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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第3章『マルタ城砦』
59/121

(17)『強制転移』 (改稿済み)

「何をしているの、鈴音(りんね)。答えなさい」


 僕が振り返ると、そこにはお気に入りの薄い黄色のキャミソールを着て、右手を上に挙げた格好の紙縒が立っていた。


「アハハ、バレてしまいましたね~。なかなか勘が鋭いようでよろしいのですよ~、衣笠(きぬがさ)紙縒(こより)特別遺失物取扱審査特例管理官サマ~」

「どういうことですの、鈴音。貴女(あなた)の管轄はこの地区ではないのではなくて?」


 紙縒の様子もおかしい、悠長にそんなことを考えていた自分が混乱していることに気づいたのはまだ運がいい方だろう。最初から意識すべきだったものをわずかな時間だけとはいえ意識外に追いやろうとしていたのだ。

 紙縒の挙げた手の先に掲げられたモノの全容を。


「答え次第ではお前を破壊することも(いと)わないわ。制限付きとはいえ、私にはその権限があるもの。それに――」


 紙縒はスッと流し目を僕に向けてくると、


「――この状況、躊躇う理由も――」


 ない、と強く言い放つ。

 まるでその言葉自体に殺意を込めるように。


「紙縒……?」

「申し訳ないとは思うけれど、康平さんは静かにしててもらえるかしら。今は鈴音と()()()いるの」


 紙縒の手に握られ、細い腕で支えられた物。

 細い持ち手(グリップ)が2メートル近く伸び、その先端に巨大で無骨な金属塊が配されている。

 敵の肉体を叩き潰すことだけを目的として作られた武器――メイス。

 月明かりを受けて白銀色に光るそれは、華奢な紙縒の印象と不釣り合いで――――酷く不格好だ。


「こんな危険なルーラーは早めに壊すべきなのですよ~。何故それがわからないのです~? とはいえ私は破壊の権化ではなく、あくまでも徴悪の化身ですので~。わざわざまだ何もしていないルールを壊すつもりはないのです~。だからせめて私たちの監視及び管理下に置いてですね~」


 チェリーがくすくすと笑いつつそう言った瞬間、紙縒が睨むような視線で彼女を威圧する。

 視線だけで人を殺せるかというような凶々しい殺気を孕んでいて、そこにこめられた悪意を感じ取っただろうチェリーは身をすくめて、もう1歩後ずさった。しかし紙縒もチェリーの後退に合わせるように1歩前に出る。


「薬漬けにして意識を殺し、生かしつつ保菅するのは監視及び管理と言いませんのよ? この行動に出た理由がその程度なら私は貴女に懲罰を与え――いえ、()()しなければなりませんの。貴女にその覚悟がおありかしら?」


 ググッとメイスを持ち上げる手を少し引いて、紙縒は言う。

 わかる――まるで姿勢を低く構えた肉食獣のような気迫。最初の一撃で仕留めるつもりなのだと、何故かわかる。

 逃げろと訴える生存本能の為せる業か。

 しかしチェリーは、その緊迫した空気すらものともしない様子で


「ぷぷっ♪」


 吹き出した。


「あははははははっ!!!」


 後に続く高笑い。

 家々の中にも確実に聞こえるような甲高い声だったにも(かか)わらず、動きを見せる家はなかった。

 当然例を(たが)わず、美乃梨さんも出てくる様子はない。


「何か気に障ることでもありまして?」


 紙縒はチェリーの物言いに苛立ちを隠さず、さらに棘を含んだ言葉を投げかける。

 いつも一緒だったからわかる。

 アレは本気で怒っているんだと。


「いえいえ~。特例管理官ともあろう方が随分とこんな()をね~。(うつ)ろに(うつつ)を抜かしておられるもので~。ちょっと笑いが(こら)えられなくなったのですよ~」


 グシャッ!

 視界を斜め上から下に何かが横切り、生々しい音が耳に残る。

 気がつくと紙縒の振り下ろしたメイスが道路にめり込み、その下のアスファルトにひびが走っている。

 再びゆっくりと持ち上げられ、紙縒の頭上に掲げられたメイス。

 その後に残った陥没するアスファルトの上に――赤い液体が裂けた肉の間から噴き出し、元の形から滅茶苦茶に変形し、所々の表面が裂けて赤い肉片や白い骨が覗いているそれは――――腕。

 小さな女の子の腕だった。

 その腕は肩口のところで引きちぎられ、ボロ雑巾のように道路に転がっていた。

 目の前の猟奇的な光景に、喉を絞められるような感覚を憶える。


「特別遺失物取扱審査法を適用。特例管理官、衣笠紙縒の名において、登録27番『戦々狂々(ドッペルシュナイデ)』チェリー=ブライトバーク=鈴音(りんね)を危険因子と見なし破壊します」

「私の腕……」


 チェリーは路上でグチャグチャに潰れている腕を見て、さらに自分の左肩に視線を移した。肩の部分から大きくもぎ取られ、ボタボタと鉄錆の臭いがする液体が流れ出している。


「失言を謝罪しなさい、鈴音」

「私に物理痕が効かないことぐらい貴女は知っているはずなのですよ~?」


 千切られた腕を見下ろして、へらへらと笑うチェリー。

 不気味な光景だ。鮮血が飛び散っているにもかかわらず、チェリーも紙縒も動じてすらいない。

 まるで、僕だけがおかしいみたいに。

 ありえない。狂っている。

 僕以外の何もかもがずれているはずなのに、僕だけがずれているように錯覚してしまう。


「命ある人間風情が粋がるな、なのです~」

「黙りなさい、鈴音。私はお前を粉々に砕いてその中身の人格制御チップを破壊しても構わないのよ?」


 グシャッ!

 再び振るわれた紙縒のメイスの尖端がチェリーの右足を()ぎ取り、バランスを保てなくなったチェリーはもんどりうって路上に倒れた。


「さすがに弱く弱々しい人間は面白可笑しく可愛いですの~。このぐらいで私を止められると思わないことが1秒寿命を延ばすのですよ~」


 グジュジュ、ズルッ。

 腕が、脚が、生えた。いや、失われたそれらではなかった。


「――この化け物が」


 肩から生えたのは、無機質なロボットアーム。

 その先端に取り付けられていたのはBarrett(バレット) XM109 25mmPayload(ペイロード) Rifle(ライフル)

 現行最強とも称されるバレットM82(メタルイーター)系最大口径の対物狙撃(アンチマテリアル)ライフルだが、一般人でミリタリーマニアでもない康平がそんなことを知る由もない。

 使用する25x59Bmm NATO弾は遠距離からの狙撃でも戦車の装甲を易々と貫き、人に対して使おうものならかするだけで肉が消し飛ぶ。

 そんな馬鹿げた性能を叩き出すほどの巨大な銃を、そのロボットアームで軽々と振り回してみせる。

 そして千切れた太ももの辺りから飛び出したのは、アスファルトの上でギリギリと耳に障る金属音を奏でるキャタピラだった。

 迷彩色の装甲には傷ひとつなく、わずかに動くだけでガチャガチャと鳴る駆動音がその重さを物語っている。どちらも人の身体から生え得るものではなく、どちらも兵器もしくはその一部だった。


 チャキッ。

 チェリーは右手に持った鎌の刃先を紙縒に突きつける。


「私の中にある1億8000万の断罪報復兵器、それらすべてが相手です~。殺し合いましょう~、ただどちらかの死を求めて~」


 言い終わると共に、チェリーは何の躊躇いもなく右手の鎌を上段から紙縒に振り下ろした。紙縒のメイスがその鎌の刃を受けて、不快な金属音を奏でる。


「何てね~♪ ですよ~」


 チェリーは突然、笑った。そして、何処からともなくその小さな手に握りこんだ球状の小物体。


「私()はこっちで昇進しますので~。()()はあっちで好き勝手やってください、衣笠(きぬがさ)~。私様(わたしさま)はお前が嫌いなのですからして~」


 チェリーが何処からともなく握りこんだのは、銀色に輝く小物体。

 知る者が見ればその形は手榴弾のようだと形容するだろうが、それを見た紙縒はそれとは似ても似つかない効果を生む別の物を頭の中に描いていた。


「鈴音、お前それを何処で……!?」

「この程度の技術、機界(マシーネ)出身の私には造作もない作業ですが~。それに忘れてもらっては困ります~。不本意ながら私の父親は、稀代の変態、っと間違えた。『狂喜の科学者』ですので~」

「くっ!」


 一歩前に踏み出した紙縒のメイスがチェリーの頭を叩き潰した瞬間、その手から目の前に放り出された小物体は紙縒と僕の目の前で破裂し、空中に複雑な幾何学模様を描いた。

 そして、まばゆい閃光が世界を塗り潰した。


「食うより食らえ、時間転移特殊弾(D・Dグレネード)。あっちでくたばれ、死に損ない!」


 頭部ごと口すら失ったはずのチェリーの叫び声は、その光の中でさえはっきりと僕の耳に届いた。

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