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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第2章『ティーアの悪霊』
30/121

(5)『悪霊の気配』(改稿済み)

 翌朝、俺たち3人は山頂に近づくほど傾斜の厳しくなる山道に辟易しながら、『悪魔の山(トイフェルベルク)』ティーアの山道を歩いていた。


「不思議だ。昨晩から記憶が無い。これが記憶喪失という奴なのか?」


 たぶん意識喪失の方だと思います。

 珍しく朝になっても窓の外で気絶していた鬼塚はついさっき目を覚ますまで、リィラに引きずられて来たのだ。これで怪我をしない(いわ)く『鋼の肉体』には驚嘆通り越して、むしろ感動すら覚える。


「ところで身体中がわずかに熱を持っているようなのだが、その理由を知らないか?」

「私が知るわけないだろ。そんなどうでもいいことで時間とらせるな。モタモタするな、鬼塚。まだまだ登らなきゃいけないんだから」


 ぶつぶつとぼやき続ける鬼塚の肩を叩きながら、リィラは先頭に立って登り始める。


「しかし、なぜいきなりこの筋肉山に登ることになったのだ?」

「なんだ、鬼塚。お前も堕ちたもんだな。お前は理由が無いとこの程度の山も登れないのか」

「ふざけたことを言うな。我が筋肉に理由など無いわぁ!」


 鬼塚はそう叫ぶと急に走り出し、リィラよりも前に出た。扱いやすい人だ。

 しかし自分のことを筋肉と同一化してる奴の近くにいて大丈夫なのか? 周りから変な目を向けられなきゃいいけど。

 まあ、もう遅いのは事実だったが。


「よし、わかった鬼塚。本当のことを教えてやる。こっちを向け鬼塚」


 リィラは耐えかねたようにため息をつき、鬼塚の肩を掴んで振り向かせる。

 怪訝そうに眉を吊り上げる鬼塚に、リィラは正面から向かい合いその両肩に手を置いた。


「この山の頂にお前の探し続けていた『筋肉の敵エネミー・オブ・マッスル』がいるらしい」


 鬼塚は驚愕の表情になる。どっちにしても、どこか嬉しそうなんだが。


「ふ、ふはは」


 どこかのネジが入ったようだ。鬼塚の場合、日常的に全てのネジが抜け切っている。

 様子がおかしくなるときはどこかのネジが入っているというわけだ。


「ついに見つけたぞ! 待っていろ! 俺がお前らの筋肉を鍛えなおしてやる!」


 普通の英雄伝に出てくる台詞なら、腐った根性とか性根とか、もっと入るにふさわしい言葉があるだろうが。残念ながら、鬼塚が入るだけでまともな物語にはなりそうにない。


「ちなみに、指差している方にあるのはさっきまでいた麓の村だからな。村の人をどう改造する気だよ」

「待っていろ、諸悪の根源よ! 俺がその性根を叩き壊してやる!」

「壊してどうする」


 本当にいるかどうかは気にしないけれど、筋肉以外まで色々と敵に回されたエネミー・オブ・マッスルが可哀相に思えてくる。


「うぉおおおぉあぁあああああああっ!」


 別に何かあったわけじゃない。鬼塚が叫びながら山頂へ走り去っていっただけだ。


「あの馬鹿め。いきなり暴走したりして、訳わからんな」

「あんな嘘ついてよかったんですか?」

「大丈夫だろう。たぶんそろそろ忘れてるだろうからな」

「なるほど、たまには頭いいですね、リィラさんでも」

「少し言い方は引っかかるが。まあいい。それよりも一応追いかけてやらないといけないな。ここは何があるかわからん」


 あの人なら何かあっても大丈夫な気がする。

 とはいえ、ここはティーアだ。そうも言ってられないだろう。

 村を出る時に俺たちが死んでも村には何の責任もないという誓約書シュブールを何枚も書かされている。

 そういうところなのだ、ここ『悪魔の山(トイフェルベルグ)』と呼ばれるティーアの山は。


 リィラがものすごい勢いで走り去った後、俺は急に違和感を覚えた。

 いや、違和感なのかどうかも何がおかしいのかもよくわからなかったが、とにかく何かがおかしかった。辺りを見回しても、それが何かわからない。何かの気配のような、そんないやな感じにも思える。


「はぁ」


 細かいことを気にしている暇は無いらしい。とりあえず今はリィラの後を追いかけるしかない。

 俺は緩い傾斜を走って登り始めた。



「へ~、もしかして気づいちゃってたりしちゃったり?」


 少年が走り去るのを見届けると、隠れていた木の陰から這い出てくる。


「あの子、ちょっと面白いかも。見た目はただの神族にしか見えないのに私のこと気づいてたみたいだったし。あの子かな~。昨日のあの、何だっけ。安心感? う~ん、あはっ♪ とぉってもいいこと考えちゃったぁ。そうと決まったら、あの子を追いかけなくちゃいけないねぇ」


 頭の中に浮かんだえげつない考えをまとめつつ、歪んだ微笑みを浮かべる。


「弱いものいじめの狩りって趣味じゃないんだけどなぁ♪」


 期待に胸躍らせながら、誰かしらに向かってそう宣言した。


「シンシア」


 自分の心の中に意識を向けて彼女に呼びかけると同時に、それに応えるように奥から『シンシア』が表に出てきて、ルシフェルは心の奥に追いやられる。

 ()()()()()()()()()()


『おはよう、シンシア』

「おはようございます、ルシフェル姉様。突然ですが、久しぶりのシャバの空気にハイになってもいいですか? て言うか、最近ぜんぜん出れなくて退屈だったんですけど」

『相変わらず面倒なしゃべり方するわね。後でたっぷり遊ばせてあげるから、とりあえず言うことを聞きなさいよ、シンシア。ここからまっすぐ頂上に行く道の途中に男の子がいるんだけどさぁ。その子の記憶を全部読み取ってよ』

「わかりました。少しだけ待っていてください。ルシフェル姉さま」


 両手を高く上げて、魔法陣(ルーント)を展開する。

 シンシアの固有能力『偽りの神の全知全能デウス・エクス・マーキナー』は副次効果として周囲の人の記憶を読むことができるチカラを持っている。

 誰であろうと彼女の前では秘密など皆無だ。


『頼んだわよ』


 独り言にしか聞こえないだろうが、絶対に交じり合うことのない二者間の意思疎通の結果として成立している、自問自答に近いただの会話だった。


「それにしても、ルシフェル姉さまが男の子に興味を抱いておられるとは……はっ。これが恋というものなのですか?」

『言っておくけど、違うからね』


 右手を心中(なか)から操って、シンシアの頬を強くつねる。


「魔力レーダーが数百メートル先に男性の脳波反応を確認しました。なにやら筋肉だマッスルだと叫んでおります」

『そっちじゃなくて、もっと手前よ。ていうか、誰よ、それ』

「そうですか。わかりました。……数十メートル先にそれらしき若ツバメを発見しました」

『若ツバメ言うな』

「筋肉と少年の間やや少年よりの位置に比較的若い女性がおりますが、これはまさかの三角関係ですか、むふ。お姉さまもなかなかいろいろ大変そうですね」

『そんなんじゃないって言ってるでしょうが、人の話を聞く気無いの?』


 今度は両手で頬をつねる。


「いふぁいれす、おれえふぁま。記憶の波を検知、複製完了しました。いかがしましょうか」

『もういいわよ。またね、シンシア』

「ちょっとお待ちください。お姉さまは先ほど私をたっぷり遊ばせて下さると~! ……いたた、ちょっと強くつねりすぎたかな。へぇ~、シャルルちゃんね~。やっぱりあのアルヴァレイとかいう子、面白いわー。あは、この子ならイケそうじゃない。お人形遊び……フフ。となると、シャルルちゃんから何とかしないと」


 彼女が心の奥に潜り込むと、自然と身体の動きが止まる。

 やがて重力に従って倒れた身体はごつごつとした岩肌にその身を強く打ちつけた。岩で擦った傷が赤く滲み、わずかに血が流れ出してくる。

 その横たわる身体に突然変化が起きた。

 肌がまるで液体のように波打つ。瞬く間に体表面から何から全てのパーツがその形を変えた。


『起きなさい、()()()()


 身体がムクリと起きる。


「ここは……ティー……ア?」


 見たことのない景色だった。

 でも私はそこがどこだか知っていた。

 なぜだか頭の中からティーアのことが浮かんできたのだ。

 来たことのないはずの場所を、見たことの無いはずの景色を、ただ漠然とそこはティーアなのだと認識していた。

 そしてなぜだか、知っていた。

 彼が、アルヴァレイ=クリスティアースがティーアに来ていることを。

 そして、もう二度と会わないと心に誓った彼に会わなければならないということを。

 心が矛盾を肯定していた。心が矛盾を強要していた。まさかそれが第三者の意志だとは微塵も思わずに。


「アルヴァレイさん……」


 そうつぶやいて、シャルルは山を登り始めた。

 会いたかった。けれど会いたくなかった彼の背中を追いかけた。

 少女の能力解放に、破綻しかけた喋り方。そして目覚めた魔女人格。

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