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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第2章『ティーアの悪霊』
33/121

(8)『瀕死の流血』(改稿済み)

 シャルルとリィラの対峙するティーアの山は夜さながらの静寂に包まれていた。


「え……?」


 リィラはシャルルを睨みつけた。

 シャルルはビクッと小動物のように震えて、身を強張らせた。そして、後ろを振り返り、そこに横たわり息絶えている鏃尾竜(リンドヴルム)の巨体をチラッと一瞥すると、


「ア、アルヴァレイさんが、危なかった……から」

「そっちのデカブツの話などしていない。私が言っているのは、貴様が我が父と同士を殺したあの夜のことだ! 忘れたとは言わせんぞ! 『黒き森(シュヴァルツヴァルト)の魔女』!」


 リィラは叫ぶと、腰にさしている剣を抜いた。


「リィラさん!」


 俺が叫んだその瞬間――目の前を霞む何かが横切った。思わず反応し身を引いた俺が次に視線を上げた時、鬼塚がリィラを羽交い締めにしていた。

 あの巨体が目にも止まらない速さで。


「何があったか俺は知らん。あの夜の報告書(レポート)は読んだがな。あの夜本当は何があったかなど、その場にいた貴様らにしかわからんのだ。大義はあるだろうが、まずは落ち着け!」


 そう言った鬼塚は、全てわかっているようだった。 


「大義などどうでもいい! これは私怨だ! 放せ、鬼塚! こいつは……この魔女だけは生かしてはおけない!」


 リィラは吐き捨てた。憎々しげに。苦々しそうに。


「リィラさん、記憶が……」

「記憶か……。ふ、ふふ……アルヴァレイッ。お前にわかるか! 目の前で、父を、同胞(はらから)を、いとも簡単に惨たらしく殺される気持ちが……。臓腑を丸ごと、握りつぶされるような思いがわかるか、魔女め! お前だけは許さない! 今、ここでお前を殺す!!」


 いつ戻ったのか、見当もつかなかった。

 いや、もしかしたら失ってすらいなかったのかもしれない。

 最初から、あの夜を過ぎて目を覚ました時から。全て覚えていたのかもしれない。

 そして、それからずっと、復讐のために陰の無いリィラ=テイルスティングを演じ続けてきたのかもしれない。


「鬼塚! これ以上邪魔立てするようなら、貴様とて斬り捨てるぞ!」


 リィラはこれまでに無いほどの剣幕でわめいた。

 何でも大雑把に考えなしに動いていたように見えても、何だかんだいつも冷静でいることができた、彼女がだ。


「腕をへし折らんとわからんか、テイルスティング」


 リィラはぐっと押し黙った。

 鬼塚はいつも馬鹿なことしかしていない。しかし、今はいつになく真面目な表情で、真剣にリィラの怒りを諌めようとしていた。

 それでもリィラは抵抗をやめなかった。

 今鬼塚が手を放せば、躊躇いも無くシャルルの心臓に手にした剣を突き立てるだろう。

 あの夜、目の前で惨たらしく殺されたリィラの父親はあの討伐隊の部隊長だった。彼女が尊敬していた父親の形見となってしまった剣を躊躇無く仇の血で汚すだろう。リィラはそれほどの殺気を放っていた。


「アルヴァレイさん……」


 こわごわと、俺のほうに少し身体を寄せ、リィラの正面から身を逸らした。


「くそっ! 放せ、鬼塚ァッ!」


 リィラは鬼塚の腕を力任せに振り払った。その勢いにバランスを崩す鬼塚。

 その間に、リィラは剣を中段に真っ直ぐ構え、刺突の体勢をとった。

 シャルルはどこか怯えと戸惑い、そして躊躇いを含んだ表情で俺を見た。

 しかしすぐにリィラに向き直り、腰を落として身構えた。


 相手の手の内を探るような一瞬の沈黙。

 そして、リィラが動いた。無駄も躊躇も無い滑らかな殺傷目的の動き。

 ただ真っ直ぐにシャルルの心臓めがけて、矢のような速度で剣を突き出した。

 シャルルは身体をよじるように切っ先を避け、その刃の腹を人外の力で横に押しのけた。弾かれるように吹き飛ぶ剣をリィラは身体を軸にして一回転し、下段を狙って横薙ぎに斬りつける。


『危ないよ~、お・ね・え・さん♪』


 どこからともなくリィラの頭の中に響いた声。その声に、リィラがシャルルの顔を見た時だった。

 歪んだ笑み――人のものとは思えない凶悪な笑みはリィラにのみ見える角度で、ただリィラにのみ向けられていた。


「っ!」


 俺は周りの音全てが消えてしまったような感覚にとらわれた。刹那、リィラはさ迷うように視線を落とす。その視線の先にあるのは自分の胸、否、そこに生えるように突き立った剣だ。

 リィラの視線が泳ぐ。

 そして、リィラの腕に残っている半分ほどの長さになった剣の残骸は、虚しくその存在理由を奪われ、地に落ちて小気味よい乾いた音を響かせた。


「……?」


 何がなんだかわからない、という表情で視線を泳がせるリィラ。

 その口からゴボッと咳き込むように血が飛び出した。


「テイルスティング!」


 鬼塚が今まで聞いたことの無いほど、余裕の感じられない声を上げて飛び出し、倒れこむリィラを受け止めた。リィラの胸には刃が深々と刺さり、そこから血があふれ出していた。


「リィラさん!」


 あまりにも唐突な出来事に足が動けなかった俺も、リィラに駆け寄った。

 リィラは虚ろな目で俺に視線を流した。そして、血だまりとなった口をパクパクとさせて、動かなくなった。


「くっ、死んじゃいねぇがかなりやばい。このままじゃすぐに下まで運んでも間にあわねぇぞ!」


 鬼塚は動かなかった。いや、動けなかった。

 ヒューヒューと弱くかすれそうな呼吸の音がリィラの運命を物語っていた。


「シャルル……」


 俺は思わず呼んでいた。

 視界に移るシャルルの小さく細い足。その足は俺の口から漏れた呟きから逃れるように、1歩後ずさった。その拍子にシャルルの踵に当たった小石がカランと音を立てる。

 俺が顔を上げると、目が合った。シャルルの怯える表情が目に焼きつく。

 すぐさま俺から目を逸らし、視線を泳がせるシャルル。


「私。私は……。ごめんなさい……ごめんなさい!」


 シャルルの声が途切れる。

 俺は目を逸らすことなく、シャルルに言った。


「リィラさんを、助けられないのか?」


 シャルルはビクッと震えた。

 血まみれになり、鬼塚の腕の中で息をか細くしていくリィラを見つめる。


「シャルル、助けてくれ……」


 いつの間にか俺は懇願していた。

 たとえリィラを傷つけたのがシャルルとはいえ、リィラを助けられるのはシャルルだけだろうと思ったからだ。

 否、シャルルなら助けられると信じていた。

 いや、それも違う。シャルルが人外の化け物だと認め、その力にすがっていただけだった。

 言い訳にもならない理由を頭の中で何度も繰り返しながら。


「わかりました。やってみます」


 シャルルは静かに緊張した面持ちで、そう言った。

 おそらく、シャルルはそんな俺の心中を察したわけではないだろう。




『ひゃははははっ♪ 傑作! 殺そうとした奴にたすけてくれってなあに!? あははははははっ! 滑稽(こっけい)だね~酷刑(こっけい)だね~。いいよ、いいよ~。君に免じて助けてあげるよ。そっちのほうが面白そうだし』


 この場にいる他の誰にも届かない声がシャルルの頭の中で響いた。

 急激に周りが暗転する。意識の奥に追いやられたのだ。暗い暗い夜空のような空間だった。

 そして、入れ替わるように心の奥から何かが出てきた。


『貴女、新入り?』


 よくわからなかった。この何かが何を言っているのかわからなかった。


『可能、貴女、理解、言語?』


 そのもやもやとした何かはシャルルに問いかけていた。


『私、名前、鳴けない小鳥(レジストハート)。可能、貴女、伝達、意思?』


 シャルルは答えられなかった。それよりも恐ろしかった。

 自分の中に何かがいる。自分の意識が消える。

 夜になると我を忘れるような自分の中に何かがいる。気が狂いそうだった。


『私、思う、貴女、不可能、伝達、意思。お姉様、作る、奇妙、人格、馬鹿?』

『うっさいわね! 早く表出なさいよ! 反応の無い危ない人になるじゃない!』

『お姉様、好む、喧騒。私、違う』

『シンシアといいアンタといい、主人格(マスター)何だと思ってるのよ……』


 その声はだんだん遠ざかり、シャルルの意識はそこで途切れた。





「シャルル! 早くリィラさんを!」

「私、鳴けない小鳥(レジストハート)。私、可能、治癒、女性。私、要求、貴方たち、義務、守る、沈黙。仮定、貴方たち、不可能、守る、沈黙、私、不可能、治療、彼女」


 鬼塚も俺も押し黙り、それを確認した瞬間、シャルルの右腕がリィラの胸を貫いた。


「え? ちょ……シャルル、何やってっ」

「否、私、“鳴けない小鳥(レジストハート)”。私、要求、貴方たち、守る、沈黙」


 シャルルの右腕が淡い緑色の光を放った。

 その表情は真剣で、全神経をその手に集中しているように見えた。


「私、要求、貴方、排除、剣、折れた」

「え?」

「不可能、貴方、聞く、言葉? 私、要求、貴方、排除、剣」


 俺が動く前に、鬼塚がその鋭い両刃を素手で掴み、そっと引き抜いた。

 鬼塚の手から一筋の血が流れ落ちて、リィラの血だまりに混ざって消える。しかし鬼塚はその痛みに顔をしかめることもなく、リィラの手の中にある柄と隣り合わせて地面に置いた。

 リィラの傷口から流れ出る血が止まった。代わりに緑色の淡い光が深く裂けた傷から漏れ始める。


「施術」

「コイツはすごいな……」


 鬼塚から感嘆が漏れる。

 無理もない。目の前で、パックリと避けた肉やズタズタにされた血管が時間を戻しているかのように、元に戻っていくのだ。それどころか穴のあいた服までもが元通りになったのだから。


「完了」


 シャルルが最後に腕を引き抜くと、瞬時にその傷口も塞がった。


『貴女、名前、シャルル?』


 またモヤモヤした何かがどこからともなく現れて、シャルルに突然問いかけた。

 声が出なかった。だから深く考えることもなく、うなずいた。


『私、理解、貴女。私、好き、貴女』


 モヤモヤした何かは少女の姿に形を変えた。

 大きな帽子を目深にかぶった同じくらいの年の少女。青と黄色を貴重にしたローブマントを着ていた。

 しかし、その表情は大人びて落ち着いた顔をしていた。


『私、第八人格。貴女、第十三人格。私、望む、貴女、変化、友達。貴女、原形、他者、記憶。私、同様……』


 少女は少しはにかみ、くるくると手を振った。

 その瞬間、シャルルは元の場所に戻っていた。目の前にはリィラが倒れ、ぐったりしている。

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