(12)『石牢』(改稿済み)
「ん……」
目を覚ますと、目の前に白い目隠し布が見えた。そしてそれと対照的な紅を塗られた唇が目に入る。
「気分はどうです? 少年♪」
目の前に薬師寺丸薬袋が立っていた。
「……身体中がなんかベタベタします」
「水をかけて起こそう思たら間違えたようやわ。これ、ハチミツ――」
「ただの嫌がらせですよねぇ!」
思わず叫んだ声が反響したその場所は冷たい石牢だった。
俺は腕と足を縄で縛られ、その縄は壁と地面から伸びる鎖に繋がれている。鉤爪と短剣は見当たらず、おそらく取り上げられたのだろうが、それ以外は何かされた様子はない。
俺と薬袋以外に人の姿は見えない。気配もないから、牢番は下がらせているのだろう。
「油断はあかんえ、少年?」
「いや、まさか曲がりなりにも助けてくれた人にやられるなんて思いもよりませんでしたから。というより他の皆は? リィラさんやルーナは何処にいるんですか? ここは何処なんです?」
「質問が多い上に案外冷静なもんやなぁ、少年。ん~、マルタ城砦、言うてもわからんやろう? それに捕虜をどう使おうが、ウチの自由や――――って言いたいとこやねんけどなぁ。まだ海に逃げたえらい可愛らしい旧き理を背負う者が見つかってへんさかい。そやからお楽しみはお預けやな」
「じゃあ、どうして俺のところに?」
「せっかちやねぇ、『クリスティアースの例外』、アルヴァレイ=クリスティアース」
「ッ……! 何処で俺の名を?」
「あの可愛ええベルンヴァーユの娘に聞いたら、教えてくれたんよ。あのコ、えらい素直やねぇ。散歩したい、言うから、あまりの可愛らしさに出しちゃった♪」
いや“出しちゃった♪”……ってずいぶん適当だな、おい。そんなに害がないように見えたのか、甘く見られてるのか。どっちにしても、ルーナが無事ならよかった。
「なんでルーナがベルンヴァーユだってわかったんです?」
鬼塚以外の大人に対して口調が丁寧になってしまうのはなんだろうね。
「ウチなら見ればわかるさかい、あのコにはなんもできんこともバレバレやで」
「リィラさんは?」
「あの理不尽さんなら、牢壊しよってなぁ。今探させとるんよ」
「捕まってるの、俺だけかよ!」
「あらぁ? あのえらいゴツい人は気にならへんのかえ? 仲間なんやろう?」
「鬼塚は仲間ではなく筋肉ですからね。なんとなくわかります。どうせ、とっくに逃げてるんですよね」
「さっき牢に人集めて、腕相撲大会を開いてたのを見たなぁ」
「捕虜の扱い、案外フリーですねえ、この砦! しかも、俺以外!」
「いやいや、君にはウチが付きっきりや。こないな美人の傍にいられるんやから、少しくらい不自由なくらいであまり愚痴らんことや。少年」
なんかもういいです。目が隠れてて、美人かどうかなんてわからないし。
この世界は理不尽だ。特に俺にだけ理不尽だ。
そろそろ勘弁して下さい、神様。
「ところで話があるんやけど……」
「それを聞く代わりにこの縄解いてください」
「ええよ」
「ええの!?」
「その代わり必ず承諾してくれるんやな? 約束ですえ?」
「いや、このままでいいです」
「あぁん、いけず~。まあ、ええわ。ほな本題に入らせていただきますえ。アルヴァレイ=クリスティアース……ウチのトコに来る気はあらへんか?」
「……はぁ?」
我ながらよくもまあこんなに間抜けな声を出せるもんだ。
「どうか承諾しておくれやす」
薬袋は俺の目の前にかがみこみ、猫のように四つん這いになって、少し逸らし気味の顔を俺に近づけてくる。その流し目は色っぽい大人の魅力を醸し出していて、ヘカテーの上目遣いで多少の耐性はついているかなと思っていた俺でさえ、目を逸らそうとすると大きく開かれた胸元に目がいってしまう。
「……どうして、ですか? 何で俺を部下になんて」
理性が残ってる内になんとかしないと、色々な意味でやばい。
「言ったやないどすか……。ウチは旧き理を背負う者を2人も連れてる少年に興味があるんどす。その内のおひとりが、あの悪名高き『ティーアの悪霊』……『ラクスレルの人形師』って呼ばれとった時期に比べるとえらい丸くなっとるみたいやったけど。なあ少年、旧き理を背負う者は人とは相容れん。どんな奇跡を使ったんや? ウチ、それが知りたいんよ。旧き理を背負う者を落とす方法、よければ聞かせておくれやす」
薬袋はそう言ってにこりと微笑んだ。
どうして俺――いや、違うな。どうして旧き理を背負う者にこだわる?
旧き理を背負う者が何人いるのかは知らないが、少なくとも簡単に会えるものではない。
まさかヘカテーやルーナ?
旧き理を背負う者を従わせる方法なんてあるわけない、例えそうだとしてもあの2人がそう簡単に薬袋に服従することはないはずだ。
となると、あと残っている可能性としては他の旧き理を背負う者がいるか、何かの口実の2つだ。ただし後者の場合、薬袋が旧き理を背負う者のことを知っているのが説明できない……。
情報が足りないっていうのもあるだろうけど、ここは前者に仮定した方が良さそうだ。
「あなたの隠している旧き理を背負う者に会わせてください。そうすれば教えます」
薬袋の眉がピクッと動いた。
「自分の立場をわきまえた物言いをせんとあかんえ? 少年」
「なら絶対に教えられないです」
しばらく沈黙が続く。
相手はこちらの目を、こちらは布に隠されたあちらの目をジッと見たまま、時間だけが過ぎる。牢の外の喧騒が遠く聞こえていた。
「あかんなぁ」
突然薬袋の口に妖艶な笑みが浮かんだかと思うと、薬袋はそう言って半歩下がった。
「少年の緊張した息遣い聞いとったら何や可愛ゆう思えるわぁ。健気な表情想像して抱き締めとうなるねぇ? ほんにこの目隠し外して可愛ええ顔拝みたいわぁ」
「見えてないのかよ」
「そら、見えてへんよ。なんや勘違いしとるかもしれんけどねぇ。ウチかてただの人ですえ? 目ぇ瞑ったまま物が見えるわけないやないの。ウチは目ェの見えない中苦労して子供らの面倒見とるんや。そう考えると可愛く見えてくるやろう?」
「アンタ何歳ですか」
「女の子の聞いたらあかんことは3つある。年齢と体重と本心や」
最後のが若干気になる。
確かに目の前にいるのが、シャルルやヘカテー、ルーナみたいな年の近しい見た目の女の子だったらまだ年齢の予想をたてられる。つまりそれがたたないということは結局のところ薬袋がそうは見えないということだ。俺は別にあらゆる年齢の女性を間近で見てきたわけじゃないが、薬袋はどう見ても三十路、いいとこ20代後半といったところだ。
「ん~、まあ少年になら教えてもええか。ウチは今年で13や。可愛かろう?」
俺にならっていう判断基準がわからねえよ、とか思いながらツッコミを決行。
「実はこうでしたみたいなしたり顔で堂々と嘘を吐くな! 本心どころか建前通り越して既に反応するのが……もう疲れた」
薬袋が口元に手を添えてクスクスと上品に笑う。
「冗談半分や。今は26かねぇ」
冗談で半分にしてやがった。




