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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第3章『マルタ城砦』
53/121

(11)『薬師寺丸薬袋』(改稿済み)

 船上――。

 甲板は、リィラに殴られエヴァに蹴倒されて気を失ったり、腹や脚を押さえて呻いている兵士たちで覆い尽くされていた。中には頭に一撃を食らい、悲鳴もあげず昏倒した兵士もいる。

 ちなみに俺は何もできなかった。名誉のために言っておくが、俺が弱いわけではない。俺と対峙していた相手がリィラとエヴァの攻撃の余波だけで、薙ぎ倒されていくのだ。

 恐ろしいのか頼もしいのか、ただ1人も死者がいないのには驚いたが。


「あと5人!」


 残っているのは明らかにまだ20人ほどいるが、リィラにとっては20も5も変わらないのだろう。

 その証拠に十数秒の(のち)には、名実ともに5人になった。


「これで終わりだ!」


 リィラがその5人に向かって、猛突する。が、その時――どかっ!!!


「わぷっ!?」


 リィラが派手にすっ転んだ。その横で足を低く突き出しているエヴァ。彼女が足を引っかけたのだ。


「な、何をする!」


 顔を押さえたまま、すぐさま立ち上がったリィラはエヴァの胸ぐらを掴んだ。


「感謝して欲しいですね。今、あそこに行ったら、死んでたかもしれないんですから」


 何かを知っているような口ぶりでそう言ったのは、姿こそ違えどヘカテーのようだった。実際、その直後ぐにゃりと歪んだその姿は可憐なヘカテーの姿に戻る。


「お前、何を言って……」

「ウチに気付いたんは、そのお嬢さんが2人目やわ。えらい“外れた”娘たちを連れてはるんですなぁ、少年」


 突如、聞き慣れない女の声がした。その声のした方向――船の舳先に視線を移す。


「また()うたなぁ、少年」


 胸元を大きく開くようにわざと着崩している着物。足の裾も大きく縦に切り開かれ、太股まで覗いている。次に地につくほどに長い黒髪。そして、端正な顔立ちに見える顔の上半分を覆うような黒い目隠し布。その着物の着崩しや、豊満な身体つきが妖艶な印象を醸し出している。

 リィラとの賭け試合で俺に賭けていた女性だった。


「お前……薬師寺丸薬袋(やくしじまるみない)ね」


 ヘカテーがそう言った。


「あらあら、ウチの名前まで。ほんに驚かせますなぁ。大人しく船でおねんねしてれば、ウチの子らに可愛がってもらえたのになぁ。今からじゃせいぜい使()()()()だけ。なぁんも気持ちええようにはしてもらえへんよ? 可愛ええお嬢ちゃん」


 怒りと羞恥で顔を真っ赤にするヘカテー。

 そんなヘカテーに追い討ちをかけるように、目の前の女、薬袋は嘲笑った。


「もっともあの快楽も知らんようなウブな生娘みたいやし。無理強いするのも悪くはないなぁ。連れてかえって、めちゃめちゃに壊してやるのはいかがどす?」

「貴様、人間の分際で私に勝てるとでも? この『ティーアの悪霊』に!」


 ヘカテーがそう叫ぶと同時に、残っていた兵士たちが怯え震えながら、無様な悲鳴をあげて逃げ始めた。ティーアからかなり離れているだろうこんなところにも話ぐらいは通っていたのだろう。

 それぐらいの怯え方だった。

 しかし、薬袋はそんなことは意にも介していないと言うように、クスッと笑った。


「まったくだらしない子らやねぇ。このぐらいで簡単に逃げるなんて。帰ったら……お仕置きやわぁ。さて、ティーアの悪霊()うたなぁ……よろしおす。薬師寺丸(やくしじまる)薬袋(みない)、小ぶりの獲物でも喜んでお相手させていただきますえ」

「そっちこそ小物のくせに……! シンシア!」


 そう叫んで、ヘカテーは右から左に手を振った。


「またシャバか~なんて暇はないんですね。誰かは存じませんが、何となくボンキュ的な体型がムカつくので消し飛ばします」


 表も裏も理不尽な理屈だった。

 再び姿を変えたシンシアの周りに展開される巨大な魔法陣(ルーント)。それら全てが見たこともないような複雑なものだった。


「えらい『(ことわり)』を持ってても、ウチのモノには敵わへんえ?」


 至近距離。背後からかけられた声に気を取られる。

 一拍遅れて薬袋の姿が目の前から消えたことを認識した瞬間、俺の背後から細い腕が伸びてきて首に回された。同時に肩から背中にかけて押し付けられる柔らかな肉圧と温もり。


「え?」


 俺は瞬く間に俺の背後に移動した後ろから抱きすくめられていた。他ならぬ、薬師寺丸薬袋に。動く、その気配すら感じない内に――。

 特別、力をこめられているわけでもない。それなのに、その腕を振りほどけない。何故か身体がすくみ上がるような感覚に支配され、思わず薬袋に身体を預けている。

 そして薬袋は俺の耳元に唇を寄せ、


旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)を2人も連れとるやなんて、ウチ、興味出てきたわぁ」


 唇が俺の頬に軽く触れ、思わず右手の短剣を取り落とす。


「アルヴァレイさんから離れてえぇぇぇぇッ!」


 シンシアの叫び声に呼応するように、全ての魔法陣(ルーント)が瞬いた。


「クライシスカノン!」


 広範囲大規模多角遊撃魔法、クライシスカノン。

 新暦300年頃、特別強力な魔法技術を持つマリスと言う王がいた。

 冷酷で残忍なマリスはその優れた魔法センスを駆使し、自ら指揮した魔導騎士団で大陸の半分を滅ぼし、自ら『狂悦死獄(マリスクルーエル)』と名乗った。

 しかし、その覇権もつかの間、腹心の部下だったアゼルが魔物用の封印式を用いて、マリスをある森の大樹に封印した。しかし、マリスは封印の直前にその支配した国全土に向けて、破壊の魔法を撃ったとされている。

 その魔法として文献に記されているのがクライシスカノン。

 要するに、古代の殲滅魔法だ。


「確かにウチはあんたらの敵どす。でもなぁ……そないな過ぎた力振りかざして、おいたしたら……()()()()?」


 普通に口にした、その気迫だけで空気がビリビリと震え、シンシアがビクッと怯んだ。まるで圧倒的に巨大な生物を前にしたような感覚が全身を襲う。同時にルーナの小さな悲鳴が聞こえてきた。

 しかし、既に発動が確定した魔法陣(ルーント)は止まらなかった。

 船を取り囲むように散らばり、周りに展開した魔法の照準は船に向けられている。そして、空中に浮かぶ巨大な陣から光の束が顔を覗かせた。

 みるみるうちにその光の束は大きくなっていく。


「死にとうなかったら動かんことや。ウチは死人を出したいわけやあらしません。少年、ウチは悪い女や。でも腐ったつもりはないんよ」


 薬袋は俺の耳元でそう呟くと、身体を離した。

 首に回されていた腕も引かれ、振り返ると薬袋の姿はそこにはなく、物陰に隠れていたルーナのそばに間で瞬く間に移動している。


「ルーナ!」

「動くな!」


 駆け寄ろうとしたところを薬袋に一喝される。それだけで身体が動かなかった。


「アルヴァレイ! 私が――」


 リィラの言葉は続かなかった。これまた、瞬く間にそばに移動した薬袋の指がリィラの首筋を這い、その言葉を押し留めていた。


「きれいな肌しとるなぁ。うらやましいわぁ、可愛ええお嬢さん。でも、ちょっとの間大人しくしてなきゃあかんえ? まだ2人も世話やかせがおるさかいなぁ」


 リィラの身体が力無く崩れ落ちる。薬袋はその頭を打たないようかばいながら、そっと横たえた。


「あとはあのアホなお2人……」


 そうか、リクルガとか言う赤い騎士甲冑の男だけでなく、鬼塚まで助けるつもりなのか。

 容易に予想できるアホな2人だ、などと思っていると、薬袋は既に赤い騎士甲冑と筋肉の塊をその細い肩に乗せて、俺の方に歩いてきていた。


「よう間に合ったわ~」


 いつのまにかルーナとリィラまで俺の近くに寄せられている。

 とその時、魔法陣(ルーント)が火花をあげた。


「死んじゃえ~っ!!!」


 シンシアは頭に血が昇り、我を忘れている。


「確かに薬袋も死ぬかもしれないけど、俺らも死ぬから!!!」


 俺の叫びも虚しく、魔法陣(ルーント)の近くで光の束がキリキリと収束し、船に向かって放たれた。


 ――着弾。

 轟音と共に船が傾く。さっきまでたくさんの人が乗っていた船が、数秒間で蜂の巣になり、次の数秒で真っ二つになって、激しい水柱をあげて渦を作りながら、瞬く間に沈んでいった。


(なっ……!)


 その様子を俺は()()()()()()()()

 いや、正確に言えば甲板の一部だ。船が沈んだにもかかわらず、甲板の前半分、俺や倒れた兵士達のいる部分だけが何事もなかったかのように残っていた。


「何を……したんですか……?」


 甲板は浮いていた。

 いや、浮いていると言うよりは、動いていなかった。しかも、その下の海に一点の影も落としていない。まるで何もないかのように。


「あんさんらを助けるために、()()()だけ。おもしろかろう?」


 その瞬間、グラッ――と頭が揺れ、意識が急に薄れていく。


「ウチは『悪い女』で『敵』ですえ?」


 薬師寺丸薬袋は嘲笑った。高らかに笑っていた。

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