず想像してしまうわけで……つまり何が言いたいかというと、要するに多分。


「な、な、な、なーっ!」

「アハハハハハ、康平顔真っ赤だよ!」


 そんなことをこんな場所で大声で叫ばないでよ。羞恥心というものはないの!?


「幼なじみだからって、こんなところに男子高校生を連れてくるなよな……。紙縒だって自分の着てる下着の趣味を知られても平気なのか?」

「へ……? あ」


 あれ、なにこの反応……と思いつつ、嫌な予感が胸をよぎる。

 紙縒はキョトンとした顔で、見せびらかしていたブラと僕の顔を見比べるように視線を移す。

 それに合わせるように、紙縒の手元と顔を行ったり来たりする視線。目が合う度に紙縒の顔は頬から紅く染まっていき、瞬く間に顔中真っ赤になった。

 そして、さっきの僕同様に紙縒は口をパクパクさせると、一息に叫んだ。


「バカ――――――ッ!」

「バカは紙縒の方じゃないか!」


 たとえ学校の成績が良かったとしても、こういう些細なところにこそその本質は見えてくるものだ。今まさに現在進行形で、紙縒はただのアホの子だった。


「え!? え!? なんで康平がここにいるの!?」

「連れてきたのはそっちでしょ!」

「信じられない!」

「信じられないのはそっち! ……とりあえず一度落ち着いて、店の外で待ってるから早く買う物決めて、出てきて」


 紙縒はガクガクと首を縦に振ると、商品を持ったまま駆けていき、瞬く間に店の奥に姿を消した。


「はぁ……」


 周りからの視線なんか感じない……。

 感じないから気にならない……。

 歩幅を大きくとり、店の中を早めに歩き、外に出た。店の入り口に立っていた店員さんの言葉が『ありがとうござひっ』で止まったのは気のせいだと信じたい。


「っと……」


 店の外は雨が降っていた。

 かなり控えめな小降りの雨、小雨というやつだ。地面のタイルにまだ濡れていない所があるから、降りだしたのはつい今さっきなのだろう。少し急ぎ足になっている人は多かったが、傘をさして歩いている人は少なかった。

 そんな中、違和感を感じた。

 今見ている光景の中に、明らかにおかしい現象がある。

 康平はいつのまにか視線を泳がせ、その違和感の原因を探っていた。

 それを探していた時間は1分もなかったと思う。

 僕はその異常に気づいた。いや、気付いてしまった。

 街並みの奥に視線を集中する。大通りを挟んだ目の前にそびえ立つ高層ビルの壁面に違和感の正体はいた。湾曲した鋭い何かを持った小さい人影。雨が降っているのにそれに動じることもなく、重力なんて存在しないかのように壁面に対して直立していた。


「……!?」


 思わず目を擦った。


「何してるの?」

「おわっ」


 突然肩を叩かれたのに驚いて、振り返りつつ飛び退いてしまった。

 声の主は紙縒だった。

 突然挙動不審になった僕を見て、呆気にとられていた。

 キョトンとした顔から心配そうな顔になり、うつむき加減の僕の顔を下から覗いてくる。


「どうしたの、康平?」

「え? あ、いや……」


 曖昧に誤魔化しつつ、再び視線をビルの壁面に戻した。

 しかし、そこに小さな人影はなかった。違和感も完全に消えて、いつもの街並みに戻っていた。

 日常生活で、特に気にかけることもない街の姿に。


「……何でもないよ」

「……そう? やっぱり病院行く?」


 紙縒の声色は心配そうに低く、何かを恐れているかのように弱々しかった。

 あまり見ない殊勝な態度だ。珍しい、そう思ったその時に紙縒の今の気持ちに気がついた。


「別に怒ってないよ」

「えっ……ううん、怒ってるとか怒ってないとかは気にしてないよ、うん」


 声が裏返ってることに気がついてない辺り、つくづく嘘をつくことに向いてない奴だ。

 嘘をつけるのには向き不向きがあるって話を実感できる瞬間だった。

 何となく視線を下げると、店の物らしき紙袋を鞄と一緒に手に提げていた。

 見た限り、結構丈夫そうないい作りをしている。

 康平からすれば中が見えなきゃいいんじゃないの? といった感想を抱くほどの上質な紙袋だ。

 そうやって見ていると、紙縒はその紙袋を丁寧に折り畳み、鞄の中にこれまた丁寧に仕舞い込んだ。

 元々紙袋なんてかさばる前提の包装だ。

 そんなものが学校指定の革鞄に入っているんだ。

 どう見ても、持ちにくそうだった。どころか鞄の口も閉まらないようだ。


「そのまま手で持ってけばいいのに」


 感想を素直に口に出すと、紙縒は呆れたような顔になり、やれやれといったようにため息を吐いた。


「康平ってその辺、人間の気持ちわかってないよね~」

「なんかその言い方だと、僕が人間じゃないみたいだね……」


 『人』の気持ちの方じゃないかな。


「あのね、あの店は女物の下着しか売ってないのよ? そんな店の紙袋普通に持ってたら、下着買いましたって言ってるようなものじゃない。わかる? よね」


 確かに、と思った。

 でもそれ以上にそこまで考えが至らなかったとはいえ、紙縒に諭されたことにショックを受けていた。基本的に理屈の欠片もないあの紙縒に。


「ねえ康平、雨が大降りにならない内に早く帰ろうよ」

「あ、うん」


 何とかショックから立ち直り、前に立って歩き始めた紙縒の後ろを追いかけるように歩き出した。

 その後の僕は帰路の間中ずっと、今日の異常について考えながら歩いていた。

 不気味な電話。

 ビルの壁面に立つ人影。

 後者は見間違いだったかもしれない。

 雨が降っていて辺りは薄暗かったし、鳥か何かが横切ったのが人に見えたのかもしれなかった。

 しかし、電話は違う。悪戯だとしても、悪趣味だった。


“今晩迎えを遣りますので何処にも行かず、家で待っていてくださいね~?”


 背すじが震えた。

 あの時聞こえてきた小さな女の子のような声。声音から年端もいかないことがわかる。そんな子供があんな冗談を言うだろうか。普通なら否だ。だからこそ不気味で、怖く思うのだから。

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