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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第3章『マルタ城砦』
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(6)『魅せ試合』(改稿済み)

 推薦状台紙の回収もつつがなく終わり、その紙を(ふところ)に仕舞いこんだリィラは、口元に不敵な笑みを湛えて長剣を抜いた。

 テオドールに滞在していた間に武器商人から購入したモノだ。

 買ってから数回彼女と手合わせしているが、俺の使っている鉤爪や短剣よりもずっといいものだ。

 その直後、『ただでさえ金が無い時になんでこんないいモノ買う必要があったんですか!?』という俺の苦情から始まる大乱戦があったのだが、それも今となってはいい思い出(と言うことで自分を誤魔化しておこうと心に決めたもの)だ。


「さあ、アルヴァレイ! お前もそろそろ抜け。盛り上がりに欠けるぞ」


 盛り上がりなのか。


「貴様ら――! コイツの使う武器は珍しいぞ! 普通通りの戦いにならないことは保証してやる!」

(ちょっ! リィラさん……! 珍しいかどうかはわかりませんよ!? 一応、磨いてはありますけど! そんなわざわざ持ち上げなくても――――――――――っ!)


 などと内心ビクビクしつつ、革袋から短剣と(くだん)の珍しい武器・鉤爪を取り出した。


「うぉおおおおおおおおっ!!!」


 ビクッ! と思わず肩が跳ねる。

 いきなり観客のボルテージが上がったせいか手が震えてきた。


(な、なんだよ……そんなに珍しいのか、鉤爪……。確かにコレ買った時は、『珍品入荷!』とか謳われてたけどさ……)


 などと色々と思いながら、鉤爪を左手に装着。革紐を歯で噛んでキツく締めながら、短剣を鞘から引き抜いた。その瞬間――ピシッ……。

 空気が、凍りついた。

 ボルテージが上がっている観客は気づいていないようだが、これはリィラの殺気……この人……本気で来てる……!!!


「さぁ構えろ、アルヴァレイ。貴様の腕は同い年までなら異常の域だろう。同格のヤツも世界中探せば100人ぐらいはいるだろうが。貴様の成長はこの1年で培われたものだ。自信を持て」

「だからって、リィラさんに勝てるとは思えないんですけどね、ハハ……」


 リィラは鞘を掲げ、少し振って見せる。そして投げるような動作を見せた。

 要するに『コレを投げて落ちたら開始』という意味だ。

 ヒュッ……と鞘が放られる。鞘が床に着くまでのわずかな数瞬、俺はリィラがどう動いてくるかを考えていた。

 様子を見て牽制してくるか、短期決戦で攻めてくるか、あるいは指導前提で戦技を示してくるか……。

 そして……カランッと戦いの口火を切る音が船上に響いた。

 ギュンッ!


(なっ……!)


 リィラは想定していた以上の速さで間合いを詰めてきた。下段から中段、恐ろしい風切り音を発生させながら、振るわれた長剣が眼前に迫る。

 ガ、カッ……!

 大きくバランスを崩しながらも短剣と鉤爪、両方を使ってリィラの剣閃を受け流す。


「ほう、やるな。正直コレでお前の武器を割るつもりだったんだが」

「どれだけ全力なんですか!?」

「喋ると舌を噛むぞ」


 リィラはダンッと強く足を踏み鳴らすとその足を中心にぐるりと回転、大きく振りかぶった剣を上段から叩き付けてくる。

 負けてばっかりいられるか! と歯を食いしばり、鉤爪の刃と刃の間にリィラの剣を流し――ガッ!

 鉤爪を捻って剣を固定する――が、


「甘いぞ、アルヴァレイ!」


 リィラは長剣を器用に引いて、固定が外れないようにこっちのバランスを崩してきた。俺がその反動を利用してリィラの間合いに踏み込むと、あろうことかリィラはその剣を上方に投げて手放し、鉤爪と短剣の隙を縫うように懐に潜り込んできたのだ……!

 ヒュンッ。

 視界の中に落ちてきた長剣が映る。

 その剣は狙い澄ましたようにリィラの手の中に収まって――――ゴッ!


「かはっ……!」


 その柄で俺の鳩尾を強打してきた。

 内臓に広がっていく鈍痛に気を失わないように意識を覚醒させると、その視界にリィラの掌底が映った。


「!!!」

「ほう、そこから避けるとはな。思った以上だ」


 避けられたにしたってかなり厳しい。身体のバランスを崩した、どころでは済まないのだ。

 リィラは曲芸のように逆立ちし、腕の反動だけで起き上がった。

 片手で逆立ちってできるものなのか……。


「リィラさん、手加減とか教導とか、する気無いですよね」

「ああ、すまんな。……この中に妙な気配の奴がいる。できるだけ早く切り上げて部屋に戻るぞ。何か起こった時のために部屋で待機しておきたい」


 一瞬の交錯時にそう小声で囁いてきた。周りの騒ぎに乗じて巧妙に声を隠している。


「……賊、ですか?」

「わからん、がこの試合に干渉する気はなさそうだ。お前が勝て、アルヴァレイ」


 そんな無茶苦茶な……。


「上手くやれ」


 無茶振りにもほどがある。

 リィラは大きく後ろに飛び退くと、再び刺突の構えを取る。

 それにしてもさっきから歓声の応援が全部リィラさん向きなのはなんだろうね。

 そんなに俺の負けは確定に見えたのか? だが、甘いな。リィラさんが多人数の方に推薦状なんて大事なものを渡すはずがない。


「死ね、アルヴァレイ!」


 誰が死ぬか!

 俺はリィラの刺突撃を転がって避け、追撃の振り下ろしを鉤爪だけで受け止める。

 そして短剣を鉤爪の刃に押し当てて甲板を蹴り、リィラを力づくで押し返した。


「おっと」


 まともにぶつかれば力で勝てないが、今回は立ち位置が幸いした。

 床を蹴って力を込めれば、上から押さえつけている形のリィラでは踏ん張りが効かない。

 それ故に勝てたというわけだ。

 大きくバランスを崩されたリィラはそれでもバックステップで距離を取り――ダンッ!

 間髪入れずに甲板を蹴り、跳躍した。


「これを受けきって見せろ」


 ズンッ!

 跳躍からの上段斬り。

 現状況で最も重い一撃を短剣を裏にあてがった鉤爪で受ける、があまりに強力なその力に押し込まれた。


「ふっ……」


 甲板に下りてきたリィラと重なるように倒れこみ、その時足首と袖を思い切り引っ張られた。

 リィラだ。


「剣を振り下ろせ」


 小声でそう呟いたリィラを信じ、短剣を振り下ろす。

 すると、ちょうどそこにリィラの首筋があった。


「はぁ……はぁ……やるようになったな、アルヴァレイ……」


 無駄にリアルな小芝居を打ち、何をどうやったのか額や首筋は汗だくになっている。

 その首筋に、俺は短剣を突きつけていた。

 レザーのブレストプレートが上下し、荒い呼吸を装うリィラを呆然としながら眺めていると、


「そろそろ下りてくれないか。こう見えても女だからな。衆目にこの体勢を晒すのはいささか恥ずかしい」


 頬をわずかに紅潮させ、恥ずかしげに顔を背けるリィラ。

 小芝居だとわかっていても思わず見とれてしまい、数秒遅れて『この体勢』とやらに気がついた。


(馬乗り……!?)


 さらに一瞬遅れて慌ててそこをどくと、リィラは上半身を起こして、


「ハハ、すまないな。皆の衆。まさか負けるとは思っていなかったのだが……楽しんでもらえただろうか」


 心からすまなさそうな笑みを浮かべて、静まり返る観客に視線を向ける。

 そして次の瞬間――――うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!

 大きな歓声があがった。そして近くにいた者からどんどんリィラと俺の周りに寄ってきて、ひとりでに盛り上がっていく。

 そんな中、俺はリィラの不自然な動きを見逃さなかった――ぶち。


(またやるのか……)


 リィラのブレストプレートの肩紐が片方ちぎれ――ぶらん。

 もう片方の紐でぶら下がった。その下には肌にぴったりくっついているインナーのみ。


「あ……み、見るな!」


 顔を真っ赤にしてバッとそれを隠すリィラに観客のボルテージが上がっていく。

 そんな中、誰にも見られないように、俺に慣れたようにウィンクしてきた。

 『少し工夫を凝らすだけで、不満を垂れる者はほぼいなくなる』というリィラの策略の1つだ。

 本当の恥じらいはないのか。


 結果、ほとんどの人は『リィラが勝つ』という予想を外し、推薦状を得たのは数人の穴狙いで俺に賭けた商人と、一際異彩を放っていた着物の女性だった。

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