第八話 百発に割れろ
## 第八話 百発に割れろ
岩喰い虫の顎が、作業員のつるはしを噛み砕いた。
人間ほどの長さがある。白い節に覆われた体をうねらせ、狭い坑道を這ってくる。三つの赤い目は光を嫌い、レインの《微火》が灯るたびに頭を振った。
「火が弱点だ!」
フィオが言う。
「外側は岩より硬い!」
岩の向こうでミルが叫ぶ。
「口の中を狙って!」
「《高速火弾》!」
見えない速さで火球が飛ぶ。
岩喰い虫が頭を振った。火球は口の端を削っただけで、奥の壁へ突き刺さる。
坑道が揺れ、天井から小石が落ちた。
「外したら私たちまで生き埋めよ!」
クロエが叫ぶ。
「分かってる!」
速すぎる。
《高速火弾》は狙いを決めてから撃つしかない。撃った後に修正できず、敵が少し動くだけで急所を外れる。
岩喰い虫が顎を開く。次に狙われたのはフィオだった。
レインは彼女を引き倒した。顎が頭上を通り、背後の支柱を半分削る。
「ミル、まだか!」
「あと十四!」
十秒後。
「十三!」
一回が長い。
クロエが石を投げ、魔物の目を狙う。フィオは箒で粉塵を巻き上げる。二人とも傷はつけられない。それでも、岩から注意を逸らせばいい。
「十二!」
二匹目の岩喰い虫が奥から現れた。
「聞いてない!」
クロエが叫ぶ。
「向こうにも一匹いる!」
ミルの声が返る。
「それも聞いてない!」
挟まれている作業員は七人。動ける者はミルを入れて三人しかいない。
レインは胸の中にある連結核を探った。
火。風。速さ。
そこへ、石を二つに割る力が触れかけている。
まだ繋がらない。
ミルはレインたちを信用して作業を続けている。だが、自分の力が役に立つとは信じていなかった。
「ミル!」
「数えてるから話しかけないで!」
「その《小分け》、俺に貸せ!」
「欲しいならあげるよ! 役に立たないから!」
「違う!」
レインは一匹目の突進を避けた。肩が外殻に当たり、皮膚が裂ける。
「石を割るだけじゃない。俺の火を割れる!」
暗闇で、《小分け》の音が止まった。
「火を?」
「一発を二発に。二発を四発に。お前が何時間も諦めずに石を割れるなら、俺の一発だって何発にでもできる!」
「そんな使い方、できるわけ――」
「俺たちのスキルは、できると思われたことしかできないのか?」
昨日まで、レインの火は三秒で消えるだけだった。
フィオの風は紙一枚を揺らすだけ。
クロエの速さは荷車に負けた。
誰も、その先を試さなかった。
価値がないと決めた瞬間から、使い道を考えることすらやめていた。
「ミル。俺は、お前の力が必要だ」
少しの沈黙。
やがて、岩の向こうから低い声が返る。
「……勝手に持っていきな」
胸の奥で三つ目の音がした。
【共鳴を確認】
【《高速火弾》と《小分け》を連結します】
【スキル連結成功】
【《連装高速火弾》を獲得】
岩喰い虫が口を開いた。
レインは真正面から指を向ける。
「《連装高速火弾》!」
一発の火球が放たれた直後、二つに割れた。
二つが四つに。
四つが八つに。
暗い坑道を、無数の赤い線が埋めた。
一発目は外殻へ弾かれた。二発目は目を焼いた。残る火弾が開いた口へ殺到し、体の内側で炸裂する。
岩喰い虫が身を反らした。
レインは腕を横へ振る。
残った火弾が二匹目へ飛び、三つの目と顎の隙間を撃ち抜いた。
二匹の巨体が同時に崩れる。
「今の、何発?」
クロエが呟いた。
「数えてない」
フィオが答える。
「清掃員なのに?」
「報告書に火の数までは書かないわよ」
岩の向こうで、ぱき、と音がした。
「最後の一回!」
白い石が二つに割れる。
上の岩がわずかに沈み、左へ傾いた。人一人が通れる隙間が開く。
最初に出てきたのは、怪我人を背負ったミルだった。
小柄だが、腕はレインより太い。煤だらけの顔でこちらを見上げる。
「本当に、火を割ったんだね」
「お前が割った」
「私は石に触ってた」
「でも、力は届いた」
ミルは傷だらけの自分の手を見た。
その後、監督官が崩落の原因を隠していたことが分かった。岩喰い虫の痕跡を知りながら、採掘量を落とさないため作業を続けさせていたのだ。
町の鉱夫たちは監督官を追い出し、新しい組合を作った。
救助報酬を受け取った日の夜、ミルは酒場でレインたちの卓へ来た。
「坑道は閉鎖になった。しばらく仕事がない」
「それは困ったな」
「困った顔に見えないけど」
「人手が欲しかったから」
ミルは椅子へ座り、レインの杯を勝手に飲んだ。
「私は山を出たことがないよ」
「俺も十二日前まで村を出たことがなかった」
「私は足が遅い」
「私より?」
クロエが身を乗り出す。
「競うところじゃない」
フィオがパン籠を自分の側へ引いた。
「食べる量は?」
「フィオ、仲間を食費で選ぶな」
ミルは初めて笑った。
「分かった。行くよ。あの火が最後にどこまで割れるのか、見てみたい」
翌朝、ミルは採石場の共同墓地へ向かった。
レインたちは入口で待つつもりだったが、彼女が手招きした。
「紹介しておく」
墓標の一つに、グラベルストーンの名が刻まれている。
「父と兄。五年前の落盤で死んだ」
ミルは小さな石を墓前へ置いた。
「あの時も監督官は採掘量を優先した。救助隊が入ったのは、崩れてから六時間後」
「それで鉱山に残ったのか?」
「誰かが岩の音を聞かないと、また同じことが起きるから」
ミルは坑道の壁を叩くだけで、内部の亀裂を聞き分けられる。スキルではない。父から教わり、五年かけて覚えた技術だ。
「今回は全員、生きて出た」
レインが言う。
「トーマも?」
「脚は治る。しばらく走れないけど」
「そう」
ミルは墓標へ向き直った。
「私、山を出るよ」
返事はない。
「逃げるんじゃない。外で覚えて、戻ってくる。岩を割る以外にも、この力でできることがあるらしいから」
風が墓地を抜けた。
供えた小石が一つ、地面へ落ちる。
ミルは拾わなかった。
「父なら、置き方が悪いって怒る」
「拾わなくていいのか?」
「次に帰った時、まだあったら拾う」
町を出る時、救助した鉱夫たちが入口へ並んだ。
トーマは松葉杖をつき、ミルへ古い短槌を渡す。
「これ、親方から」
追放された監督官ではない。鉱夫たちが新しく選んだ親方からだった。
柄には十三本の線が刻まれている。
「全員ぶん」
トーマが言う。
「十三人って、ちゃんと書いてもらった」
ミルは短槌を腰へ下げた。
「今度、札を数え間違えたら殴るからね」
「誰を?」
「責任者を」
レインたちの旅は、三人から四人になった。
その日の野営で、最初の問題が起きた。
ミルのいびきが、岩喰い虫より大きかった。
「寝られない!」
クロエが毛布から飛び起きる。
「《微風》で音を逸らせない?」
フィオがレインへ聞く。
「何でも合成で解決しようとするな」
「じゃあ、あなたが止めて」
レインは眠るミルの肩へ触れた。
直後、短槌が顔の横へ振り下ろされた。
石の地面にひびが入る。
ミルは目を閉じたまま言った。
「坑道で寝てる時に触るな……」
全員、少し離れて寝た。




