第七話 石を半分にする女
鉱山町グラベルに着くまで、荷馬車は一度も襲われなかった。
「護衛って、こんなに暇なの?」
幌の屋根で寝転びながら、クロエが聞いた。
「平和でいいだろ」
レインは御者台の横を歩いていた。
「私はもっと、盗賊を華麗に倒す仕事だと思ってた」
「荷車に三回ぶつかった奴が?」
「あれは過去の私。今の私は《高速火弾》の一部よ」
「撃つのはレインだけどね」
荷台で箒を抱えたフィオが言った。
「私の速さがなきゃ当たらない」
「私の風がなきゃ飛ばない」
「俺の火がなきゃ燃えない」
三人は顔を見合わせた。
「……全員、一人だと弱いな」
レインが言うと、二人から同時に小石が飛んできた。
グラベルは山肌にへばりつく町だった。坂道の両側に石造りの家が並び、どこを歩いても鉄と土の匂いがする。
依頼主へ荷物を渡すと、銀貨三枚が支払われた。そこで終わるはずだった。
「東坑道で、また崩落だ!」
鐘が鳴った。
作業着の男たちが広場を駆け抜ける。山の中腹にある坑道から、灰色の煙が噴き出していた。
「何人残ってる!」
「十二人だ! ミルも中にいる!」
レインたちは顔を見合わせた。
「行くの?」
クロエが聞く。
「冒険者だからな」
「まだ一番下の木札級よ」
「中に入れば札は見えない」
フィオが箒を担ぐ。
「私は外で待ってても煙を掃けないし、行くわ」
三人は救助隊の後を追った。
坑道へ入る前、クロエは入口に並ぶ木札を見つけた。
作業員の名と入坑時刻が書かれている。
「十二人じゃない。十三人」
「何?」
「札が十三枚ある」
監督官は苛立って振り返った。
「一枚は古い札だ」
「埃がついてない」
フィオが指で札の上をなぞる。
「今日、掛けたものよ」
「名前は?」
レインが読む。
「トーマ・グラベル。十二歳」
周囲の作業員が目を伏せた。
「子供を働かせてたのか」
「見習いだ。坑道の奥へは入っていない」
監督官の声が上ずる。
嘘だった。
十三人目は、帳簿に載せられない安い労働力だ。事故が起きても人数へ数えられない。
「全員を連れて戻る」
レインは札を一枚も外さず、坑道へ入った。
崩落地点の向こうで生存者の声を確認した時、最初に尋ねた。
「トーマはいるか!」
少しの沈黙。
「いる!」
ミルの声が返った。
「脚を挟まれてる。でも生きてる!」
十二人ではない。
十三人全員が戻るまで、救助は終わらない。
東坑道の入口では、監督官が作業員を怒鳴りつけていた。
「支柱をどけろ! 半刻以内に鉱脈を開け!」
「人を助けるのが先だろ」
レインが言う。
「誰だ、お前は」
「冒険者だ」
木札を見せると、監督官は鼻で笑った。
「ガキの出る幕じゃない。崩れたのは旧坑道だ。生きている者はいない」
山の奥から、三度、金属を打つ音が届いた。
間を置いて、また三度。
「生存信号よ」
フィオが言う。
作業員たちが監督官を見る。
「聞き間違いだ。主坑道を開けろ」
「なら、俺たちは旧坑道へ行く」
「勝手にしろ。死んでも補償は出さんぞ」
坑道内は灯りが消え、粉塵が漂っていた。
レインの《微火》が、初めて誰にも笑われず役に立った。三秒ごとに暗闇へ戻る。十秒待ち、また灯す。その繰り返しで進む。
「《火弾》を灯りにできない?」
クロエが聞く。
「壁に当たったら俺たちが蒸し焼きだ」
「却下ね」
崩落地点では、人の背丈ほどある岩が道を塞いでいた。向こう側から、かすかな咳が聞こえる。
「誰かいるか!」
「いるよ!」
女の声が返った。
「でも、こっちからは動かせない! そっちも岩に触らないで! 天井まで落ちる!」
レインが火を灯す。岩の上には、折れかけた支柱が載っていた。
「どうすればいい!」
「右下の白い石だけ割って! 荷重が左へ逃げる!」
白い石は拳より少し大きい。だが周囲を黒い岩に挟まれ、槌を振る隙間がない。
「火弾で撃つ?」
フィオが聞く。
「衝撃で全部崩れる」
向こう側の女が叫んだ。
「私がやる。隙間から手を入れられる?」
岩と壁の間に、腕一本ぶんの穴がある。
レインは腹ばいになり、火を向こう側へ差し込んだ。
橙色の光に、煤だらけの顔が浮かぶ。
背の低い女だった。灰褐色の髪を太い三つ編みにし、両手には石粉が染み込んでいる。
「私はミルシェリア・グラベルストーン・デュアル。ミルでいい」
「レインだ。何をする?」
「手をどけて。三十回くらいで割れる」
「三十回?」
ミルは白い石へ指を当てた。
「《小分け》」
ぱき、と小さな音がした。
石の表面に一本の亀裂が入る。二つに割れたのは、爪ほどの欠片だけだった。
「それを三十回?」
「運がよければ」
「悪ければ?」
「百回」
ミルは二度目の《小分け》を使った。
使用間隔は十秒。暗闇の中、十秒ごとに石が鳴る。
十二回目で、坑道の奥から別の音がした。
硬いものが岩を削る音。
「まずい」
ミルの声が低くなる。
「何だ?」
「この崩落、事故じゃない。岩喰い虫が巣を広げてる」
「魔物?」
「石より硬い顎を持つ。音を聞きつけた」
作業員の一人が悲鳴を上げた。
向こう側の暗闇で、赤い目が三つ開いた。
「ミル、あと何回だ!」
「少なくとも二十!」
「十分だ。続けろ」
レインは穴から腕を抜き、立ち上がった。
「俺たちが二十回ぶんの時間を作る」
岩の向こう側では、ミルが怪我人の順番を決めていた。
最初はトーマ。次に意識の薄い二人。その後に歩けない者。自力で動ける者は最後。
「ミルが先に出ろ」
年長の鉱夫が言った。
「岩を割れるのはお前だけだ」
「だから最後まで残る」
「外で崩れたら?」
「その時は、向こうの火打石以下が何とかする」
レインには聞こえていた。
「信頼が雑だな!」
「名前、まだ覚えてない!」
「レインだ!」
「覚えた。死んだら墓標に刻む!」
「生きて出す話をしろ!」
怒鳴り合う声に、閉じ込められた鉱夫たちが笑った。
恐怖で浅くなっていた呼吸が、少し戻る。
ミルは石を割りながら、崩落の音を数えた。
天井から落ちる砂の量。支柱の軋み。岩喰い虫が壁を削る間隔。
「次に大きく揺れるまで、四分」
「どうして分かる?」
フィオが岩越しに聞く。
「山が息を吸ってる」
「比喩?」
「違う。空洞へ空気が入る音」
ミルの知識がなければ、レインは火を撃つ場所も時刻も選べない。
《小分け》だけを借りても救えない。
能力の持ち主が積んだ時間まで含めて、初めて連結になる。




