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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第3章『マルタ城砦』
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(7)『誘眠』(改稿済み)

「まあ、小遣い稼ぎにはなったな」

「船代浮かせたのも大きいですね。ヴァニパルでの宿泊費数日分くらいですか」

「最低限の部屋の話だがな」


 そんな会話をしながら、部屋に戻ってくると――ガチャ。

 戸を開けようとした途端、向こう側から開錠音がして勝手に開いた。


「お帰りなさい、アルヴァレイさん」


 最初に顔を出したのはヘカテーだった。その背後にはルーナも隠れている。どうやら部屋の中まで話し声が聞こえてきたから、開けてくれたらしい。

 いずれにせよ、ヘカテーなら俺とリィラの思考が読めるはずだから、近づいているのはわかっていただろうけれど。


「――とリィラ……さん」


 表情こそ取り繕っているが、その語調はどうしても嫌々ながらという感じだ。しかもリィラの方は完全に無視。


「こっちは多少疲れもある。立ち話するな、とりあえず入らせろ」

「あ、そうでしたね。ごめんなさい」


 ヘカテーがそう謝って、そそくさと道を開けると、リィラは俺を押しのけるように入っていく。


(またこの人は……)


 今さらながら気にするほどでもないが、普段の彼女は傲岸不遜で傍若無人な自己中心的性格。この程度は日常茶飯事だ。


「アルヴァレイ、金を数えておけ。少し気を張りすぎてな。少し寝る」


 と金の詰まった革袋を放り投げてきたリィラは備え付け(させた)ベッドに横になり、もぞもぞと安っぽい毛布に潜り込む。


「どうだったんですか?」


 俺が床に落ちた革袋の前に座り込んで中身を取り出し始めると、ヘカテーが隣に腰を下ろしてそう訊ねてくる。

 しかし俺が答えようと口を開いた瞬間、


「……そうですか。それなりにうまくいったようで何よりです♪」


 こちらが何を言わずとも、ヘカテーが悟ったような労いの言葉をかけてくる。


「心が読めるって便利だな……」

「そのことを考えたりしてる時じゃないと読み取れないんですけどね。それにあんまりいいことばかりじゃないですよ。無意識の内に相手の真意を読み取ってしまって、落ち込むこともしょっちゅうですし」


 彼女の中にいる『ティーアの悪霊』ルシフェル=スティルロッテには、『自己の人格を創造・管理する能力』があり、いわゆる多重人格を意図的に作り出すことができる。問題なのはその人格が主人格(ルシフェル)同様、強大な力を持つ人外だということだが、彼女たちが他の人格同士で意志疎通を行うためにルシフェルが副次的に得た能力。

 それが読心能力なのだった。

 そしてルシフェルに心の一部領域を貸しているヘカテーにも、その人から外れた能力の恩恵が与えられているらしい。


「こっちは何もなかったか?」

「はい、何もありませんでした。心配してくれてありがとうございます♪」


 人外の少女2人を心配する人類なんて俺以外にいないと思うね。

 じゃらじゃら――と銅貨を袋から出す。この音に胸が高鳴るのは少なからず商家の血が流れているからだろう。


「肝心の才能が欠けてますけどね」

「人の思考回路に口を挟むな」

「ごめんなさい♪ お詫びに手伝います」

「ああ、ありがと。数え方わかる?」


 言った直後、ヘカテーの表情を見て考え無しの失言を後悔した。


「そこまで世間離れしてませんからね」


 怒気を含んだ笑顔。

 本気で怒ってはいないが、俺の発言に対してたしなめる程度の反応だ。

 しかし、相手の中にネジの飛んだ人外がいるかと思うと笑えない。


「私も数百年前までは何処にでもいるただの女の子だったんですから」


 などと唇を尖らせるヘカテー。

 残念なことに、自分を『何処にでもいるただの人』と言える感性が世間一般の人にあるとは思えない。その卑屈さも人外であるがゆえのものなのだろう。


「ルーナちゃんもこっちにおいで」


 リィラを出迎えるまでは頑張ったものの、部屋に入ってきてからは椅子の後ろに隠れてずっとプルプルと震えていたルーナにヘカテーが声をかける。

 ルーナは立て膝になってリィラの寝ているベッドを窺い、四つん這いになってちょこちょこ這い寄ってきた。

 ルーナも昔は普通の動物、ベルンヴァーユだった(らしい)が旧理を内包し人外化して旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)となった。そのせいか、ルーナは自分の身体つきが周囲に与える影響については無自覚だ。動物なら仕方ないのだが、人化してる時ぐらいはもう少し恥じらいを持って欲しい。あまりにも無防備過ぎる。

 要するに小刻みの振動で大きく揺れる胸のせいで目の遣り場に困る、というだけの話なのだが。


「アルヴァレイさん、今ルーナちゃんの胸をいやらしい目で見てませんでした……?」


 ハッと我に返ると、ヘカテーがジトッとした明らかに軽蔑で着色された視線をこっちに送ってきていた。


「いや、違っ。別にそんなことは――」

「ルーナちゃんは動物なのに……アルヴァレイさんは動物に欲情できる人だったんですね……。でも、大丈夫です。世界は広いですから、そういう人も1人位いますよね」

「ちょっと待て、俺を勝手に世界でたった1人の異端者にするんじゃない!」


 それに今のルーナは人型なんだから仕方ないだろう。


「人型なら中身が何でもいいんですね……、アルヴァレイさんは」

「だから人の思考を読むなと! っていうかそうじゃない!」


 ルーナは何をそんなに慌てているのかわからないといった顔で数えたばかりの銅貨の山を崩し、無邪気な遊びに入っている。まだ数えていない銅貨とぐっしゃぐしゃに混ぜてくださったよ、この子。

 いや、そんなことはどうでもいいよ。

 そんなことよりヘカテーが壊滅的な誤解を(おそらく意図的に)抱いている方が問題なんだよ。


「ヘカテー、よく聞け――」

「ふわぁっ……」


 ヘカテーが欠伸をする。飽きたとばかりに聞く気ゼロだよ、この確信的愉快犯。


「あふっぅ……」


 気がついてみると、ルーナも欠伸をしてしきりに目をこすっていた。床の上で転がしていたらしい銅貨が動力を失い、瞬く間に倒れて動かなくなる。

 着くまであと3時間。


「一応寝ておいた方がいいかもね」


 そう口に出してみると反論の熱も急激に冷め、軽い眠気すら覚えてしまう。


「でも、誰か起きてないと……」


 ヘカテーはそう言うが、かなり眠いのか頭が揺れている。四つん這いのルーナが獣のように伸びと欠伸を同時に済ませて床に転がった直後、ヘカテーもリィラのベッドに背を預けて寝息を立て始めた。


(まあ、鬼塚が甲板に行くって言ってたし、問題は……ない……)


 急激に重くなった頭が重力に逆らえず、冷静な思考もできず意識が薄れていく。


「この船の護衛の方々は、赤子の手を捻るより簡単に終わってしまいましたなぁ。えらい残念で、つまらんわぁ……」


 部屋の扉が開くような音がして聞こえてきた声は、独特なイントネーションが特徴の妖艶な女性の声だった。


(しまっ……た……)

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