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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第2章『ティーアの悪霊』
35/121

(10)『異変』(改稿済み)

 『自己人格操作(セルフ・コントロール)』。

 こちらとしては知りたくもないことだったが、こっちの無反応を歯牙にもかけず、ルシフェルは饒舌に話し始めた。

 話を聞いている限り、自己の人格をある程度の汎用性を持たせて創造・支配する能力のようだ。

 その人格にはひとつにつきひとつの能力を占有させることができる。

 身体がひとつだろうが関係なく、その人格を表に出すだけでその能力を行使できる。さらに人格の切り替えによる隙は皆無に等しく一度肉体に付与される形で行使された能力はルシフェルが望むまで継続される。忌々しいが、聞いてる限り明らかな弱点は無さそうだった。

 リィラが戦闘不能な今、俺と鬼塚だけでリィラを守りながら戦うしかない。そう考えた時頭によぎったのは、身体を瞬時にバラバラにされた成竜の姿だった。

 あの竜が絶命した時の様子がはっきりと頭の中に浮かび上がってくる。

 となれば先手を打つしかない。そう思って鬼塚を見ると、瞳を異様に輝かせて親指を天井に向けていた。何を考えてるのかは相変わらずよくわからない手振りだが、同じ考えであることを祈るしかない。

 俺がそう思った――瞬間。鬼塚はルシフェルとの間合いを詰めていた。

 低く構えた鬼塚の拳が、ルシフェルの顎目掛けて振り上げられる。


 ゴッ!!

 金属製の鎚が打ち据えたような鈍い音。

 しかし、ルシフェルはアッパーを受けて宙を舞うどころか、地に足をつけたまま微動だにしていなかった。時が止まったような錯覚を感じた瞬間、ルシフェルのあごに止められた拳がみしっと嫌な音を立てて血を噴いた。


「アンタがルシ姉の想い人かい?」


 鬼塚の鉄拳を左手で弾き飛ばしたルシフェルは、今までは人の神経を逆撫でするように話していた彼女が、屈託のない明朗としたはきはきした喋り方に変えている。

 その途端、突如ぐにゃぐにゃと波打ったルシフェルの身体は瞬く間に短髪の少女の姿に変わった。目は青色でどこかルシフェルに似たような外見だがどこか大人びた印象を受ける。焼けたからか地肌の色か、小麦色の肌が日の光の当たらない室内ですら鮮やかに輝いて見えた。


「うぇ、なにこの筋肉ダルマ……」


 第二声から声色が急下降だ。


「いきなり出てきて失礼かとは思いますが、鬼塚に対しては同感です」


 本心に嘘を吐けない。

 その言葉にもう1人の存在、つまり俺に気づいたようで少女は俺を一瞥し、もう一度見返して目をキラキラと輝かせた。

 そして石造りの部屋に響き渡るような大声で――。


「うおおぉぉぉっ、久しぶりじゃねえか!」


 叫んだ。不自然すぎるほどに友好的だった。

 何処かで会いましたかと聞くべきなのだろうが、今そんな鬼塚的行動をとる余裕はない。


「何処かで会いましたか?」


 いやだがしかし、なかなかどうして、俺はどうやら思っている以上に鬼塚と同程度のようだった。


「いや、初対面」

「ですよね」


 敵と味方の枠組みを超えて肩を並べて笑い合うことも大事だとは思うが何かが間違っているような気がする、どころか明らかな間違いだった。


「アタシは『第三人格』、名前はたしか『カマボコ』!」


 もう突っ込まない。別に名前がとある地方の魚主原料の練り物と同じだろうがどうでもいい。

 しかも『たしか』って……。


「もういいわよ! 引っ込めエヴァ!」


 少女は突然叫んだ。ルシフェルが表に戻ったのだろう。


「言っとくけど、カマボコなんて変な名前じゃないからね。あの子にはちゃんと『祝福の鎮魂歌エヴァンジェル・レクイエム』っていうかっこいい名前があるんだからっ」


 心底どうでもいい。

 自慢げに鼻を鳴らすルシフェル。しかし中身はどうあれ、確かに身体能力に関しては、圧倒的な力量差だった。俺にはこの『悪霊』を倒すことも、逃げることすら絶望的なのだろう。


「ねぇアル君。くっふふふっ。そこの女と筋肉ダルマだけなら見逃してあげても良いよ」


 鬼塚の指がピクッと動いた。こめかみにビキリと青筋が走った。しかし鬼塚は動かなかった。


「どういうことだ……?」


 俺は呟くような声で言った。

 そのままの意味でとるならば、俺の命と引き換えに2人は見逃すという意味だろう。


「アル君が私の遊び()()になってくれたらそこの2人に危害は加えない。ううん、アル君がいてくれたら周りの村にもわざわざ行かなくてもいいんだよ。どう遊ぶかは別だけどね、くひっくひひひひひっ――」

「俺が生きてる限り……ってことか」

「あはっ♪ よくわかったね。やっぱアル君ってすご~い!」

「何でだ……?」

「何が?」


 白々しい顔でとぼけるルシフェル。


「どうして俺にこだわるんだ?」

「えっとね。最初に見たときから頭の中もやもやしてて……ってことにしといてぇ♪ アル君は知る必要はないから……うん」


 そう言うルシフェルは様子が変わった。

 さっきまでは決められている台詞を読み上げるようにすらすらと話していたルシフェルが急に言いよどみ口をつぐむ。


「あれ? 何で私……アル君を遊び()()にしようと思ったんだろ?」


 ルシフェルの呟きは微かだったが、俺はしっかり聞き取っていた。それとともに直前まで俺の中で一貫していたルシフェルの人格像が揺らぎ始めた。

 残酷で、辛辣で、非道で。

 『悪霊』。

 彼女はそう呼ばれるほどに残虐な本質を持っているはずだ。

 『悪』とその存在を疎まれ憎まれ恐れられ、『霊』とその存在を許されないものと望まれる。少なくともそういった存在のはずなのだ。

 しかし、今の彼女からはそういった緊張感や雰囲気といったものが感じられない。俺や鬼塚をそっちのけで何かをぶつぶつと呟いている。


「あー、もう何が何だかわかんないい~。いいよもう! 皆みんな殺してやる~!」


 快活明朗な声で物騒なことを言い始めた。吹っ切った、というよりぶっちぎったと言う方がしっくりくる様子だったが。


「はっ、めんどくさ! らしくないらしくない! 細かいことは言いっこナシだよ、アール君♪」


 ニィッと笑うルシフェル。その口から覗く鋭い犬歯を舌が這う。真紅の瞳はルシフェルの殺気に伴うように金色に変わった。


「アル君知ってるかな♪ 笑いって最初は攻撃的な動作だったんだって」


 ルシフェルの姿が瞬時に消えた。俺がその姿を探そうと周りを見回すと、ルシフェルは音も気配もなく鬼塚の背後にあるリィラの寝ているベッドの前にいた。


「くっふふふ♪ まずはさっき私を殺そうとした牝からね!」


 膨大な殺気。その場にいるだけで息が詰まるような圧迫感。


「うおおおおぉぉぉ!」


 鬼塚が慌てたように叫び、一瞬でルシフェルとの間合いを詰める。そして、ルシフェルとリィラの間に身体を割り込ませる。


「と思ったけどやーめた」


 その声がしたのは鬼塚の後ろ。

 リィラを背後にかばうように動いた鬼塚の後ろ、ルシフェルはベッドに横たわるリィラの上に座っていた。


「死んじゃえ♪」


 ヒュッと空気が裂ける音に重なり――グジャッ!


「ぐっ!」


 ルシフェルの突き出した腕が鬼塚の肩を貫通した。肉が裂け血管がちぎれる音、血の匂いが部屋中に充満する。鬼塚が回避行動をとらなければ心臓を貫いていた位置だった。


「あれ? 意外と速いね。図体がでかいからもうちょっとのろいと思ってたのに」


 鬼塚の肩口から噴き出す血を見た俺は鉤爪をつける隙もなく、剣を手にした。そして、走り出す勢いのまま上段からルシフェルに斬りかかる。ただ無言で、俊敏に。

 しかしその刃の通過点にいるにもかかわらず、避ける素振りも見せなかった。そして、悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を一瞥し、一言。


「今、私が避けたら剣を止められる?」

「っ!」


 ルシフェルの下には、リィラがいる。自己流とはいえ何年も鍛錬を続けてきた俺にとって難しいことじゃない。そうわかってはいた。しかし、とっさにそう言われて、剣を握る手の動きが躊躇いを覚えてしまった。一瞬の隙、瞬きすらできないほどの短い時間だったがルシフェルにはそれで十分だった。


「アル君ってさぁ、人殺したこと、無いでしょ?」


 声がしたのは前ではなく後ろ。耳元を生暖かい吐息がくすぐり、嫌な寒気が襲ってくる。

 目の前には未だ目を覚まさないリィラと、肩をおさえて石造りの床に片膝をつく鬼塚の姿だけだった。


「たっのしいんだよぉ。いや、正直殺すとか殺さないとかはどうでもいいんだけどさぁ。虐げて全てを奪う感触、相手の無力を証明する優越感♪ 私はそれがすっごい楽しいんだあ♪」

「っく!」


 剣を振り、振り向きざまに斬りつける。


 ざくっ。

 ルシフェルの頬に赤い筋が入った。

 なぜその一撃が当たったのかはわからないが、彼女はその切っ先を避け切れなかったのだ。

 遅れてその傷口が赤くにじみ、血が頬を伝う。ルシフェルは小さな手を恐る恐るといったようにその傷口に当てた。


「もしかして……?」


 ルシフェルは突然そう呟いた。


「いや……」


 ルシフェルの身体が崩れ落ちた。深い傷じゃない。

 致命傷にも成りえない。しかしルシフェルは倒れた。


「……?」


 俺は呆然としながらも、剣を持つ手に力を入れた。

 またルシフェルの演技の可能性がある。これで油断したら間違いなくやられる。

 そう思った。


「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ビクッ。

 突然、ルシフェルがあげた叫び声に俺は思わず後ずさる。


「いや、いやっ。まだいやだ……来るな、出てこないで!」


 訳がわからない。

 ルシフェルは叫びながら、頭に両手を当てて、床の上でもがく。

 目は何らかのおびえが含まれ、身体中を震わせていた。

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