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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第3章『マルタ城砦』
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(3)『ベルンヴァーユのルーナ』(改稿済み)

 結果を言えば、黒き森(シュヴァルツヴァルト)はそれほど大きく変わってはいなかった。

 変わっていたのは、あの日見た戦いの傷痕は1年で綺麗に癒え、シャルルの家だった瓦礫(がれき)が綺麗に片付けられていたことぐらいだ。


「シャルルもいないみたいだな……」


 シンシアは、黒き森(シュヴァルツヴァルト)に着くとすぐに人格をティアラに交代していた。

 彼女曰く、


『人の隣で並び立つなんざ精神を愚弄されるようなもんですから。私は遠慮してみます』


 だそうで、なぜか無性に腹が立ったのだが。


「そう言えばルシフェルが旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)が近くにいたら場所を感じられる人格がある、とかいってたよな。ティアラ、そいつ今いるか?」

「あの子はあまりお奨めはできない。それでもいいなら了承した」

「誰だ!?」


 また新しい人格か、と身構えた途端、


「私、名前、鳴けない小鳥(レジストハート)。私、呼び名、ティアラ。貴方、持つ、熱? 大丈夫?」


 そう言って首を傾げ、そして俺の額に手を伸ばしてきた。


「いや、熱はない。お前、普通に喋れるのか?」


 伸びてきた手から逃れつつ、ティアラとの距離をあける。


「……普通にと言うのが、こういうことならしゃべれない訳じゃない」

「何で、あんな変な喋り方するんだ?」

「私、嫌い、あれ。それだけ」

「なんで嫌いなんだ?」

「私、慣れない、一般的な、喋り方。あれ、第二言語、私にとって」


 というか単語はわかるんだから、語順が違うだけだろ。別の言語のわけじゃない。


「仮定、貴方、興味がある、私の言語、私、教える、貴方に。どうする?」

「いや、いいよ。また今度にする。その旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)がわかる人格とやらを出してくれ」

「そう。残念、少しだけ。………………誰です? この変なの?」


 びっくりした……。ティアラ……じゃないか。びっくりした。もう代わったのか。


「一応名を名乗ってやりますけど、名前では呼びやがらないで下さいよ。私の名はアリス。またの名を『冷笑のアリス』。二つ名を『理解を越えた珍獣アリス』もしくは『世紀末の魔獣アリス』、最近は『未知の幻獣アリス』と呼ばれています。以後お見知りおきをよろしくお願いします」

「お前名前多いな」


 どんだけころころ変わってんだよ。しかも最初の奴以外人扱いされてねえ。


「ちなみに最初の『冷笑のアリス』は自分で呼んでました!」


 なかなかどうして、いやかなりエキサイティングな奴だな、こいつ。ということは最初から人扱いされてないってことか。


「最近のアリス時事ネタです。ずっと末っ子だったアリスに最近やっとシャルルという妹ができました。それで、どんな妹かと思っていたらなんと! 私よりもすっごく大人びやがっていましてね。残念というか何というか。とても複雑な気持ちになりました。ところで私はなぜここに?」


 今さらか。まあいい、話が勝手に戻るならやりやすい。


「まあ私がここにいやがっても、好きにしてくださいってことで、私はどうすればいいんですかね? って、はっ! 頭の中から声がします! 何々……旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)を探せ? 旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)って何ですか!? わからないものは怖いです~! あぁ~なるほどそういうわけですか! わかりました、ティアラ姉さま。アリスに任せて解決です!」


 ティアラが話を済ませてくれるのはありがたいんだが、どうも蚊帳の外ってのは好きじゃない。さっきからアリスのテンションの上がり方が激しいのも気になる。


「それでアリスが働くと、どんなご褒美が貰えますか!? ……え、マジですか!? アリス、大人の階段上がっちゃいますか? わかりました。それでは始めますよ」


 話が……おかしい。意味がわからない。ティアラさん、貴方何言いました?

 アリスは息を吸って、目を閉じた。途端、森の中が急に静かになった気がした。アリスが静かになったからだけではない。

 森の木々のざわめきや、動物たちの鳴き声すら聞こえなかった。


「アリス……?」


 返答はなかった。

 そして、アリスは目を開いた。ゆっくりと、光を確かめるように。


「……!」


 アリスの眼球がなくなっていた。いや、ある。ただ黒いモヤモヤしたものが眼孔から溢れ出すように目を覆っていた。光の中に落ちた影のように、もがくように見えたその闇は、瞬く間に小さくなり、消えた。よく、わからなかった。

 そして、アリスの身体が崩れ落ちた。

 とっさに腕を伸ばして、その身体を支える。体重なんて無いかのように軽いその身体が俺の腕の中に収まる。


「アリスです!」


 自分の名前を叫びながら目を覚ました。


「危なかったです……筋肉質の山羊があの世に旅立つところに出くわしてしまいました! 大変怖かったです……」


 いつかの何かとリンクしていた。


「で、どうだったんだ?」

「愛しのシャルルさんはいないようですが、何やら別の旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)がものすごい速さで近づいてきていますね。接触まであと1分ほどです。面倒そうなので、私はそろそろ誰かと変わります」


 誰かって誰だよ、ティアラか?

 中身がわからないと、少しばかり怖いんですが。


「あれ、アルヴァレイさん。どうかしました? て言うか私、さっきまでルシフェルと無限しりとりやってたんですけど……」

「お前ら、無限しりとりしかやることないのか……?」


 姿を見る限り、ヘカテーのようだった。

 他に外見が同じ奴いたら別だけど。


「どうかしたの?」

「なんか旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)が俺たちのところに来るってアリスが」


 俺がそう言った瞬間、不意に周りの木々がざわめいた。

 静まり返っていた空気がその喧騒に呑み込まれる。

 ガサッ。


「きゃっ……。あっ……えへへ。怖くなんかないですよ~」


 小さな悲鳴をあげたヘカテーが、飛び退いた後、恥ずかしそうにはにかんだ。柄にもないことを、なんて考えてる暇はない。もしかしたら、相手は危険な奴かもしれない。そう思った時だった。

 突然、森の奥からそれは現れた。

 巨体に似合わない素早さに、黒々とした艶のある毛並み。

 頭に生えている細く美しい角や流れるようなその動き。

 そしてその蹄は黒光りしていて、地面をえぐるように目の前で急停止した。


「ル……」


 アルヴァレイの口から呟きが漏れる。


「ベルンヴァーユ?」


 ヘカテーは俺の後ろで尻餅をついたまま、震える声で呟いた。


「ルーナ!」

「ルーナ? あ、そっか……。この子がシャルルのえっと……家族なんですね」

「ああ、久し振りだな。元気だったか? ルーナ」


 頭を撫でてやると、ルーナは嬉しそうに耳をピクピクと動かした。


「あの……」

「どうした? ヘカテー」

「アリスが『そのベリーキュートなモフモフが旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)です』って言ってるんですけど……」

「……………………………………はい?」


 ちょっと待ってくださいよ。ルーナは動物ですよ? 旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)ってあくまで人型なんじゃないんですか?

 それにルーナはある意味俺の常識の最後の砦なわけじゃないですか。

 そのルーナが旧き理を背負う者(エンシェントルーラー)なんて言われたら泣くよ?

 人目もはばからず、大声で泣きますよ? いや、泣かないけども。


「ルーナさん、人の形になれますか?」


 首をかしげるように、もたげるルーナ。

 その仕草は頷くようにも、横に振るようにも見えた。頼むから横であってほしい。

 しかし、現実そううまくはいかない。

 瞬く間にルーナの体は小さくなり、巨体が消えた後には俺と同い年ぐらいの少女が残った。

 毛並みと同じような艶のある黒髪が足下まで伸び、頭の上から突き出た耳と脇腹と腕の間に覗く尻尾は元の姿のそれであり、凜としたその表情はまさにベルンヴァーユを彷彿とさせ、きめ細かい肌の白色は透明感のある光を反射し、無駄な筋肉のない細い身体は、メリハリがついているにもかかわらず華奢な印象を受ける。

 しかし、その姿は元が獣だったわけで、特に何の違和感も感じることなく、堂々と直立していた。

 そのために俺は目を背けずにはいられなかった。

 要するに全裸だったわけである。


「えと…………ルーナ、です?」


 控えめに言ったルーナの目の前でヘカテーに目を潰されかけた。俺ちゃんと目を背けてたのに。

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