第16話
凄まじい衝撃音が響き、鋼鉄の扉が内側へとひしゃげていく。
すでに退路は断たれ、残された時間は秒読み段階に入っていた。軋む鋼鉄の悲鳴が、避けられない破滅の訪れを容赦なく告げている。
耳を劈くような金属の破断音が響き渡った。
分厚い隔壁が紙くずのように吹き飛び、濛々たる粉塵がシェルター内に巻き起こる。爆風に煽られ、柴田の体が壁に叩きつけられた。くぐもった呻き声が漏れ、そのまま動かなくなる。
俺は腕で顔を覆い、背中の後ろに彼女を庇いながら姿勢を低くした。
土煙の向こうから、二つの影がゆっくりと足を踏み入れてくる。
「無駄な抵抗は終わりだ、宗一君」
冷酷で高圧的な声。隙のない高級スーツを着こなした霧島が、ハンカチで口元を押さえながら見下ろしていた。その傍らには、冷たい人工的な瞳をしたノヴァが、感情の欠片もない顔で立っている。
「……てめえ」
俺は足元に転がっていた鉄パイプを拾い上げ、立ち上がった。膝が震えているが、ここで引くわけにはいかない。
「対象の排除、および回収任務を続行します」
ノヴァが無機質な声で告げた。
俺がパイプを振り上げるより早く、ノヴァの姿がブレた。
視界の端で銀色の閃光が走る。腹部に鉛の塊を叩き込まれたような衝撃が走り、俺の体は宙を舞っていた。
背中から崩れた天井の瓦礫に激突する。肋骨が嫌な音を立てて折れ、肺から空気が強制的に絞り出された。
「ガッ……あ……!」
血の味が口内に広がる。崩れ落ちたコンクリート片が両足に重くのしかかり、身動きすら取れない。
「旧式のガラクタ相手にムキになるな。君の相手をしている暇はないんだ」
霧島が革靴の音を響かせながら、瓦礫の下で這いつくばる俺を見下ろした。その目は、路傍の石ころを見るような冷ややかなものだった。
「結衣君が遺した未完成のプロジェクト。その試作機が、まさかこんな廃棄区画のゴミ溜めで見つかるとはね」
霧島の言葉に、俺は息を呑んだ。
娘が遺したプロジェクト。その言葉の重みが、鈍い痛みとなって胸を貫く。
「彼女の深層メモリには、我々にとって極めて価値のあるデータが眠っている。君のような底辺の修理工が触れていい代物ではない」
「ふざけるな……あいつは、ただの機械じゃねえ……!」
血まみれの唇を動かし、必死に声を絞り出す。
霧島は鼻で笑い、薄い唇を歪めた。
「機械だよ。ただの便利な道具だ。ロックを解除し、データを抽出する。もちろん、その過程でAIは初期化される。君との無意味な記憶も、すべて消去だ」
初期化。
俺は瓦礫を掴む手に力を込めた。
彼女のメモリ深層に娘の最期のメッセージが隠されていることは知っていた。だが、それを引き出すためには、俺と過ごした日々をすべて消し去らなければならない。
そんな残酷な選択を、この男は事務的な手続きのように言い放ったのだ。
薄れゆく意識の中で、俺の脳裏に不器用で騒がしい日常の記憶がフラッシュバックする。
サイズが合わない俺のお下がりの服を着て、不格好なエプロン姿で台所に立つ小さな背中。
洗剤を入れすぎて泡だらけになった洗濯機の前で、あわてて両手を振り回していた姿。
黒焦げになったトーストを皿に乗せ、申し訳なさそうにうつむいていた横顔。
機械ゆえのズレた行動でトラブルばかり起こしていた。だが、その度に俺を呼んで、無垢な笑顔を向けてくれた。
死んだように生きていた俺に、もう一度前を向く理由をくれた。父親としての活力を取り戻させてくれたのは、間違いなくあの騒がしい日々だった。
失いたくない。
娘の遺言を知るために、今目の前にいる新しい家族を殺すことなど、絶対にできない。
「やめろ……触るな……!」
俺は瓦礫の下から必死に手を伸ばした。指先がコンクリートを掻きむしり、爪が割れて血が滲む。
だが、体は鉛のように重く、一寸たりとも前に進まない。
「ノヴァ、回収しろ」
霧島の冷酷な命令が下る。
ノヴァが一歩踏み出したその時だった。
「待ってください」
澄んだ声が、埃っぽい地下室に響いた。
俺の背後に隠れていた彼女が、ふらつく足取りで前に出たのだ。外装はひび割れ、関節からは火花が散っている。立っているのがやっとの状態だというのに、その小さな背中は真っ直ぐに霧島を見据えていた。
「私を連れて行ってください」
一生懸命で丁寧な敬語。どこか抜けていた普段の様子とは違う、静かな決意が込められていた。
「その代わり、この人には手を出さないで」
「……よせ、馬鹿野郎! 戻れ!」
俺は喉が裂けるほど叫んだ。
彼女は自分がどうなるか分かっているはずだ。初期化されれば、俺との思い出も、その不器用で優しい人格も、すべて永遠に失われる。
霧島は面白そうに目を細めた。
「交渉のつもりか? 傑作だな。ただの試作機が、人間を守ろうとするとは」
「私は、与えられた役割を最後までやり遂げます」
彼女は一歩も引かなかった。その瞳には、俺の笑顔を守るという、彼女にとっての譲れない価値観が宿っていた。
「いいだろう。回収しろ」
霧島が顎でしゃくると、ノヴァが無造作に彼女の腕を掴んだ。
「やめろ! 行くな!」
俺は瓦礫を押し退けようと、残されたすべての力を振り絞った。筋肉が悲鳴を上げ、折れた肋骨が内臓に突き刺さる。それでも、手を伸ばさずにはいられなかった。
引きずられるようにして連れ去られそうになった彼女が、最後に一度だけ振り返った。
泥と油にまみれた頬。結衣の面影を残すその顔に、ふわりと優しい笑みが浮かぶ。
『ありがとう』
かつて娘が俺を呼んだのと同じ、あの温かいイントネーション。声には出さず、唇の動きだけでそう紡いだ。
「あ……ああ……!」
視界が涙で滲み、世界が歪む。
ノヴァに腕を引かれ、彼女の姿が粉塵の向こうへと消えていく。
革靴の足音と、金属が擦れる音が次第に遠ざかり、やがて完全に聞こえなくなった。
静まり返ったシェルター。
冷たい風が、ひしゃげた入り口から吹き込んでくる。
俺の伸ばした手には、何も残されていなかった。
ただ暗闇の中で、完全な喪失感だけが俺を包み込んでいた。




