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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第2章『ティーアの悪霊』
31/121

(6)『リンドヴルム』(改稿済み)

 現れたドラゴンに、曲がる背骨に魔女との再開。

 抜き放たれた言葉と刃の向けられた先は……。

「遅いぞ、アルヴァレイ」


 鬼塚に追いつけたらしいリィラさんは腰かけて待っていた。腰かけているのはリィラだけで、腰かけられているのは鬼塚だけだったが。


「どこまでも筋トレしか頭に無いんですね、アンタ」


 鬼塚は腕立て伏せに没頭していたのだ。リィラはその重石(おもし)代わりということなのだろう。

 そのせいか、リィラはかなり不機嫌そうな顔をしていた。

 仮にも女性だからな。しかも、リィラさんぐらいの体重じゃ、対して重石(おもし)にならないだろう。


「こうでもしないと、お前を待つ気は無さそうだったんでな。私としてはかなり不本意だが、お前はまだ未熟だからな。コイツと違って不用意に置いていくわけにもいかん」


 そう言ったリィラはわずかに顔を赤くして、目を泳がせる。


「む、何の話だ?」


 鬼塚が顔を上げて、こっちに視線を向ける。


「全身筋肉質の山羊(ヤギ)があの世に旅立つかもしれないって話です」

「よぉし! ならばその全身筋肉痛の山羊(ヤギ)とやらと戦ってやろう!!」


 全身筋肉痛はさすがに可哀相だな、その山羊(ヤギ)


「相手、山羊(ヤギ)なんですけど……」

「筋肉に不可能は無い!」


 会話にならなかった。しかもお前、筋肉痛の山羊(ヤギ)にさらに鞭打つ気かよ。この人なら何とでも仲良くなれそうな気がする。いろいろな意味と、方向で。


「さて、そろそろ行くか」


 リィラがそう言って、腰を上げた瞬間だった。


「待てぃ!」


 鬼塚の叫びに、思わず腰を下ろすリィラ。


「ノルマ達成まであと325,837回なんだ、だから待て」

「行くか」

「そうですね」


 相手にする気すら起こらなかった。たぶん、いや間違いなくリィラも同じことを思っているはずだ。だからこそ、あっさりと腰を上げるのだ。


「仕方ない……今夜だな……」


 ぶつぶつと不満そうにつぶやく鬼塚。

 この人だけは、どんなことがあっても今夜を迎えられるだろう。

 このティーアで何があっても。

 例えば、目の前にドラゴンが現れるみたいな不運な遭遇(アクシデント)が起こっても。


「リィラさん。俺たちって、相当運悪いですよね」

「ああ、例えば鬼塚がついてきたこととか、鬼塚がついてきたこととかな。まぁそれに比べればこんな奴、って訳にもいかないか。ふむ……いわゆる鏃尾竜(リンドヴルム)とか言う奴だな」

「よく知ってますね」

「昔ちょっとな。自分でも珍しい経験だと自負している」


 体高は2,3メートル超。体長5メートル弱。

 それぞれ体中をくまなく覆い尽くす黒い鱗。鱗に覆われた3本指の鷲のような前足とライオンのような後ろ足を持つ。

 頭の後ろから背中にかけて突き出た刺々(とげとげ)しい突起。

 鋭く大きな牙が無数に生えならぶ裂けた口の端からは黒い煙がぶすぶすと立ち上り、尾は(やじり)の様に尖った形をしていた。

 鏃翼竜(リンドヴルム)はおもむろに身体の2倍以上翼を広げる。そしてそのアギトを大きく開いた。


 グォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!

 咆哮。

 空気をびりびりと震わせて、轟音と衝撃が俺たちを襲う。

 油断していたら、それだけで吹き飛ばされそうだった。

 戦慄する空気の中、俺とリィラの心は久々にひとつになっていた。


「逃げるぞ、アルヴァレイ! 鬼塚!」


 言い終わるか終わらないかの内に、俺とリィラは走り出していた。

 その場に鬼塚(バカ)だけが残る。


「何をしている、鬼塚! いったん退()くぞ!」

「何を言う! これほど強そうな奴が目の前にいるのだぞ! そう考えるとほら、腹が鳴らんか?」


 別にお腹は空いてねえよ。腕の間違いじゃないのか、ソレ。


「相手は曲がりなりにも竜族だ。いくらお前でも勝てん、死ぬぞ!」

「わが筋肉に不可の」

「やかましい!」


 リィラは目にもとまらぬ速さで、鬼塚に走りよると、その背中に――ゴギン!

 剣の柄で重い一撃を加えた。


「うぉぶぐぁっ」


 心なしか鬼塚の身体が不自然に曲がっているような気がするが、大丈夫か……?


「ほら、行くぞ」


 さっきから無視され続けている鏃尾竜(リンドヴルム)の機嫌が悪くなっているのは、どこからどう見ても明白だ。鏃尾竜(リンドヴルム)は低く唸り、大きく口を開いた。

 その奥の暗闇がぼんやりと明るくなる。


「リィラさん。かなりやばいんじゃないですかね。アレってあのアレですよね」

「ああ、あのアレだな。ちぃっ、鬼塚なんか置いてけばよかったか」


 『竜息撃(ドラゴン・ブレス)』だ。

 これは聞いた話だが、鏃尾竜(リンドヴルム)は呼吸をするように火を噴くと言われている。

 その火炎は森の木々を一瞬で灰に変え、金属をもどろどろに溶かしてしまうとか。


「逃げろ!」


 2人は鏃尾竜(リンドヴルム)に背を向けて、走り出す。

 リィラの肩には鬼塚の巨体が乗っているのに、なぜか俺より足が速い。そんなこんなで俺が最後尾。そりゃそうだ。そもそも身体能力が違うんだから。


「間に合え!」


 リィラがそんなことを叫んだ時――ボフッ。


「はい?」


 突如聞こえた軽い破裂音に思わず振り返る。

 その瞬間、俺の視界に映ったのは、直径30センチにも満たない火の玉のような物を地面に吐き出した鏃尾竜(リンドヴルム)の憐れな姿だった。

 微妙な沈黙が辺りを包む。


「リィラさん」

「何だ? アルヴァレイ=クリスティアース。何か言いたいことでもあるのか?」


 気まずい空気を紛らわせるためか、リィラはわざと俺をフルネームで呼んだ。


「もしかしてですが……ドラゴンって実は大したことない?」


 鏃尾竜(リンドヴルム)の火球は下草を焦がしただけで消えてしまった。

 灰にもなっていないし、こんな火で金属を融かすことなどできはしない。


「おい、起きろ、鬼塚」


 戸惑う鏃尾竜(リンドヴルム)の目の前で、リィラは肩の鬼塚を地面に叩きつけた。

 しかし依然として、ぐったりとして動かない鬼塚。


「おい、いい加減に起きろ。筋肉」

「どぉらっしゃああああああぁぁぁぁぁ!!」


 既に人間じゃないがそれでもいいのか。

 元気に起き上がった鬼塚は鏃尾竜(リンドヴルム)の姿を見た。

 さっきまでとはまったく違う、大きく翼を広げ、俺たちを威嚇する勇壮な姿を――――。

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