(17)『下山』(改稿済み)
「身体中の筋肉痛が激しいんだが、貴様俺に何をした、テイルスティング」
鬼塚が目を覚ました途端に放った第一声はそれだった。ちょうどリィラが鬼塚をかついで城を出るところだったのだが、その一言でいきなり不機嫌になった理不人サマは肩から鬼塚を振り落とした。
「ぬぉうッ!」
呻きつつも受け身を取った鬼塚は砂を払いながら立ち上がる。
「ふん、私の知ったことではないが、おおかた日々常々の筋トレの成果が出たんだろ」
「そうか? ならばよかった! ハッハッハァッ!」
簡単に納得してしまった。
「これは大きな一歩の後退だな! 鬼塚! これからもしっかり退化しろ」
「おうよ!」
簡単に承知してしまった。
「それはそうとしてここは何処だ?」
「悪霊の城の入り口だ」
リィラが後ろに立つヘカテーを指さしてそう言うと、
「私は悪霊じゃありませんから」
どうしてもそこだけは否定したいらしい。
「それより、早く城から離れてくださいね」
「何かあるのか、ヘカテー?」
「ティーアに城を残すわけにはいかないので壊します」
「は?」
「壊すんです。この城、こう見えて結構周囲に与える影響が大きい上、私がいた証拠が残っちゃいますから♪」
さらっとすごいこと言ってるよな、この子。
「参考までにどうやって壊すのか、教えてもらっていいかな」
「ルシフェルに頼んで――」
「やめろよ」
「大丈夫ですよ。ちゃんと言うこと聞いてくれるって言ってましたから」
「アイツがまともに信じられねえんだが」
「そうですか? 私の言うことは結構聞いてくれますけど。じゃあ上位古代魔法使いますから、先に行ってていただいて構いませんよ。……土砂崩れもありうるので……」
……今さりげなく小声で何か言ったよな? あんまり聞こえなかったけど、しかも後で聞き取れなかったことを死ぬほど後悔しそうな事実だった気がするんだが――。
とりあえずヘカテーに言われた通り、城から距離をとり、一応周りを警戒しつつ山を下り始める。
その途端、背後に半端じゃない――尋常じゃない大きさの魔法陣図式表示が見えたが、気にせずただ早歩きで歩き続ける。ていうか、アレだけの大きさの魔法陣を書くのにはそれなりの時間がかかるはずなのにアイツいったいナニをした!? いや、気にしたら負けだ。
ドオォォォォォォォン!
突如響いた爆発音の直後――ズズズズズズガラガラガラッ――。
――崩落音!?
慌てて振り返ると、そこには何本もの巨大な光の槍に貫かれて形をとどめられずに崩れていく巨大な城。
そしてそれを背景に逆光で微笑むヘカテーが立っていた。
「1本おいで、アッチ」
ヘカテーはそう言って、すっと上げた指をこっちに――瞬間、空中に現れた魔法陣がぐるんとこっちを向き、バチバチバチッと火花のような音を上げながら巨大な光の槍の先端が覗いた。
(あのヤロウッ!)
リィラと鬼塚の方を振り向いて、『逃げろ』と言おうと瞬間――息を呑んだ。
「ゲ……ゲエエエエエエェェェェェェッ!」
そこには、巨大な光の槍に胴体を貫かれた大蜥蜴が絶命の断末魔をあげて倒れ伏す姿があった。
「危なかったですね、皆さん」
白々しい笑顔で肩を叩いてくるヘカテー。コイツ、わざとだな……。
驚いたのは、リィラを槍の斜線から外すように付近の木に押し付けている鬼塚の行動だった。
「くっ、どけっ、鬼塚!」
リィラは顔を真っ赤にして鬼塚の背中を思い切り蹴り飛ばした。さすがに同情する。
一瞬ヒヤッとしたもののヘカテーは悪いヤツではなさそうだ。
しかし、今さらながらこんな4人で大丈夫なのだろうか。
1人人外、1人筋肉、1人かろうじて人、残り一般人の凸凹パーティはかくして山を下り始めるのだった。
「テイルスティング、次はどこだ?」
鬼塚が唐突にそう切り出す。何故かリィラに。
「私に聞くなよ、他を当たれ」
「他? 誰に聞けばわかる?」
「筋肉の神様」
「ナニ!?」
リィラの返事を聞いた鬼塚はものすごい勢いで再び山を駆け上がっていった。
「お見事です、リィラさん」
「ふん。お前の常々を思い出しただけだ。そんなどうでもいいことより、アルヴァレイ、次はどこだ?」
「えっと……この大陸はもうおおかた回ってしまいましたから……次はミッテ大陸ですね。となると、一度テオドールに戻って………………ヴァニパルですね」
俺はどうせだったら聞き漏らしていて欲しい、と祈りながらため息混じりに呟く。
「ヴァニパル? もうそんなところか」
「この大陸、小さいですからね」
「ふむ、となると……やはり通ってきた港町まで戻って船でテオドールに戻った方が早いか」
「リィラさん、あの辺は後回しにしませんか?」
「効率が悪い。却下」
ですよね……。
「あそこに何かあるの?」
無邪気っぽく聞いてくるヘカテーだが、お前心読めるんなら俺が沈んでる理由わかってるだろ……。
「まあ、それはそうなんですけど……たまには口から聞きたいじゃないですか♪ それと一応人の心を読める能力はルシフェルのものですから、あの子が出てる時は気をつけてくださいね♪」
「そう言ってリィラさんたちの前で明言させるつもりだよな……あそこにはクリスティアースの本家があるんですよ……」
この時の俺は、いつにも増して、険しい表情だったと聞く。
「ところでその鎖、別に外してもいいんじゃないのか? 重いだろ? 意味ないし」
ヘカテーはほどいた金の鎖を再び胴体に巻きつけて、腰の辺りでぶら下がる2本の端がジャラジャラと音を立てている。
「最後の一言が気になりますけど、これはいいんですよ。これは……私の罪の重さですから」
「どういう意味かわかんないけど、んな殊勝な奴か、お前。本音は?」
「趣味です」
「本音あるのかよ。ていうか趣味って何? 鎖に身体締め付けられる痛みが好きってこと?」
「こっちの方がキャラ作りっぽいでしょう? 身体中を金色の鎖で拘束された可憐な美少女が、戦いの中で攻撃を受ける度に鎖の間の服の布地から破られていくんです。ピンチになるほどいい絵になると思いませんか?」
「しねえよ。お前はヘカテーなのか? ルシフェルなのか?」
「どっちでしょうか?」
ヘカテーの姿をした正体不明の少女は、口角をわずかに上げるように微笑んだ。
第2章終了。
次からは第3章となります。




