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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第3章『マルタ城砦』
52/121

(10)『リクルガ』(改稿済み)

 ブラズヘル隠し軍港、停泊船甲板――。


「そこの筋肉ダルマぁっ!」


 俺たち(主にリィラとヘカテーだが)が立ちはだかり追ってくる敵を一撃で薙ぎ倒しつつ、甲板と繋がる階段を上り切ったちょうどその時。侮蔑している対象が容易に想像できるような形容を言葉にして表している台詞が聞こえてきた。聞いたことのない、若い男の声だ。


「よくぞ私の部下をひとひねりにしてくれたな!」


 ……? それは誉めてるのか……?


「意味がわからんぞ、貴様」


 さすがの鬼塚でも気付いたらしい。あるいは言葉自体が理解できていないだけなのかもしれないが、いくら鬼塚が馬鹿を超越した存在でもさすがに普段使っている言語が唐突に理解できなくなることはないだろう。……たぶん。


「よくも私の部下をここまで倒したものだ……。だがしかし! このリクルガが相手なれば、貴様に勝ちはないと思えッ!!!」


 さっきの台詞を無かったことにするつもりのようだった。なかなかどうしてすごい奴だ。


「ぬぅ! 貴様、汗がすごいな……。む? よもや同志か?」

「それが多汗体質のことを示しているのであれば、否と答えよう! これは海水であり、汗ではない!」

「……ならば何故、貴様はびしょ濡れになっている? 貴様バカなのか?」

「っく! 貴様こそ馬鹿と言われて、(いな)と答えられるのか!」

「ふははは。当然、(いな)だ! 俺は馬鹿ではない。筋肉だ!!!」


 傍から聞いてるだけでもただの馬鹿同士の遣り取りだ。見ろ、こっちに背を向けているとはいえ、甲板に見える限りの立している敵兵全員が呆けて、まったく動いてないぞ……。

 俺たちが呆れながら歩を進めると、鬼塚の姿が見えてきた。


「あいつは何をやっているんだ……?」


 鬼塚は何を考えているのか……倒立姿勢だった。

 うん、何故(なして)


「た、たぶん筋肉の神様が倒立してたんじゃないですかね?」

「まあ、いい。リクルガだかなんだか知らんが、とりあえず全員制圧するぞ。アルヴァレイ、敵の数はッ?」

「え、えっと……敵影……たぶん30ぐらいかと……?」

「たぶん? ちっ、役立たずめ。そのぐらいまともに答えろ」


 理不尽だった。無茶振りにも程がありすぎる。

 そもそもここからじゃ死角が多すぎて甲板の半分近くが見えないし。


「鬼塚ぁっ! そこの男はお前に任せた! 足止めだけでいい。(頭はともかく)戦いの腕だけならおそらく強い。気を付けろ!」


 俺には(カッコ)の中の声が聞こえた気がしたんだが……。

 そこの男――赤い騎士甲冑を身に纏い、いかにも業物と言う感じの両手剣を構えた比較的若い男――は鬼塚の前に対峙している。文字通り水も(したた)るいい男といった感じだ。


「殺すなよ」


 リィラの馬鹿にするような一言でその赤い騎士甲冑はブチキレた。

 リィラさんも騎士(今も一応エルクレス軍に籍を置いている)だが、特に家柄の高い家に生まれた軍人は下に見られることに耐性がない。周りがへつらいすぎて駄目になることが多いのだが、その点リィラは珍しい場合と言えるだろう。


「貴様、私を愚弄するか! このリクルガ、このような筋肉ダルマに負けるほど、柔な鍛え方はしてはいない! ただで済むと思うなよ、女!」

「はッ。さすがブラズヘルの犬はよく吠えるな。そもそも愚弄する気も何も愚弄しているんだ、馬鹿め。さっきまでのやりとりでお前は鬼塚と同じタイプとみた。つまり、頭脳(おつむ)が残念な戦闘タイプだ」

「待てぃっ!」

「何だ鬼塚、何か不平があるなら言ってみろ」


 リィラでも珍しい方の超上から目線。


「俺は馬鹿ではない。筋肉だ!」


 鬼塚が物申す。もとい、鬼塚が馬鹿申す。

 その反応にリィラはチッと舌打ちをして、瞬く間に飛び出し鬼塚の背後から間を詰める。それと同時に隣からヘカテーの『お願い、エヴァ』との呟きが聞こえ――ドグッ。


「うぉぶっ!」


 鬼塚の背中にリィラと姿まで変化したエヴァの足が食い込んだ。一瞬の間を置いて、前につんのめるように吹き飛ぶ鬼塚。そして、鬼塚と馬鹿な会話をやっていた男の方に飛んでいき……。


「うおおおおおお! こんな馬鹿なァッ! 私が、私があぁぁぁっ!!!」

「ぬぐうぅぅ……何をする、テイルスティング――――ッ!!!」


 ザッパーン。

 激しい水音と共に悲鳴が途絶え、途端に船上が静かになった。


「さて、面倒な奴らが消えたところで、周りの雑魚どもを片付けようか」

「あいあいさー!」


 ノリノリのエヴァ。

 その余裕綽々の表情に周りの兵士たちが後ずさった。

 どんなに強かろうが、統制がとれていようが、こうなった時点で勝ちはない。すでに2人の迫力に圧倒されて逃げる兵士までいるのだからどうしようもない。


「ふっ……」


 薄笑いを浮かべると、リィラは瞬歩で前に跳んだ。


「う、うわ――ぎゃッ」


 悲鳴すら途切れ、次々と敵影が減っていく。

 俺は左手の鉤爪の短剣を装着して――――その直中(ただなか)に。


「リィラさん、エヴァ。…………俺も手伝いますよ」

「当たり前だ……行くぞアルヴァレイ」

「ここまでの大立ち回りは久しぶりだからね~」


 爽やかな笑顔の3人の周りには、顔を引き()らせた兵士たちがいた。





「あらぁ、何をやっとるかと思えば、リクルガのあんさんもやられとるやないの。ほんに手ェのかかる子やなぁ。また、ウチが助けなあかんのかや。世話焼き女房も、大変やわ」


 薬袋(みない)はまだ、リクルガと別れた高台にいた。城に帰ると言っておきながら、リクルガのコトが心配で、その場に残って船の騒動を見ていたのだ。


「やっぱり心配やねぇ……。なんやかやゆうても可愛い子や。ウチが行かんでも済めばええけど」


 身を乗り出すように、目下の船の甲板に目を遣る薬袋。

 目を遣るといっても、あくまで布で隠された目。本当に見ているのかすら端から見ればわからない。

 しかし、それもそのはず。目隠しなんかしていたら、薬袋とて何も見えないのだ。動きにくいことこの上無いし白状するならリクルガが飛び込むまで、薬袋は目の前が崖だと知らなかった。


「子供の相手は久方ぶり……ほんに、久方ぶりやわぁ」


 その瞬間、薬袋の姿はかき消えるようにその場から消滅した。

 それらしき魔法陣(ルーント)も何もない。まるで空間の中に存在する隙間に身を隠したかのように、跡形もなく消え去っていた。

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