(1)『テオドールへの帰還』(改稿済み)
第三章です!
ここからはヴァニパル戦線。
小国ヴァニパルと軍事大国ブラズヘルとの戦争が始まっていきます!
「ここが……テオドールか……」
鬼塚がテオドールの門の前に立って、感慨深げに呟く。鬼塚はリィラがテオドールを出る時についてきたはずだ、なんて考えている皆さんも鬼塚のことは無視してください。
貿易港湾都市、テオドール。
古くから国際貿易都市として発展に発展を重ねて、世界でも有数の巨大都市に挙げられるまでになった都市だ。
鬼塚に関してはよく知らないが、俺やリィラにとっては故郷と言っても差し支えないほど過ごした時間が人生の大半を閉めている。そのせいか、たった1年ちょっと離れていただけなのに、10年単位で街を離れていたような気持ちになっていた。
「ここの潮風も1年ぶりだな。アルヴァレイ、親に挨拶でもしてくるか?」
リィラはヘカテーのような悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言う。最初から答えは分かりきっているはずの問い。あえてそう聞いてくる辺り、相も変わらずただの嫌がらせだろう。
「冗談言わないで下さい。あんな風に家を出たんですよ。今さら入っていったら、何言われるか。まあ、たぶん実の息子だろうが関係なしに『帰れ』って言われると思いますよ」
1年前。
俺がテオドールを出て友達を探すと両親に言ったとき、反対意見の集中砲火に加えて多数決による卑怯な判決を下されて、つい啖呵を切って家を出てきたのだ。
さらに悪いことには当時店にあった1週間分の売り上げを半分以上持ち出してきた。
もちろん悪いのは俺本人だが直情による衝動的な行動ではなく、あの時最も効率的な方法を選んだつもりだったのだが、後から今さら考えてみるとそこまでの必要は無かった気がする。
リィラや鬼塚が同行する予定もなく、その意志も知る由もなかった時だ。仕方がないで済まなくもないが、何となく言い訳がましい気がしないでもない。
「まあ、そう言うな。お前の親だって心配はしてるはずだ。行って顔でも見せてやれ。何なら、私が一緒に行ってやろうか? どうせしばらくは暇だろうからな」
「結構です。リィラさんがついてくるぐらいなら1人で行きます」
「酷い言われようだな……。ちょっと待て、ヘカテーを連れていけ。鬼塚はどっか消えてるし、お前までいなくなったら、あの悪霊と2人きりになってしまう」
「ちょうどいいじゃないですか。この機会に少しは――」
チャキ。
首筋に触れる鋭い冷たさに沈黙と従属を強制され――反論は許されなかった。
何処とははっきり言わないが、テオドール内で唯一の某薬局。
「帰れ」
言われた。『アルヴァレイ、いつまでも寝てないでいい加減に起きなさい』が懐かしく思えるね。
「いや、母さん。1年ぶりでそれはひどいじゃないか」
父さんの台詞は、俺へのフォローだった。
「やっぱりこんな息子にもさ。礼儀は重んじるべきだと僕は思うんだよ。だからさ、帰って下さい」
丁寧になっただけで、内容が微塵も変わっちゃいなかった。
夫婦揃って、息子に対する態度が氷点下だ。
「まあ、仕方ないっちゃ仕方ないから、それについては納得というか覚悟してたけどね。なんで2人ともヘカテーだけいい感じにもてなしてるのかが納得できない」
テーブルの椅子に当たり前のように腰かけているヘカテー。
そして、その目の前にはティーカップがあり、その周りには茶菓子がところせましと並んでいる。さらにその周りを忙しなく動く両親、怖い光景だ。
歓待だった。
この差は何だ。
何かをしたかしてないかの違いなのだが、この時の俺は気づくこともなかった。
気づいたところでどうしようもない。あえて気がつかなかった、なんてことは当然の如くできないが、人生で4度目の土下座を経験した。
「ヴァニパルに? アルヴァレイ、あなた馬なの? 鹿なの?」
話したとたんに馬鹿呼ばわりだった。
「今、ヴァニパルは危ないらしいわよ。聞いてないの?」
「いや……何も」
何かあった、それとも何か出たのだろうか。
俺がぼんやりと頭を巡らせていると、母さんはテーブルの上に身を乗り出して俺の方に顔を寄せた。その表情は急に真剣なものへと変わる。
「戦争よ」
『おもしろそうですね♪』
頭の中にそう聞こえてきたヘカテーの声。頼むから口には出すなよ。
「怖いですね……」
口に出してるその言葉だけを聞きたかった。
「『クリスティアース』って言ったらかなりの名家ですよね。アルヴァレイさんもその血を引いてるんですから、少しぐらいは自覚を持って下さい。私もクリスティアースの一族に入れると思うと、光栄に思います」
光栄か。そんなに大したことじゃないと思うんだけどな。母さんと違って商才があるわけでも、父さんと違って学があるわけでもない。
俺はクリスティアースの中では落ちこぼれだったのだから。
武術の鍛練を始めた理由もそれだった。少しでも他の何かで秀でようと思ったのだ。
……ん?
「ちょっと待て! さらっと唐突すぎる爆弾、投下してんじゃねえ!」
「え? 違うんですか?」
「本音は!?」
「本音ですよ?」
もうイヤだ、こいつ。母さんも苦笑いのままでフリーズしてるし、父さんはそっぽを向いて口笛を吹いていた。我関せずとは、此れ如何に。
「私、アルヴァレイさんのこと大好きですし、アルヴァレイさんもあの夜そう言ってくれました」
「えっと過去にはないから未来の夜か、と思ったけど世界が滅びでもしなけりゃそんな夜は来ない」
「だから、今回の挨拶はそういうものだと浮かれていました。すいません。私、早とちりして……」
ヘカテーは俺を無視して弱々しい台詞を言って俯き、そして目元を拭うようにおさえると……っておい。確かにか弱げなヘカテーを見るのは初めてだが、こんなもん拝ませてもらっても全然嬉しくない。
ちなみに母さんは、ヘカテーがごちゃごちゃ小賢しい演技をしている間、ずっと俺を睨んでいた。
その目は、どういうことか説明してもらおうか的な何かを含んでいる。
説明して信じてもらえるなら、土下座して話捏造してでも、説明しますよ。
『世界、滅ぼしてみましょうか♪』
コイツの場合、冗談に聞こえなかった。
「そう言えば、ヘカテーちゃん。えっと、聞きにくいんだけど……その鎖は何なの? アクセサリーって訳でもなさそうね」
その質問、出会い頭に投げかけて然るべしだが、さすがにことがことだけに口に出すのを躊躇っていたようだ。
そして、その瞬間。俺は確実に的確にヘカテーの答えを悟っていた。
「これはアルヴァレイさんが巻いてくれたんです。私は外したいんですけど、アルヴァレイさんがどうしてもって言って聞かなくて。そんな子供みたいなところも好きなんですけどね」
悪意の爆弾の2つ目が投下された。
母さんはこめかみに青筋を浮かせながら、満面の笑顔を顔に貼りつけて俺の方を向いた。目が笑っていない。そしてゆっくりと溜めて、口を開き、
「帰れ」
辛辣に理不尽に残酷に、相応の悪意を含んで、母さんは吐き捨てるようにその言葉を口にした。
子供に向ける笑顔じゃねえな、アレ。母さんがたまに怖いのは知ってたけどさ。




