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旧き理を背負う者‐エンシェントルーラー  作者: 立花詩歌
第2章『ティーアの悪霊』
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(2)『馬鹿は穴に落ちる』(改稿済み)

 戦闘(こと)が全て終わり、俺とリィラが近くの木陰からアルハングの残骸の積もった穴をぼんやりと眺めていると、鬼塚はぶつぶつと愚痴りながら穴から這い出てきた。


「むぅっ、何故か俺だけ理不尽に働かされた気がするが……」


 俺からすればそう思える思考回路の方がよっぽど理不尽に思えるんだが。


「おい、筋肉」


 リィラが呼ぶと、鬼塚は辺りをキョロキョロと見回し始めた。どうやら背後にいるのに気づいていないようだ。


「誰だ。俺を呼ぶのは」


 既に人扱いされていないのに、それでもいいのか。


「こっちだ、鬼塚」

「む。また声が。何処だ?」


 ブチッ。

 もちろんリィラがキレた音だ。

 瞬く間に鬼塚との距離を詰めると、背中側から思いきり蹴りをいれ、大分浅くなったアルハングの穴に突き落とした。


「ぬおおおっ、わ、罠かぁっ!」


 例えそうだとしてもこんな大がかりな罠は使わないだろう。


「大丈夫か鬼塚。どれ、手を貸せ」

「ん? おおテイルスティングか! いつ以来だ?」


 はい、突き落とされたこと今忘れた。


「今朝以来だ。いいから手を貸せ」

「おうよ」


 リィラの手首を掴み、鬼塚が再び這い上がってくる。


「ところでテイルスティング、貴様はどうしてここにいるんだ?」

「あー、油で手が滑ったあー」


 素晴らしい棒読みだった。


「しまったあー、間違えて剣を振り下ろしてしまったあー」


 これも棒読みだ。っておい!

 いつのまにか俺の手の中にあった短剣は穴の端から突き出すような感じでリィラの足の下。

 自慢じゃないが俺の剣はいいものだ。ちょっとやそっとで折れはしない。リィラの剣で叩いてもせいぜい火花程度だろう。

 鬼塚炎上。


「ぬおおおっ、だが俺は耐えてみせる!」


 馬鹿がいる。

 妙な主張をして上半身をグルグルと回し始めた鬼塚を放置して、リィラは元いた木陰に戻っていく。どうやら暑がっているようだが、この辺りの気温が上がっているのは間違いなく穴から立ち上る火柱と煙のせいだ。つまり鬼塚とリィラのせいだ。

 炎が全てを燃やし尽くしてくれればよかったのに、鬼塚は予想外に耐えやがった。というわけで人外決定、火傷もない。


「お前はいったい穴の底(あんなトコ)で何をしていた?」


 白々しくもリィラが問い詰めると、鬼塚は無駄に白い歯を見せてサムズアップ。


(おの)が肉体をみがくため、敢えて過酷な穴の底で身体を鍛えていた」

「建て前はいい。本音を言え」

「滑って落ちた」

「なんだ鬼塚。お前、落ちたのか。相変わらず馬鹿な奴だな」


 リィラはさも愉快そうに笑うと、急に目付きが変わった。


「お前、自分が何をしでかしたかわかっているのか?」


 声色を低くして凄んだリィラの殺気に思わず後ずさる。しかし鬼塚は、通常なら殺気なんかわからない俺ですらわかるほどの殺気を気にも止めない様子で、


「好戦的なのは結構だが、この辺りで下手に殺気を出すのは止めておけ。意思持つ蜃気楼ルフトシュピーゲルング(とら)われるぞ」

「私がそんな間抜けに見えるか」


 意思持つ蜃気楼ルフトシュピーゲルングと言うのは、世界でもこの深い渓谷(ティフタル)の谷底にのみ生息する魔物で、戦闘職の人たちに恐れられている。鬼塚の言った通り、殺気を持つ人の前に偽りの姿で現れて、谷底の巣に引きずり込む。しかも、その姿はその人が最も攻撃できない、大切な人を模してくるのだ。下手にいつ死ぬかわからないだけに、戦闘職にとって相性は最悪と言っていいだろう。


「例えアルヴァレイの姿で現れても切り捨ててやるから、安心しろ」


 それは安心――なのか?


「ていうかなんで俺なんですか? もしかしたら鬼塚かもしれませんよ」

「そしたらむしろ喜んで100回は斬り捨てるから問題はないんだが」

「なんと!?」


 大げさに驚いた鬼塚をリィラは再び穴の中に蹴り落とすと、


「そんなところでいつまでも何をしているんだ、鬼塚。とっとと村に戻って酒蔵を襲撃してから先へ進むぞ」

「酒蔵を襲撃するのはやめてください」


 手配書回るぞ。騎士のクセに。


(…………あれ?)


 いつもなら一言反撃が来るのに、リィラの反応がない。顔を上げると、リィラは忌々しそうな表情で崖の方を眺めていた。


「どうかしたんで――」

「黙れ、アルヴァレイ」


 一瞬だった。

 リィラは一瞬で抜剣し、虚空を横一文字に薙いだ。これは――。


「フン、馬鹿の忠告も聞いとくもんだな」

「出たんですか?」

「ああ」


 リィラはヒュンッと見えない返り血を落とすように振ると、まだブスブスと煙を上げる穴に歩み寄り、剣を投げ落とした。骨の山に刺さった剣がわずかに光る。

 別に珍しい光景じゃない。リィラと旅をしている内に何度も見ている。彼女の剣は魔弾の媒体でもある。本体は魔力の塊であるアルハングの残留魔力を剣に吸わせているのだった。


「鬼塚、それを取ってくれたらいつか手合わせしてやる」

「本当か?」


 騙されるな、鬼塚。この人のいつかは『()()()()()()』。ちなみに俺は金銭関係で嫌ってほど思い知らされてる。

 騙された鬼塚は、妙に嬉々としてその剣を拾い上げてリィラに手渡す。


「どんな……姿だったんですか?」

「昔死んだ同僚だ。愚か者が……行くぞ、アルヴァレイ」


 再び剣を鞘に納めて、リィラは先へと歩き始めた。





「ありがとうございます。若いモンが年々減って困っていましたのでな。お礼は少なくて申し訳ないのですが」


 依頼人の老人はリィラの手を掴んだまま、ぺこぺこと頭を下げる。


「金のことなど気にせず自分のためにとっておけご老人。酒をくれればそれでいい」


 俺はできれば金の方がよかったんだが。

 なんで村の人たちには俺たち相手みたいに暴君にならないんだよ。

 村の人たちに見送られ、小さな酒樽(さかだる)を2個(かつ)いだ鬼塚と1個を脇に抱えたリィラ。

 そしてそれ以外の荷物を全てかつがされた俺は1週間泊まった村を後にする。ちなみに俺の扱いはいつもこんなものだ。今回はリィラも1つ持っているだけ珍しいと言えるだろう。


 『移動ギルド』


 俺たちの社会的な立場を端的に表すならそれが最も分かりやすい。今のところ似たようなことをしていた前例はないから俺たちが初めてと言うことだろう。

 もっと具体的に言えば、村や町に客人として滞在することを条件にそこのギルドでは難しい依頼を請け負う。都合がいいことに鬼塚とリィラは手練れだ。大抵の奴らはどちらか一方がいれば(くだ)せるといえばわかりやすいだろうか。

 なんとなく今疑問の声が聞こえた気がするから記憶を失ったリィラの代わりに釈明しておこう。俺やリィラさんの事情を全て知っている傍観者がいるとすれば最初に浮かぶ疑問はもちろん――


『何故あの悪夢のような夜にその馬鹿げた身体能力を使わなかったのか』


 期待を裏切っているかもしれないが、その答えは簡単に想像しうる。

 ()()はそんなものじゃないのだ。

 そんな程度では済まない。

 確かにリィラの動きはほぼ素人の俺から見てもこの1年で異常なほど洗練されてきた。だが、おそらくまだ届かない。アレは身体能力で何とかなるようなものじゃない。俯瞰ふかんで見ていただけでも足が動かなくなったのだ。対峙なんてしたら瞬きひとつ覚束おぼつかないだろう。

 あの『夜のシャルル』には、今のリィラでも勝てない、何故だかそう確信できる。

 こうは言いたくなかったが、アレはそれぐらいの化け物だった。リィラの化け物()では足りない人外だったのだ。

 話を戻すが、ちなみにこの『移動ギルド』の方法を考えたのは俺じゃない。こんな商売になりそうな策を俺が思いつくわけがない。かといってリィラや鬼塚でもない。リィラはその手のことを考えるのが苦手だし、鬼塚はそもそも考えることがほぼない。これを考えたのはミッテ大陸のヴァニパル共和国で学校に通っている俺の妹だ。妹は確実にクリスティアースの血族で、医商双方に秀でた遺伝子を受け継いでいた。

 そして、もちろん『移動ギルド』はあくまで手段であり、旅の目的ではない。俺の目的はシャルルことシャルロット=D=グラーフアイゼンの捜索だ。リィラは俺からその話を聞き、()()としてついてきてくれたのだ。聞くまでの経緯はある意味事故と言っていいが。

 最初は断ったが『記憶を失った私をまるで腫れ物のように扱う今の居場所に居たくない』と言われ、断れなくなった。本当のことを教えないのは、彼女を利用しているからだとわかっている。言い訳をする気はないが彼女を騙していることに罪悪感を感じてもいるのだ。

 そしてリィラについてきたのが鬼塚だ。リィラは同僚と言っていたが、本人が何も語らない上、テオドールを出る時に『筋トレ万歳!』と叫んでいたから鬼塚の事情諸々については触れないようにしている。


「次は何処に行く? テオドールか?」


 やけに元気な鬼塚がそう叫ぶ。戻ってどうする。


「次は何処なのか、ちゃんとさっきの村で聞いておいたんだろうな、アルヴァレイ」


 俺が村長に聞いてた時、隣にいただろ。


深い渓谷(ティフタル)を抜けたところに多少大きめの村があるそうです」

「大きくても村なのか?」

「たぶん村にしては大きい、程度だと思います。ただ都市ギルドの分館が1つあるそうですから、もしかしたら仕事はないかもしれませんね」

「なんだその不届きなギルドは。仕事がないなんて言ったら分館を潰してやる」


 この人はやりかねない。


「ちなみに村の特産はお酒だそうですよ」

「なんだその素敵な村は。仕事をあってもなくても酒蔵を襲撃してやる」


 まだ見ぬ村人の皆さん、ごめんなさい。


「そんなことよりリィラさん。鬼塚の持ってる(たる)が1つ減ってますけど」

「何ッ!? 貴様、鬼塚ァッ! 私の酒を何処にやった!」


 全部の所有権を主張するリィラは、鬼塚の右手から酒樽(さかだる)を奪い取って、首に剣先を突きつけた。


「む、すまん。あまりに上手そうな匂いがしたのでな。つい呑んでしまった」

「貴ッ様あぁぁぁっ! 無断飲酒は兆死に値するぞッ!」


 万死では足りないらしい。

 命の危険を察知したのか、鬼塚はリィラの剣を持つ手を押さえにかかった。


「ぬううぅっ、貴様ごときの腕力で私を押さえ込めると思うな、鬼塚ああぁぁぁっ!」


 この人たちとの旅はいつもこんな感じに騒がしい。

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