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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第2章『ティーアの悪霊』
34/121

(9)『絶大な嫌悪』(改稿済み)

「失血は治せません。危ないことに変わりはありませんから、急いで運びましょう。早く安静にして、血になるようなものを食べさせてあげましょう」


 俺が肩を貸そうと、リィラの身体を起こすと、見かねたのか何だかわからないが鬼塚が横からひょいと抱き上げた。いわゆるお姫さまだっこという奴だが、そんな楽しいシーンじゃない。


「そっちじゃないです、えっと鬼塚さんでしたか。こっちです」


 シャルルは、山を下りようと身体の向きを変えて走り出した鬼塚を呼び止めた。

 そして、鬼塚が振り返ると、山の頂上の方を指差した。


「こっちの私の家の方が近いです。下りるより早いですからどうぞ」


 俺は黒き森(シュヴァルツヴァルト)にあるシャルルの家を思い出していた。

 しかし、シャルルに先導されて、少し山を登って着いた場所。そこにあるのは巨大な石造りの古城だった。


「すげえな……」


 鬼塚はリィラを抱えたまま、目の前に突然現れた城に再び感嘆を漏らした。


「ようこそ、『ティーアの悪霊』の居城へ」

『いらっしゃい♪ 森に迷いし子羊さんサクリファイス・スケープゴート♪』


 シャルルが振り向きざまに両手を広げて言った言葉。いつか聞いた時以上に背すじがぞっとするほど冷たい声だった――――。





「ふんっ、ふんっ、ふんっ」


 リィラをベッドに寝かせると、鬼塚は話を深く聞いたわけでもなく、そのベッドの横で筋トレを始めた。

 その部屋の中。

 いや、部屋というには少し広すぎるが。その部屋の真ん中にあるテーブルを挟んでシャルルと向かい合うように座る俺。その部屋も城と同じく石造りで、置いてあるものも極端に少なく、どちらかといわず、明らかに殺風景な部屋だった。


「シャルル、ちょっと聞いてもいいかな」


 俺は唐突に、真っ直ぐシャルルの目を見て言った。


「何ですか?」


 シャルルは一拍置いてそう答えた。

 もしかしたら、俺の意図を想像し得ているのかもしれない。


「シャルルが『ティーアの悪霊』なんだよな。実は、色々と麓で話聞いたんだけどさ」


 シャルルは俺の言葉を聞いた瞬間、ビクッと震えて、身体を強張らせた。


「『ティーアの悪霊』は人を殺すって聞いた。しかも、わざと。楽しみだとか暇つぶしとか。昼とか夜とか関係なしにさ」


 それは、夜のシャルルではなくてもと言うことを意味してしまう。

 シャルルは目を逸らした。

 いつもはしゃんとしている耳も力無く、唇を噛んで、必死に何かに耐えているような表情が表にありありと出ている。

 悪いことであろうとなかろうとシャルルは何か隠している。それが簡単に見て取れた。


「っ……」


 シャルルは口を開きかけて何かに気づいたように止まった。

 俺はシャルルの全身を眺めた。

 ぴくぴくと動く耳。

 可愛らしい顔。

 華奢で、まだ成長過程のような身体。

 時折、後ろから覗くふさふさとした尻尾。

 どこをどうとっても、目の前の彼女がシャルルであることを証明していた。


「また根も葉もない噂なんだろ? 何でちゃんと説明しないんだよ」


 俺がそう言うと、シャルルは目を丸くして、面食らったような顔になった。


「え?」


 シャルルは口をぽかんと小さく開けて、間の抜けた声を上げた。


「また、黒き森(シュヴァルツヴァルト)の時と同じことになってんだな」

「ちょっと待ってください。何で……? 私は化け物なんですよ?」

「何度も言ってるだろ。それがどうしたよ。シャルルは優しいからな。昼間から人を殺せるわけがない。それに夜になってもそうならないように人の近寄らないティーアに来たんだろ? それに鬼塚のほうがよっぽどいろんな意味で化け物だって」

「筋肉的的な意味なんだろうなぁ!」


 こっちが勝手に話題に掲げといてなんだけど、『的』を2回重ねてまで話に入ってこないでいただきたい。


「でも、その……」


 シャルルはうつむき加減でちらちらとアルヴァレイの様子を窺いながら、何かを言おうとして言いよどむ。そして、顔を上げた。


「……殺しました」


 俺は背すじが凍りつくのを感じた。

 今までのシャルルからは感じられなかった冷たさ。

 たった一言の中に、憎悪や侮蔑や怒気が込められているような気がした。

 ただ平淡な声で、つまらなそうに、退屈そうに、突き刺すような鋭さで、言い放った。


「殺しましたよ。何人も何人も何人も何人も! もう数えるのも億劫なくらいに! 人形のように、生きたままその身体を弄びました。切り刻みました。千切りました。さっき成竜にしたようなことを人相手にやってたんです。子供でも、面白ければ殺しました。人を殺すのが楽しみで! 楽しくなくなったらまた殺す! 簡単に! 単純に! そういう人なんですよ!! ルシフェルお姉様は!」


 自分自身への哀れみと自分自身への憎しみを込めて、シャルルは渾身の力を込めて叫んだ。


「もう嫌です! ルシフェル御姉様。私は……こんなに優しい人を騙したくない! アルヴァレイさん、私は貴方の知っているシャルロット=D=グラーフアイゼンではありま」


 シャルルの言葉が途切れた。

 自分で切ったのではなく誰かにかき消されたような沈黙が流れる。

 そんな中、鬼塚はようやくテーブルの上に顔を出した。


「なんってことすんのよ、あの馬鹿は」


 シャルルは突然、そう罵った。

 刹那、シャルルの姿が揺らぐ。まるで水のように波打った。

 ぐにぐにと、ゆらゆらと、シャルルの形が崩れてゆく。

 耳や尻尾すらいつの間にか消え失せ、金髪も髪先から血のような赤に変わってゆく。

 身体も一回り小さくなり、前髪の奥から覗く気の強そうな目はギラギラとした眼光を放っている。


「あーあ、全部台無しだよ~。せっかく面白そうな感じに話が歪んできたところだったのにさ~。あはっ♪ でもまあいいか~。こっちもこっちで面白そうかな」


 シャルル、いやルシフェル御姉様と呼ばれた何かは興味津々の眼差しで俺を見た。


「あ、そういえば自己紹介してなかったね。私が『ティーアの悪霊』の主人格(マスター)ルシフェル=スティルロッテ。よろしくね!」


 快活に笑う『悪霊』ルシフェル。


「どういうことだ!」


 俺は声を抑えて叫んだ。


「アル君がさっきまで話してたシャルルは『シャルロット=D=グラーフアイゼン』本人じゃなくて、悪霊の第13人格だったってだけだよ。あ、安心してね。私の『シャルル』はアル君の記憶から作った『コピー人形』だから。外見は魔法で変えただけ。それにしても面白かったなあ♪ アル君が『シャルル』だと思って言ったことぜーんぶ聞いちゃったからねぇ、アハハハッ、アハハハハハハハハハハハッ♪」


 アルヴァレイは黙ったままでいた。


「何~ちょっとぉ。無視? 怒ったんだ、怒ったんだ? あはっ♪ ねぇアル君、シャルルちゃんに会いたい? 会わせてあげよっか?」

「うるさい」


 何だコイツは。人の神経を逆撫でするどころか、鋸や鉈でまとめて削り取っていくような嫌悪感。

 こいつが俺を騙して何のメリットがあるっていうのか。

 わからない。このルシフェルとかいう少女がまったくわからない。

 吐き気がする。気持ち悪い。世界をまとめてひっくり返したような感覚に襲われる。

 ただただ目の前でにやにやといやらしく笑う少女が不愉快だった。

 俺は拳を握り、顔を上げた。


「ごめんなさい……アルヴァレイさん」


 目の前でシャルルがうなだれていた。

 辛そうに、痛みを必死に堪えるような表情で、唇を噛み、身体を強張らせていた。


「……っ!」


 振りかぶった腕が動かせなくなる。

 この女を殴りたい、そんな俺の意志に反して、その腕は動かなかった。

 この『シャルル』のことを、ルシフェルは人格と言っていた。つまり、この『シャルル』はルシフェルとは別の意識を持っているという事だ。それにこの『シャルル』は俺の記憶から作ったと言っていた。

 だからだろう。

 目の前にいるこの『シャルル』は俺に殴られるような痛みを覚悟して震えているのではなかった。彼女の表情は酷い後悔と激しい自己嫌悪が生み出すものだ。

 俺は腕を下ろした。

 彼女は、『シャルル』は、シャルルじゃなかったとしても『シャルル』だった。

 彼女は、殴れなかった。


「ぷっ」


 唐突に噴き出す声。


「あはははははははははははっっ!」


 再び響き渡る嘲るような、見下すような笑い声。『シャルル』は瞬く間、気がつかない内に『悪霊ルシフェル』に戻っていた。


「私の能力(ちから)面白いでしょ? 『自己人格操作(セルフ・コントロール)』って言うんだよ。あは♪ 言っちゃったあ。でも、アル君なら良いよ。ぜんぶぜーんぶ教えてアゲルよ」

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