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ステラヒーローズ  作者: えいえい
第一章 幼少期編

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第23話 白い魔石

 三匹目の岩鼠も結局は燃えてしまった。


 剣の先が灰色の毛皮の脇へ滑り込んだ途端、腕に溜めていた熱がひとりでに刃を駆け上がり、橙色の火が鼠の全身を包んだのだ。のたうち回った岩鼠はやがて動かなくなり、焦げた毛の匂いだけが洞窟に漂う。


「燃やすなって言ったろ」


 後ろの岩に腰掛けた榊が、笑いを噛み殺した声で言った。


「わ、分かってるよ! 分かってるんだけど、熱を流すと、勝手に燃えちゃうの!」


 リーゼの腕は、熱を刃へ流した途端に火をまとわせることに慣れきっている。火を使わずに熱だけを流せと言われても、体の方がなかなか言うことを聞いてくれない。


 視界の隅には、今夜のデイリーミッションの一番下に、ゆうべと同じ行が浮かんでいた。


『魔石を直接浄化して1体討伐 0/1』


 土曜の今夜も榊の討伐の夜だ。塀の扉をくぐって直ぐに、榊はゆうべの約束どおり浄化のやり方を教えてくれた。


「岩鼠の魔石は、前脚の付け根の間や骨の奥にある。脇から刃を寝かせて入れて、魔石に当たったら止めろ。火は使うな。体の力だけを刃の先から魔石に流し込むんだ。うまくいきゃ、死骸も残さずに消えて真っ白な魔石だけが残る」


 魔石の位置なら、霞ヶ丘のダンジョンで探索者の鷹野に教わって知っている。刃を止めるのも、それほど難しくはない。難しいのは、止めた後の方だった。


 四匹目では、どうにか燃やさずに済んだ。


 跳びかかってきた岩鼠を盾で弾き、ひっくり返った胸の脇から刃を寝かせて入れる。硬い手応えの所で刃を止め、腕の熱を刃の先へそろそろと送り込んだ。剣の中を何かが細く伝っていく感じは、確かにあった。それなのに岩鼠は刃を刺されたまま暴れ続け、しばらくすると力が抜けてただの死骸になった。


 取り出した魔石は、灰色の地に白い靄が混ざったような、まだらの色をしている。


「惜しいな。半分ってとこか」


 榊が魔石を目の高さにかざして言った。結人は唇を噛んで、剣を握り直す。


「もう一回!」


 五匹目には、焦って上から突き込んでしまった。


 刃が骨に当たる鈍い手応えがして、手首まで痺れが走る。慌てて引き抜くと、切っ先に引っ掛かって出てきた魔石は、真ん中から二つに割れていた。


「ああっ!」


「上から入れたら割れる。それは知ってたろ」


「知ってたよ! 知ってたけど、早くしなきゃって思ったんだもん!」


 結人がしゃがみ込んで割れた魔石を見つめていると、頭の上から、喉の奥で笑いを堪える声が降ってきた。見上げると、榊が拳で口元を押さえて、大きな肩を揺らしている。


「笑わないでよ!」


「悪い悪い。いや、懐かしくてな」


 榊は笑いを収めて、割れた魔石の片方を拾い上げた。指先で破片を転がしながら、明かりの届かない暗がりの方へ目をやる。


「昔、一緒に潜ってた奴がな、最初はお前とそっくりだった。焦がすわ、割るわで、何十個も無駄にしてたよ」


「その人、できるようになったの?」


「なった。そのうち、俺が瞬きする間に魔物を消すようになった」


 榊は、拾った破片を結人の手のひらに載せた。


「そいつが言ってたんだ。力は流し込むんじゃねえ。剣の先っぽに全部集めて、針みたいに細くしてから、一息で押し込むんだってな。腕全体で流すと、魔石に届く前に散っちまうらしい。俺には何のことだかさっぱり分からなかったが」


 針みたいに、細く。


 その言葉で思い出したのは、『緋走り』を撃つ時に刃の炎を細く圧し縮める、あの感じだった。あの時と同じように縮めて、火になる手前で止めれば、きっと榊の言う「針」になる。


「それなら分かるかも!」


 結人が勢いよく立ち上がった途端、奥の暗がりで、岩を引っ掻く重い音がした。さっきからの騒ぎを聞きつけたのか、足音は真っ直ぐこちらへ近づいてくる。


 暗がりに浮かんだ赤い目は、ほかの岩鼠よりも高い所にあり、左右の間隔も広い。水曜の夜に結人の燃える剣が仕留めた、あの一回り大きな岩鼠と同じくらいの図体だ。


 榊が手斧を掴んで腰を浮かせた。


「結人下がれ。でかいのは俺がやる」


「お願いやらせて! 今ならできそうな気がするの!」


 榊は、結人の顔と暗がりの赤い目を一度ずつ見比べた。それから、手斧を握ったまま半歩だけ横へずれる。


「危ないと思ったら、俺が割って入る。それでいいな」


「うん!」


 大きな岩鼠が、低い唸り声を上げて地面を蹴った。大型の犬ほどもある体が、苔を撒き散らしながら一直線に突っ込んでくる。結人は円盾を構え、腰を落としてその体当たりを受け止めた。


 ぶつかった重さに、踏ん張った踵が苔の上を後ろへ滑る。黄ばんだ前歯が盾の縁を削り、生臭い息が顔に吹き付けた。押し返そうとしても、岩鼠は全身の重さを乗せて盾にのしかかってくる。じりじりと押し込まれた背中が、とうとう冷たい岩壁に当たった。


 もう、後ろには下がれない。視界の端で、榊が手斧を握り直して一歩踏み出しかけるのが見えた。


 盾の下に、前脚の付け根が覗いた。


 結人は盾で岩鼠の重さを受けたまま、剣を寝かせて、脇から刃を滑り込ませた。毛皮と肉を抜けた先で、切っ先に硬いものが触れる。


 そこで止める。


 腕に溜まった熱を、刃の根元から先へと寄せ集めていく。『緋走り』の時と同じように細く、もっと細く圧し縮めていくと、刃の芯がかすかに色づき始めた。火になりかけたところで、ぐっと堪える。色を付けずに熱だけを、針の先ほどの一点に押し固める。


 岩鼠の爪が盾の表を引っ掻き、耳障りな音が洞窟に響いた。


 一息で押し込む。


 手応えがふっと消えた。盾にのしかかっていた重さも、跡形もなく抜け落ちる。刃の刺さった所から、灰色の毛皮が淡くほどけ始めた。前脚も背中も長い尾も、霧のように崩れて苔の光の中へ溶けていく。勢い余ってつんのめった結人の足元で、硬いものが岩に当たる澄んだ音がした。


 苔の上に、小さな魔石が一つ転がっていた。


 さっきのまだらの魔石とは違い、砂糖を固めたような混じり気のない白だ。苔の明かりを受けて、魔石の内側がかすかに光っている。


『デイリーミッション達成:魔石を直接浄化して1体討伐』


 結人は剣を放り出しそうになりながら魔石を拾い上げ、振り返って高々と掲げた。


「榊さん見て! 真っ白だよ!」


 榊は、振り上げかけた手斧を下ろすのも忘れて、結人の手の中を見つめていた。


「‥本当に、一晩で覚えやがった」


 低く漏れたその声は、ここには居ない誰かに向けられているように聞こえた。榊は直ぐに手斧を下ろし、いつもの顔に戻って、結人の手元を覗き込んだ。


「大したもんだ。で、そいつをどうする?」


「どうするって?」


「白い魔石はな、砕けばそいつを白くした奴の力になる。それは、お前が自分の手で白くした魔石だ。砕いてみろ」


 結人は手の中の白い魔石を見下ろした。自分の力で初めて作った魔石が、今度は自分の力になるのだ。


 リーゼの指で魔石を握り込んで力を込めると、魔石は思っていたよりも呆気なく砕けた。白い粉が指の間からこぼれ落ちるより早く、握った手のひらから熱が入り込んでくる。熱は腕から肩へ伝い、胸の真ん中を通り越して、リーゼの体の更に奥にある結人自身の芯にまで沈んでいった。


 視界の真ん中に、金色の文字が大きく浮かび上がった。



『経験値が一定数に達しました』  

『神楽 結人のレベルが2に上がりました 』



 結人は、その二行を三回読み返した。


「榊さん! 上がった! あたしのレベル、2になったよ!」


 数字の話ができる相手は榊だけで、その榊は虚を突かれたように瞬きをしてから、無精髭の顔をくしゃりと崩した。


「そうか。1から2か」


 大きな手が、結人の頭の上に伸びてくる。


 大人の男の手が頭に近づくと、今でも体の方が先に固くなる。結人の肩は一瞬だけすくんだが、逃げはしなかった。ゆうべは途中で止まった手が今夜は止まらずに降りてきて、オレンジ色の髪の上に大きくぎこちなく乗った。


「やったな、結人」


 固くなった肩から、力が抜けていく。頬が緩んだのが結人のせいなのかリーゼのせいなのか、自分でもよく分からなかった。


   * * *


 十時半に「帰るぞ」と言われるまでに、残りのミッションも全部終わっていた。


 窓から部屋へ滑り込み、掛け布団を被った所で変身が解ける。翔の寝息を確かめてから、結人は六歳の体のまま目を閉じ、生身の自分のステータスを開いた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【名 前】神楽 結人

【レベル】2


【体 力】F+

【筋 力】F+

【敏 捷】E+

【魔 力】B+


【スキル】  なし

【固有スキル】  ステラヒーロー

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 結人は布団の中で何度も一覧を開いては閉じた。榊の言う「一番強かった奴」も字が見えないまま、こんなふうに少しずつ強くなっていったのだろうか。


 画面の端では、『DP:180』の数字が光っている。結人はDPショップを開き、『ガチャチケット』の行をタップした。


『ガチャチケット×1を獲得しました』


 手持ちは80DPに減り、代わりに初めてのチケットが一枚手に入った。


 結人は目を閉じたまま、常設ガチャの画面を開いた。瞼の裏で、金の線で編まれた天球儀がゆっくりと回り始める。チケットを一枚使い『召喚』をタップした。


 天球儀の向こうで星が一つ流れた。尾を引く光は、青。


 昇格の気配はなく、星座模様の裏面を見せたカードが、そのまま手元へ降りてくる。表を向いたカードには、栓をした小さな硝子の瓶が描かれていた。


『★3 下級ポーション』 『効果:軽い傷を回復』


 キャラクターではないから、当たりか外れかで言えば外れの方だ。それでも結人は、掛け布団の中で小瓶の絵をいつまでも眺めていた。ゲームで何度も見たのと同じ薬の瓶で、しかも自分で貯めたDPで引いた初めての一回だった。


 ゲームのステラヒーローには、十回まとめて引けば★4以上が一つ必ず出る、十連という引き方もあった。けれど十連を引くにはお金が要り、結人は一度も引いたことがない。毎日一回の無料のガチャを引きながら、画面の上の方にある十連のボタンを眺めていただけだ。


 召喚の画面の隅には、そのボタンが今も光っている。チケットを十枚貯めれば、今度は自分の力で、それが引ける。


 結人は、明日からのチケットは十枚貯まるまで使わないと決めて、召喚画面を閉じた。


   * * *


 晴れた日曜の朝は、子供たちが自分の布団を物干しまで運んで干すことになっている。


 職員の起こす声で目を開けた時、結人は目覚めのすっきりした感じに戸惑った。ゆうべ眠ったのは十一時近かったのに、瞼が少しも重くない。


 いつもなら引きずるようにして運ぶ敷布団を、両腕で抱え上げてみる。厚みのある布団が、腕の中で思いのほか軽かった。階段を下りる足取りもふらつかず、裏庭の物干しまで一度も止まらずに辿り着く。


 物干し竿の前では、陽向が自分の布団の端を掴んで、顔を真っ赤にしていた。小さな体で引っ張っても、布団は地面の上をずるずるとずれていくだけだ。


「陽向ちゃん、それ僕が持つよ」


 結人は自分の布団を竿に掛けると、陽向の布団も抱え上げて隣に掛けた。二枚運んだのに、腕にはまだ疲れの欠片もない。


 陽向が、目をまんまるにして結人を見上げた。


「ゆいとにいちゃん、ちからもち!」


「そ、そうかな?」


 洗濯籠を抱えた職員も、物干しの向こうで足を止め、不思議そうにこちらを見ている。結人は慌てて自分の手を背中に隠した。


「ねえ、ゆいとにいちゃん」


 陽向が、結人の袖をつんと引いた。


「こんど、ひなたたちとおにごっこしよ!」


 施設の裏庭で年下の子たちが走り回るのを、結人はいつも窓の内側から眺めていただけだった。誘われたのは、これが初めてだ。


 背中に隠した手を、結人はゆっくりと前に戻した。


「うん。いいよ」

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