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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第3章『マルタ城砦』
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(5)『リィラのご高説』(改稿済み)

 2日後――。

 俺とヘカテー・ルーナ・鬼塚は予定通り、出港した民間の商船の船室でくつろいでいた。

 ちなみに、部屋に入るなり入り口の隣でスクワットを始めた鬼塚が果たしてくつろいでいるといえるのかはこの際置いておくことにする。この人(?)の一挙手一投足を気にしていたら無駄に疲労が溜まるだけだからな。


「ヴァニパルまではそんなに遠くない。この船でも4時間ほどで着けるそうだ」


 ドアを蹴破らんばかりの勢いで船室に入ってきたリィラは背中からベッドに身を投げ出してそう言う。

 あまりしっかりした作りではないのか、ギシギシと危なっかしい音がする。ちなみにリィラは、長身ではあるが何しろ装備が軽いレザーアーマーだからそこまで重いわけではない。

 もう一度言う。


 リィラは軽い。


 そう言わないと本気で殺される。

 その時、鬼塚が部屋を出て行こうとする挙動を見せた。


「ん? 鬼塚何処に行く?」


 鬼塚の行動に対して、珍しく怪訝な顔を向けたリィラがそう訊ねると、


「なに、腹筋を育てていたんだが、どうも鈍いようだからな。恐らく疲れが溜まっている」


 汗ひとつかいてない鬼塚に言われても説得力がまるでない。それにしても、スタミナに関しては化け物級の鬼塚が疲れるなんてよっぽどのことだ。

 リィラはひとつため息をつくと、


「それで寝にでも行くのか?」


 いや、それにしたって何故部屋を出て行こうとするのか。


「む? いや、寝る必要などない。甲板(かんぱん)で背筋を育ててくる。荒れくるう涼風に身を任せてな!」


 カッコよく言っているつもりなのだろうが、荒れくるうのは暴風だし、身を任せたら吹き飛ぶし。

 さっきの『疲労宣言』は何なんだよ。論理の歯車が噛み合ってないぞ。


「アルヴァレイ。この馬鹿に論理性を求めるな、疲れるだけだ」


 この人には俺の思考が見えてるんじゃないかと思う時がたまにある。


「鬼塚、出て行くなら早く出て行け。1人増えて暑苦しい」

「増えたのはリィラさんですけどね」


 ギロッ。

 いけないいけない。

 つい声に出してしまった。ツッコミを口に出すなんてはしたない。

 鬼塚が部屋を出て行くと、リィラはわざわざベッドから起き上がり、内側から扉に施錠する。


「リィラ、なんで閉め出したのですか?」


 ヘカテーがそう言うと、リィラはギロッと睨みつけ、


「誰が呼び捨てにしていいと言った、悪霊が」

「それでは私はどう呼べばいいんですか?」

「ご主人様とでも呼んでいろ、悪霊」

「ごっ――」


 唖然とした表情で絶句するヘカテーに、フンッと忌々(いまいま)しげな鼻を鳴らして見せるリィラ。

 どうして仲良くできないかな、と思っていると――キッ! とヘカテーが鋭く細めた目を向けてきた。

 そして、小声で。


「人間の分際で何をバカなこと言ってるんですか……! 意味がわからないです……! ありえないです……!」

「んなもん、俺に言うな……!」


 ヘカテーは気に入らない、でもせっかく取り繕っている表面上のキャラを壊したくないという、葛藤の海に呑まれながら、ふらふらとルーナの頬に安息を求めにいった。


「や、にゃあう~」


 可愛らしい声を上げて不機嫌な人外にささやかな抵抗を見せるルーナを眺める。


「あうあえいふぁああああん」


 泣きそうな顔でこっちに視線を向けてくるルーナ。

 たぶん『アルヴァレイさぁぁぁぁん』だと思うんだけど……ごめんな。俺にはたぶん、無理なんだ。その人外は手に負えない。ある意味リィラ以上の『触るな危険』が中にいるんだ。


「アルヴァレイ、この時間も暇だろう。稼ぐぞ」

「まさかまたやるんですか……?」


 『また』と言うのはテオドールに戻る時に乗った船でも同じことをやったからだ。すなわち真剣試合を甲板で披露し、見物料を取るつもりなのだ。


「今度は鬼塚かヘカテーとやって下さいよ」

「鬼塚は今出ていったばかりだろう」

「私は痛いのが苦手なので遠慮します」


 痛いのが得意な奴なんかいないだろう……。

 さりげなくルーナを救い出そうという目論見もついでに破綻した。


「というわけでお前だ、アルヴァレイ」

「なんでも『というわけで』で誤魔化せると思うなよ」

「いちいち文句が多いヤツだな……やるのかやらないのかはっきりしろ」

「やらないっていってもやるんですよね」

「やれとは言わん。だが、やらなくて後悔するなよ」

「その後悔の原因って絶対リィラさんですよねぇ! やりますよ、やればいいんでしょ!?」

「私は強制しないぞ?」

「脅迫ですよね!?」


 諦めた。

 どうあがいてもこの人の我が儘が通らなかった事例を思い出せない。

 そもそも今回の見せ試合にしたって、真剣試合とは『真剣にやる試合』のことではなく『真剣を使う試合』のことなのだ。基本的に本職の彼女に勝てるわけがない。

 見せ場を作りつつ、最後には俺が負ける。

 観客からすれば大盛り上がりだが、当事者からすればこれほどくだらない試合はない。


「じゃあ戦技の教導もお願いしますよ……」

「わかったわかった。素人目には気付かれん」


 そう言って部屋を出て行くリィラに続き、部屋を出る。

 とそこで振り返り、部屋に残るらしい2人に、


「内側から鍵しといて。一応2人とも女の子なんだしさ」

「一応ってところが気になりますけどわかりました♪」


 最後にこっちに向けた笑顔の真意については考えないようにしよう。

 勿論、つい『一応』と付けてしまったのは二人とも女の子であるのと同じくらいの重要度で人知を超えた――もとい人知を外れた身体能力を持っている人外だからだ。

 甲板に上がると、部屋を取らなかった人が甲板に結構集まって座り込んでいる。俺からすればたかが4時間のためだけに部屋をとること自体が愚の骨頂なのだが、身の安全第一の貴族サマと荷の安全第一の大商人たちは個室をとっているのだ。

 到着までひたすら引きこもっているが。

 その点、甲板に出ているのは自分のための部屋を取るくらいならその金で商品を多く買うという根っからの中堅商人たちだ。

 いい意味・悪い意味の双方で現実主義の彼らはそうそうこのテの娯楽に金を投じようとは思わない。その商人たちにどう金を出させるか、それがリィラの腕(?)の見せどころなのだが……。


「貴様ら、稼ぎたくはないか――――――――――!!!」


 どんな時代にも商人を動かすのはこの一言である。その証拠に、周りにいた商人たちは皆こっちを振り向いた。


「ちょ、リィラさん!? そんなこと言ってどうやってお金を出させるつもりですか!?」

「まぁ、任せておけ。これから私とコイツで真剣試合をする! 見たい者は見物料を払ってもらうが損はさせない。リィラ=テイルスティングの名において約束する!!! しかし、それでも見ない者は下の通路にでも行って貰おうか!」


 リィラの言葉に胡散臭そうな顔をした商人たちは、腰を上げてその一部が階段の方に向かいだす。


「おっと貴様ら、本当に行くのか? よもやテイルスティングの名を知らんわけではあるまい。テオドールの商人でその名を知らんのは有象無象か見習いだけだ。そんなのはとっとと下に行って下層どもの仲間入りでもしていろ。大儲けをして部屋を借り、悠々とヴァニパル入りを待っている大商人たちの部屋の外でゴキブリのようにのさばっているんだな!!!」


 テイルスティング家はエルクレスでも名の知れた軍人の家柄。当然その資産・人脈は数知れず、そういう強いコネクションを持つことは商人にとって金と同格の財産だ。


「貴様らとて少しずつ財産を増やしていくだけではつまらんだろう? 一度に多くの金を手に入れたくはないか? かといって貴様ら現実的な商人は、ただのギャンブルなどしないだろう。採算のあるギャンブル、商売とはある意味そういうものだが、娯楽のためのギャンブルなど素面の貴様らには大した魅力的には見えんだろう。だが、しかし――」


 リィラは胸元から何か書かれているらしい紙束を取り出した。

 途端にざわざわと騒がしくなり、周囲で様々な予想が飛び交う。

 そんな中、痺れをきらしたらしい髭面の商人が代表して、


「それはいったいなんだってんだ?」

「フッ、これはだな。テイルスティング家第三子リィラ=アスティアルス=テイルスティングの名において書かれた推薦状だ」


 テイルスティング家の方々ごめんなさい。でもそっちの娘さんがこんな風に育ったのもそちらの責任なので勘弁して下さい。

 周囲のざわめきはさらに激しくなり、『推薦状?』『ホントだったらすげぇぞ』『大商人の仲間入りか!』などと色々な意見が酌み交わされる。


「お、おい、アンタ! そいつはどうやったら貰えるんだ?」

「簡単だ。まずは見物料を払ってもらう。なに、大した額じゃない。1人400アウルム。夢を見るには安過ぎる端金だろう。そしてこの推薦状をくれてやる」


 『400!?』『400だって!?』『騙されたとしても惜しくねえ額だ!』などと声が飛ぶ。当然だろう。400アウルムといえば、今ドキ子供でも持っている、まさに端金だ。


「払うぜ!」

「俺もだ!」

「騙されたってそれなりの戦技が見られるんだろう? 悪くねぇ」


 と、次々に推薦状が捌けていく。


「お、おい。これ、サインも何もねぇぞ!」

「どういうことだ!?」

「何を言う。我が家の名入りの書状を400程度で渡せるか。私かこのガキ、どちらが勝つか賭けろ。それで当たった方の状紙の裏にサインと魔力印をおしてやる」

「な、なるほど……」

「さあ、貴様ら。裏ならどこでもいい。私とこのガキのどちらが勝つか、そして自分の名を書き付けろ。私は『Ryla(リィラ)』、コイツは『Alverray(アルヴァレイ)』だ。そして一度回収する。商人は油断ならんからなっ」


 皮肉ですら凛と言い放ち、相手に悪意は感じさせないリィラに敬服する。


「さぁ、貴様ら! 勝負だ!」

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