(7)『仮初めの再会』(改稿済み)
「鬼塚。お前に任せた」
「よし、任せろ!」
何をなのかわかっているのだろうか。
鬼塚は走り出し、瞬く間に懐に潜り込むと、その腹辺りで思い切り腕を振りかぶった、瞬間――グヴォオオオオオオオオオオオオオッ!
突然日が陰り、さっきとは比べ物にならない轟音が俺たちを襲った。
前からではない、はるか上方からだ。押さえつけるような激しい空気圧に姿勢を崩される。
「嘘……だろッ!?」
鏃尾竜。それもさっきのとは比べ物にならない。体高は7,8メートルある。体長はもう目測できない。広げた翼にも無数の小さな穴があき、甲殻も一部傷がついている。
歴戦の覇者の証のようだ、と俺が思った瞬間――――ゴキッ。
「うぉぶぐぁっ!」
心なしか鬼塚の身体が不自然に曲がっているような気がするが、大丈夫か……?
リィラは鬼塚の巨体を軽々と肩に担ぎ上げると、ものすごい速さで山の斜面を駆け下りはじめた。
「アルヴァレイ、お前も早く逃げろよ!」
さっき置いていけないって聞いたように思ったばかりなのに、あれれ?
何はともあれ、リィラの後をついて走る。
「最初にいた方って、まだ子供だったんですかねぇ!」
「たぶん後のほうが親だったんだろうさ!」
走りながら後ろを振り向くと鏃尾竜は追いかけてきていた。もちろん大きい――たぶん親――方がだ。
身体の構造上、バランスがとりにくそうだったので、走るのは苦手と推測していたが、どうやらそうでもないらしい。
鏃尾竜に踏みしめられた地面が次々と砕け、どんどん地形が変わってゆく。
「もっと速く走れ! 追いつかれるぞ!!」
リィラがそう叫んだ。
確かに追いつかれたら最後だ。死は免れない。
だが、ただでさえ足場の悪い山道。これ以上に速く走ったら、間違いなく足をとられて派手に転んでしまう。
その時だった。
必死に走る俺の横を前方から来た誰かがすり抜けていった。一瞬、リィラかとも思ったがあのシルエットは……見たことがある。
白いローブマントを着た小さな影。その金髪の間から覗くピンと立った耳。
どこかで見たことのある格好だと思った。
「……ちょっ、えっ?」
逃げているのも忘れ、立ち止まりつつ振り返る。ずっと探していた姿によく似ていたと思ったからだ。
ズズゥウウウンッ!!
その瞬間、地響きがした。
鏃尾竜の片翼が根元から引きちぎられ、地面に落ちたのだ。
当然その動きは止まっていた。
目を見開いたまま、突然の激痛の原因を探している様子だった。
「は?」
俺が見た鏃尾竜の姿。
片翼をもがれ、両足を引きちぎられ、無数の鱗や甲殻さえもところどころ剥ぎ取られて、地に倒れ伏し、もがいていた。体中を切り裂かれ、傷口からどくどくと赤い血が流れ出している。
そして、その頭部の近くに彼女は立っていた。
「シャルル?」
彼女、シャルルは俺には振り向かず、息も絶え絶えの鏃尾竜の鼻面に抱きついた。
そして、震える声で一言つぶやく。
「ごめんなさい」
鏃尾竜は口の端から火花を散らし、黒煙を噴き出す。そしてまぶたが自然に下がり、動かなくなった。
その言葉とは裏腹に惨い殺し方だと思った。
しかし、それは一瞬よぎっただけですぐに忘れてしまった。
10メートルを超す巨体を持つ鏃尾竜が、俺とすれ違い、振り向くまでの短い間にボロボロにされたのに。
「シャルル……!」
「近寄らないで! アルヴァレイさんは……何で……どうしてあなたはここにいるんですか?」
シャルルは冷たく言い放つ。
「聞いてくれ、シャ――」
「私は、また殺しました。成竜すらも簡単に殺してしまえるような化け物なんですよ。何度言えばわかってくれるんですか……。アルヴァレイさんは私なんかと関わらないほうがいいんです。今すぐにテオドールに戻ってください……。お願いです……から……」
シャルルは何も変わっていなかった。
自分勝手に自分が嫌われていると勘違いして、ことごとく俺を拒絶する。
「すぐに帰ってください。貴方には他にもいるべき場所があるんです……」
シャルルは視線を落とした。
「馬鹿か、シャルル」
そう叫んでいた。
シャルルはびくっと肩を震わせて、顔を上げた。
その頬は涙に濡れている。
「俺がシャルルのことなんか嫌ってるわけ無いだろ」
「嘘です……! 貴方もそうなんです……。私が化け物でおぞましいから。もう近寄らないでくれ……って、そう思ってるに決まってます! 貴方は……化け物じゃありませんから」
「嘘じゃない。俺はシャルルのことは大好きだよ」
「嘘……です……」
確かに怖くないといえば、嘘になる。
あの悲惨な夜のシャルルに恐怖を覚えたのは事実だ。
あんなシャルルは見たくなかったし、近寄るのにも覚悟がいるような有り様だった。
あの時のシャルルは怖かった。でも……。
「俺はシャルルの友達を辞めたつもりはないし、これまでも仲良くしてたつもりだったし、これからも仲良くしていたい」
「……ダメです」
「シャルル……」
「……ダメですよ。今はよくても、いつか私の近くにいることを後悔します。私はたぶん……また殺してしまいます。それに……夜になると、自分が抑えられないんです」
シャルルの声がだんだんか細くなる。
「もしかしたら、アルヴァレイさんだって殺してしまうかもしれないです! だから、私とはいないほうがいいんです……」
「俺だって強くなった。シャルルなんかにそうそうやられないよ」
「寝てる間に襲っちゃうかもしれないのに!」
「むしろ襲ってくれ」
不意打ちとか不穏な方とは別の方で。
「それに、シャルルだってあの時俺を殺せなかったじゃないか。殺せたのに」
そう、あの夜が終わった次の朝。
シャルルは俺を殺さないで立ち去った。殺すこともできたはずなのにそうしなかったのは、彼女がソレを望んでいなかったからなのだ。
「あれは……」
シャルルの顔が真っ赤になった。
おおかたあの時、自分が口走ったことでも、思い出したのだろう。
シャルルが悶えながら、。
「そうじゃないです! そんなことじゃありません! 私といると危険なんです!」
「俺が守ってやる、イタッ」
ポカポカッ。
「にゃ、にゃに言ってるんですかっ。私があぶにゃいんですっ!」
猫みたいだった。尻尾がせわしなく動き、耳もぴくぴく元気に動いている。
「こらこら、自分が危ないとか、間違っても言うなよ。もっと大事なことは他にあるだろ?」
「大事な……こと?」
「お前、俺のこと嫌いか?」
「にゃ、にゃに言ってるんですかっ。そんにゃわけにゃいじゃにゃいですか!」
定着させようとしているのかな。猫語。
「よかった。なら安心だ」
「えっ?」
「俺がシャルルを好きで、シャルルが俺を好きなら……」
シャルルはきょとんとした顔で俺を見ている。
突然、その目が輝き始め、顔を真っ赤にして、指で髪をいじってみたりし始めた。
「俺たちはまだ友達同士ってことだろ」
シャルルに殴られた。痛ぇ。
何で殴られたのかがわからない。
なぜかシャルルは頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。
でも、これでよかった。
シャルルの硬かった表情は、いつの間にか和らいでいたのだから。
これが今までのやり取りの成果だとすれば、なかなかのもんだ。
「アルヴァレイ、話は終わったか」
リィラは歩み寄ってきて、そう言った。
それに対してうなずくと、リィラはシャルルを指差した。
「そいつに聞きたいことがある」
リィラの目が鋭く光った。
「では1つ目の質問だが。お前がシャルロット=D=グラーフアイゼン本人で間違いないな?」
シャルルは気迫に気圧されたように、びくっとして後ずさる。
「は、はい……」
震える声でそう答えたシャルルは俺の方に縋るような視線を向けてきた。
「そうか。では2つ目の質問だ」
リィラは一拍置いて、その刹那に空気を凍りつかせるような言葉を、腰に差した刃と共に言い放った。
「なぜ殺したっ!」




