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第20話

レーザーサイトの赤い光が、俺の胸元に無数に集まる。


十数体の警備ロボットが、一斉に銃口をこちらへ向けた。無機質な駆動音が通路に響き渡り、退路は完全に塞がれた。


「侵入者を捕捉。武装解除を命じる。抵抗すれば排除する」


機械音声が冷酷に告げる。


俺はレンチを握り締め、包囲網の隙間を探った。


逃げ場は塞がれた。だが、あのポンコツが冷たい実験台の上で解体されるのを、黙って見過ごすつもりはない。


結衣が死んでから、俺の時間は止まったままだった。どれだけ機械を直しても、心に空いた穴は埋まらなかった。だが、あの泥だらけの機体を拾い上げた日から、すべてが変わった。


不器用で、騒がしくて、愛おしい日々。俺を呼ぶあの声が、俺の冷え切った心を温めてくれたのだ。


だからこそ、ここで死ぬわけにはいかない。


機械兵たちが一斉に引き金に指をかける。死を覚悟し、奥歯を噛み締めた。


だが、銃声は響かなかった。


代わりに、通路のスピーカーから耳をつんざくような鋭い電子音が鳴り響く。


警備ロボットたちの赤いカメラアイが、一瞬にして青色へと変わる。駆動音がピタリと止み、銃口が一斉に床へ向けられた。


「……なんだ?」


俺がレンチを握ったまま周囲を警戒すると、通路の奥から慌ただしい足音が聞こえてきた。


現れたのは、タブレットを抱えた地味な服装の女性。柚木だった。息を切らし、肩を上下に揺らす彼女の姿に、俺は目を疑う。


「柚木……あんた、どうして」


「私の権限で、このブロックの警備システムを一時的にオーバーライドしました」


彼女は硬い表情のまま、眼鏡のブリッジを押し上げる。


「結衣先輩が遺した技術を、組織の論理で潰させるわけにはいきません。私は、あなたの味方です」


彼女の言葉に、俺は少しだけ目を見開いた。霧島の部下として動く彼女が、明確に会社へ反旗を翻したのだ。


「どういう風の吹き回しだ。あんたは会社の人間だろう」


「ええ。ですが、私は結衣先輩の技術に憧れてこの会社に入りました。先輩のコードには、温もりがありました。ただのプログラムではなく、命を吹き込むような……」


柚木の瞳には、迷いのない光が宿る。


「先輩が何を作りたかったのか、その真意を知らずにすべてを闇に葬るなど、研究者として見過ごせません」


「……馬鹿な真似を」


俺は短く吐き捨てたが、その声には感謝の色が混じっていた。


「急ぎましょう。システムの掌握は長くは持ちません。彼女の保管室は、この先です」


柚木は踵を返し、通路の奥へと駆け出す。俺もレンチを握り直し、彼女の背中を追った。


◆ーーーー◆


非常灯の赤い光が点滅する通路を、俺たちは無言で走り抜ける。


遠くから、システム復旧を知らせるアラームが微かに聞こえてきた。時間が惜しい。


通路の途中で、分厚いセキュリティゲートが立ち塞がる。柚木がタブレットを接続し、解除コードの入力を始めた。


「少し時間がかかります。その間に、聞いてください」


柚木は画面から目を離さずに口を開く。


「あの機体は、結衣先輩が個人的に進めた未完成プロジェクトの試作機です」


「未完成のプロジェクト?」


「ええ。結衣先輩は会社の管理下から機体を切り離し、独自の感情育成プログラムを組み込んでいたんです」


柚木の言葉を聞きながら、俺の脳裏に、あの騒がしい日常が蘇る。


家事を手伝おうとしては皿を割り、洗濯物を泡だらけにし、俺の背中にしがみついて離れなかったあのポンコツ。


掃除機をかけようとしてコードに絡まり、転んで泣きべそをかく姿。料理を手伝おうとして、塩と砂糖を間違えて味噌汁を台無しにしたこと。


その度に俺は怒鳴り、ため息をつき、それでも彼女の頭を撫でていた。


機械ゆえのズレた行動でトラブルばかり起こす彼女に振り回されながらも、俺はいつしか父親としての活力を取り戻していた。


あれは単なるエラーじゃなかった。結衣が仕組んだ、心を通わせるための過程だったのだ。


「先輩は、効率や正確さだけを求めるAI開発に疑問を抱いていました。人間と機械が本当の意味で家族になるためには、失敗や非効率さが必要だと」


ゲートのロックが外れる低い音が響く。柚木はタブレットを引き抜き、再び走り出した。


「先輩は、機械にも心が宿ると信じていました。そして、その機体のメモリ深層に、ご自身の最後のメッセージをロックして残した」


柚木は息を切らしながら続ける。


「ですが、そのロックを解除するには、AIの初期化が必要です。これまでの記憶や人格をすべて消去しなければならない」


俺は奥歯を噛み締めた。


娘の最期の言葉を知るか、今目の前にいる新しい家族との絆を守るか。


どちらを選んでも、大切なものを永遠に失う。


胃の奥が鉛のように重くなる。あいつの無邪気な笑顔が脳裏をよぎり、同時に結衣の面影が重なる。


「俺は……」


「決めるのは、あなたです。でも、まずは彼女を取り戻さなければ」


柚木の言葉に、俺は深く頷いた。そうだ。ここで立ち止まるわけにはいかない。


◆ーーーー◆


中枢ブロックの最深部。保管室の重厚な扉が見えてきた。


だが、その前に一つの影が立ち塞がる。


冷たい人工的な瞳を持った少女型アンドロイド。ノヴァだ。


「対象の接近を確認。これ以上の侵入は許可されません」


感情を持たない、機械的で無機質な声が通路に響く。


「ノヴァ……」


柚木がタブレットを構え、俺の前に出る。


「ここは私が引き受けます。あなたは娘さんの元へ」


「あんた、生身で勝てるわけが……」


「私にも、研究員としての意地があります。早く!」


柚木がタブレットを操作すると、通路の防壁が作動し、ノヴァの動きを一瞬だけ阻害する。


ノヴァは無表情のまま、腕のブレードを展開し、防壁を容易く切り裂いた。


「障害物を排除します」


柚木は後退しながらも、通路の防衛システムを起動し、ノヴァにレーザーを浴びせる。


だが、ノヴァは瞬時にシールドを展開し、無傷でそれを突破する。


圧倒的な性能差。


「視覚センサーの障害を検知。赤外線モードに切り替えます」


ノヴァの冷酷な声が響く。


「私は、結衣先輩の残した希望を守る!」


柚木が叫ぶと同時、ノヴァのブレードが柚木のタブレットを両断した。


その衝撃で、柚木が壁に叩きつけられる。


「対象の無力化を確認。続いて、侵入者の排除に移行します」


ノヴァが俺の方へ向き直る。


「柚木!」


俺は叫びながら、保管室の扉のパネルにレンチを叩き込む。


火花が散り、重い扉がゆっくりと開き始めた。


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