(4)『理不尽と筋肉な夜』(改稿済み)
リィラの暴挙に、鬼塚の愚行、夜も更けてからの訪問者。
「ハッハッハ、いい気分だ!」
「おい鬼塚、私は貴様のせいで2樽しか呑めなかったんだから少しは遠慮しろ」
「3分の2だろ」
「酒に付き合うわけでもないヤツがガタガタ文句言うな。ほら、謝れ鬼塚」
「ぬぅ。よくわからんがすまんな」
鬼塚とリィラの手合わせ(?)は思った以上に長引き、深夜をまわってようやく村に着いた俺たちは、最初にリィラの提案で村にあったギルドの分館のギルドマスターを叩き起こして挨拶を済ませた。それから鬼塚の提案で酒蔵を見に行ってリィラが言葉巧みに蔵主から酒をせしめ、後に村長の家に上がり込み滞在交渉で村長の貴重な睡眠時間を容赦なく食い潰して通された部屋でくつろいでいた。
盗人猛々しいとは半ばこのことである。
「おい、アルヴァレイ。まったく貴様は、周りにそんな悪く取られるような言い方しかできないのか?」
「色々と危ういから地の文を読むな。それに事実だろうが」
そもそもリィラと鬼塚の行動は悪くしか言いようがない。この人たちはたぶん人の迷惑を考えたこともないのだ。保身のために言っておくが、俺は反対したし今でも肩身が狭い思いを感じている。村全体がひっそりと静まり返っていて、起きているのが俺たちだけだとしても。
「それと鬼塚、部屋の隅で筋トレなんか始めるな。ただでさえ狭っ苦しいってのに、暑苦しさまで加わるだろうが」
村長が聞いたらブチキレそうな言い草だ。
家で一番広い客間でくつろげるのは、リィラに傍若無人な振る舞いをされてもまだ善意を傾けてくれた村長のおかげだぞ。
「そうだな。仕方ない。ちと狭いが、廊下でやってくる」
恩人の家を狭いとか言うな。
「鬼塚、廊下でやっても鬱陶しいだけだ。人気のない表へ出ろ」
珍しく至極まっとうな意見だと思った瞬間、リィラが『うげっ』とらしからぬ声で呻いて後ずさった。心底嫌そうな表情だ。不思議に思ってリィラと同じように鬼塚を見た瞬間、ゾゾッと背中に悪寒が走った。
何故か鬼塚はにやぁ~っと硬直したような笑顔を浮かべてリィラとまっすぐ視線を合わせようとしていた。如何せん、リィラの方から思いきり目を逸らしているのだ。
その視線が合うはずがない。
「お前とやるのは久しぶりだが腕が鈍ってはいないだろうな。テイルスティング」
今日の昼間、数時間がかりで組み合って喧嘩をしていたことは既に記憶の彼方に消失しているようだ。
おそらく鬼塚は前後の文脈を考えず、『表へ出ろ』という言葉だけに反応を返しているだろう。
「アルヴァレイとやってこい」
「ふざけんなよ」
無茶振りにもほどがある。
俺の実力が認められているのか、自分たちの強さに自覚がないのか。前者がいいけど実態は間違いなく後者の方だろうな。そしてやけに嬉しそうな顔でこっちを向くな鬼塚。
「よぉし、小僧! かかってこい。手加減はしないから覚悟しろ!」
「殺す気か?」
「倒す気だ!」
どうする。
できればここでこの人たちに迷惑の概念を教えたいところなのだが。おそらく教えようとしたらリィラが不機嫌になり、殺されかねない。かといって教えなければ当然鬼塚に殺されかねない。
「鬼塚。リィラさんは廊下だと村の人に迷惑がかかるから筋トレなら外でやってこい、って言ってんだよ」
この世の終わりを体験したような、愕然とした表情になる鬼塚。
「小僧、この俺の筋肉を騙すとは……貴様、鬼瓦か!?」
「鬼瓦にヒドイ奴の意味はねえよ。寝てる人いるんだから静かにしろ」
「む、そうか」
一応わかってくれた……のか。
リィラに常識を説くのはあきらめた内弁慶外仏な俺だが、鬼塚は思った以上に物分かりがいい方なのか。それ以上に物忘れも良さそうだが。
「窓から出ろよ。廊下を通ると村長に迷惑がかかるぞ」
リィラが珍しくまともなことを――と思ったが、彼女は部屋の出入口の前にあぐらをかいて座り込んでいるため、俺ならともかく鬼塚が通ろうとするとどかなければならない。それが煩わしかっただけだろう。
鬼塚は部屋の窓から外に出ようとして、ピタリと動きを止めた。そして、振り向いて部屋の中のある一点を凝視した。その視線の先には、どんぶりで酒を呑むリィラ=テイルスティング。
そのまま微動だにせず待つこと5分。
突然、くわっと目を見開くと俺の方へ顔を向けた。
「小僧、この俺の筋肉を騙すとは……貴様、鬼瓦か!?」
「思考回路がわからねえんだが」
「この部屋に寝てるヤツなんていないじゃねえかぁっ!」
「親切にしてくれた村の人たちが別の部屋で寝てるだろうが」
このオッサンの頭の中には筋肉でも詰まってんのか……。その程度のことを考えるのに5分もかかるって人間としてどうだよ。
しかもその処理してた情報は根本から間違ってる上、やかましいことこの上ない。
その時、リィラが無言ですっと立った。そして、静かに鬼塚に歩み寄る。
「うるさいぞ、鬼塚」
リィラも同じことを思っていたようで、窓枠に足をかけたままだった鬼塚を外に蹴り出した。
勢いを考えれば、足で吹っ飛ばしたというのが正しいだろうが。やかましい悲鳴をあげながら10メートルほどの距離を転がって、筋肉の塊は動かなくなった。鬼塚だから大丈夫なんだろうが。
「よし、呑むか」
「アンタの周りの酒瓶はなんだよ」
「お前も呑め」
なんで俺の周りには話を聞かない奴ばっかりいるんだろう。
「結構です」
「そう言うなって」
「遠慮します」
「仕方ない……鬼塚拾ってきて、あいつと呑むか」
「俺でよければお付き合いしますよ、ハハハ……」
乾いた笑いが口から漏れる。
あの馬鹿とこの馬鹿を一緒に呑ませるなんて、考えたくもない。
言葉通り無尽蔵に朝まで呑み続けるだろう。
それだけならまだしも、後片付けをやらされる羽目になる。ただの片付けと侮るなかれ。酒瓶の片付けだけで1時間もかかるなんて、誰が想像できるだろうか。
「ふん、まあいい。今日は1人で呑むから、寝ておけ」
危ない危ない。手にとった思わずどんぶりを取り落としそうになってしまった。
おかしい。こんなに理不尽じゃないリィラを見るのはいつ以来だろうか、と思いつつ大人しく畳の上に寝転がる。ここであまり深く突っ込むと、痛い目に会うのは目に見えてるからだ。
「おい。アルヴァレイ」
「何ですか? 今さら頼まれても1杯も付き合いませんよ」
「鬼塚が帰ってくる前にお前に大事な話がある」
急に声を低く潜めて真剣な面持ちになったリィラに、俺が思わず息を呑んだ時だった。
「おぅっ、俺の筋肉がどうかしたか?」
「んなこたぁ言ってねえだろうがっ」
ゴスッ!
窓の外から部屋にあがろうとした鬼塚の顔面に高速で飛んできた酒瓶がめり込んだ。
リィラの姐さん、とっても男らしくてカッコいいですっ。
実際に口に出すと、禁句が混ざってるために殺される寸前までボコボコにされるだろうが。
「テイルスティング、お前さん……なかなかやるじゃねえ……かっ……」
ドサっと鈍い音がして、鬼塚の姿が窓枠の下に見えなくなった。
「よし、鬼塚が還ってくるまでにお前に大事な話がある」
鬼塚は還ってこれるのだろうか……。
「さっき村長に聞いてただろう。この辺りで『魔女』とか呼ばれている奴はいないか、って。その話だ」
唐突だった。
それを聞いたのは、リィラと鬼塚が酒蔵に行ったのを見計らってこっそり聞いたはずだが。
「盗み聞きしてたんですか。性格だけじゃなくて趣味まで悪いんですね」
「まあ、そういうな」
と言いつつ、一瞬で剣を抜き放つ危険人物がほらここに。
「村長から何か聞き出していただろう。詳しく吐け」
「吐けとか言っちゃいましたか。……『魔女』といわれるような存在はいないそうです。ですが――」
――『悪霊』がいる。
この村の北にある山、ティーアは山頂に近づくほど危険が高まるような山だった。
頂上付近になるほど霧に覆われ、ドラゴンや上位の魔物が生息し、あらゆる国から危険地域に指定されている。その頂上付近に住んでいるのが、通称『ティーアの悪霊』と呼ばれる者だそうだ。そいつがいつからいるかの話までは聞けなかったが、もしかしたらシャルルかもしれない。
それらのことをリィラに告げる。
ただリィラに伝えていないこともある。
『ティーアの悪霊』はこの付近の村や町からアルペガやドラゴンと同格に恐れられている。それは危険地域に指定されているようなところに住んでいるからではない。強大な力に怯えているわけでもない。『ティーアの悪霊』は暇潰しで、娯楽で、遊戯で、道楽で、人を殺す。
「『悪霊』か……」
リィラが一言つぶやいて、酒を煽る。
本心としてはシャルルは勿論見つかってほしい。でもそんなのがシャルルであってほしくなかった。
シャルルは自分が人を殺してしまうことを誰よりも怖がっていた。そして、人を殺してしまう度に自己嫌悪を繰り返していた。シャルルは誰よりも優しかった。
だからこそ、人を殺してしまう自分を憎んでいたのだ。
「ところで、誰だ。そこにいるのは」
「は……?」
リィラは注いだ酒をぐいっと飲み干すと、背後の引き戸を後ろでにバンッと開けた。
「誰……?」
そこに立っていたのは13,4歳ぐらいの女の子だった。いかにも村娘らしい質素な服装の子で、全体の印象としては大人しそうな感じの子だった。
「何の用だ。殺気はないようだが、盗み聞きとは趣味が悪いな」
「リィラさんが言わないで下さい」
女の子はうつむいたまま、失礼します、と言ってリィラの脇をすり抜けて部屋に入ってくる。
「ん、女か。質問に答えろ。何の用でこの部屋の前で私たちの話を立ち聞きしていた?」
女の子はビクッと身震いすると、バッと顔を上げた。
「あ、あのっ、ルシフェル……様、をやっつけて下さい!」
「ルシフェル? 誰だそれは」
「あなた方がたった今話していた『ティーアの悪霊』ルシフェル=スティルロッテ……様です」
「貴様、悪霊に会ったことがあるのか?」
俺が訊く前に、リィラが先に口を出す。
「はい……」
「そいつはどんな姿をしてたかわかるか!?」
「え……? えっと………………あれ? どんな……あれ?」
「わからないのか?」
女の子はしきりに首を傾げている。どうやら本当にわからないみたいだ。
「ふん。わけのわからん依頼だが、引き受けんこともない。報酬と場合しだいでは『悪霊』をぶち殺してやってもいい」
「ちょ……リィラさん。別にシャルルじゃないことがわかれば、すいません……」
相変わらず、仲間に剣を向けることに微塵の躊躇いも感じない人だ。
「貴様が人殺しを放っておけるというのなら、今ここで私が人殺しになることもいとわんぞ」
「たぶん、いや間違いなく死ぬのは俺なんでしょうね……」
リィラは空になった酒瓶を舌打ちして放り投げると、
「さぁ、小娘。貴様の知っている話、全て聞かせてもらおうか!」




