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スキルがゴミだった俺、組み合わせたらヤバくなった  作者: 藤崎聖子


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第六話 零・一秒を繋げ

 避けられない。


 そう思った瞬間、横から体当たりを受けた。


 レインは地面へ転がり、獣の爪が背中すれすれを通る。


「ぼさっとしない!」


 クロエだった。


「子供は?」


「中へ入れた。あとは院長が見てる」


「逃げてもよかったんだぞ」


「あんたを置いて?」


「俺は財布を取り返した」


「私はパン一個も返してない!」


 獣が突進する。


 三人は左右へ散った。石壁に角が突き刺さり、庭全体が揺れる。


「《火弾》は効かない!」


 フィオが叫ぶ。


「威力じゃない。速さが足りないんだ」


 火球が当たる直前、獣は肩を引いた。毛と脂肪の厚い場所で受けたのだ。


 目か、開いた口を狙えば倒せる。


 だが《火弾》は遅い。狙いを見てから避けられる。


「クロエ!」


「何!」


「俺に《瞬速》を使ってくれ!」


「人には使えない。速くなるのは私だけ!」


「俺の火と、お前の速さを繋ぐ!」


 クロエは獣を挟んだ向こう側で目を見開いた。


「意味が分からない!」


「俺も昨日知った!」


「そんな怪しい話を信じろって?」


 獣が角を壁から引き抜く。


 狙いはクロエだった。


「信じなくていい!」


 レインは獣へ走った。


「でも、あの子たちは俺が守る。お前が信じるか決めるまで、何度でも前に立つ!」


「馬鹿じゃないの!」


「昨日からよく言われる!」


 レインは火球を撃った。獣は首を傾け、簡単に避ける。そのままレインを角で跳ね上げた。


 背中から落ち、息が止まる。


 視界の端で、クロエが立ち尽くしていた。


 逃げろ、と言いたかった。声が出ない。


 獣の足がレインの胸を踏もうと上がる。


 クロエが動いた。


「《瞬速》!」


 姿がぶれる。


 零・一秒後、彼女はレインと獣の間にいた。


「今ので信じたから!」


 両腕を広げ、震えながら獣を睨む。


「早く何とかして!」


 胸の奥で二つ目の音がした。


【共鳴を確認】


【《火弾》と《瞬速》を連結します】


【スキル連結成功】


【《高速火弾》を獲得】


 レインは地面についたまま指を上げた。


「伏せろ、クロエ!」


 彼女が身を沈める。


「《高速火弾》!」


 発動音と着弾音が重なった。


 火球は見えなかった。


 獣の左目に赤い穴が開き、後頭部から炎が噴き出す。巨体が二歩よろめき、地面へ沈んだ。


 庭に土煙が広がる。


 レインは起き上がろうとして、また倒れた。


「大丈夫?」


 フィオが駆け寄る。


「たぶん。骨は折れてない」


「よかった。治療代まで出せないもの」


「もう少し心配してくれ」


「してるわよ。お金の次に」


 クロエは倒れた獣の前に立ち、自分の手を見つめていた。


「今のが、私の速さ?」


「ああ」


「零・一秒しか使えないのに」


「一発が届くには十分だった」


 クロエは唇を噛んだ。


 泣きそうな顔を隠すように、レインへ背を向ける。


「遅いって、ずっと笑われた」


「俺は火打石以下だ」


「私は紙一枚よ」


 フィオが加わった。


 クロエが振り返る。


「何よ、それ」


「私たちの自己紹介」


 院長と子供たちが建物から出てきた。泣きながらクロエへ抱きつく。


 門の外では、逃げた商会の男たちを衛兵が取り押さえていた。違法な魔物輸送が露見し、偽造された借用証書も馬車から見つかった。


 すべてが片づいた頃、レインはクロエへ空の革袋を投げた。


「何?」


「返しておく」


「私が盗んだ財布じゃない」


「予備だ。次からは盗まずに持て」


「次?」


「一緒に来るなら、食事代は仕事で稼げる」


 クロエは革袋とレインを交互に見る。


「私、泥棒よ」


「知ってる」


「足も速くない」


「それも知ってる」


「じゃあ、何が欲しいの?」


「仲間」


 即答すると、クロエは困った顔をした。


「そういうの、ずるい」


「何が?」


「盗めないじゃない」


 クロエは革袋を腰へ結んだ。


「院長たちが落ち着くまで三日。そのあとなら行く」


「分かった」


「あと、財布の借りは働いて返す」


「パンもね」


 フィオが念を押した。


「あんた、そこだけ細かすぎない?」


「食べ物の恨みは速いのよ」


「意味分かんない」


 三日後、レインたちは鉱山町グラベルへ向かう荷馬車の護衛依頼を受けた。


 出発までの三日間、《高速火弾》の練習をした。


 最初の的は、ギルド裏の木板。


「撃つよ」


 クロエが宣言する。


「撃つのは俺だ」


「私の速さが入ってる」


「じゃあ、撃つぞ」


「どうぞ」


 火球は的の中心を抜き、後ろの土壁へ深い穴を開けた。


 速すぎて誰も軌道を見られない。


「当たった?」


 フィオが聞く。


「穴がある」


 ミルはまだいない。木板の修理はレインたち三人で行った。


 二度目は動く的。フィオが縄で板を引く。


 レインが撃つ前に、縄が切れた。


「今のは私のせいじゃない」


「誰も責めてない」


「先に言っておく」


 三度目、クロエ自身が走りながら力を貸した。


 連結が不安定になり、火球は途中で速度を失う。


 本人が転ぶと、完成能力にも揺らぎが出た。


「集中が切れると駄目なんだ」


 クロエは擦りむいた膝を押さえる。


「戦場で私が怪我したら?」


「威力が落ちる」


「死んだら?」


 誰もすぐに答えなかった。


 レインは火の消えた指を見る。


「能力も消えると思う」


「困る?」


「能力より、お前が死ぬほうが困る」


 クロエは目を逸らした。


「そういうの、急に言わないで」


「聞いたのはお前だろ」


「答え方があるでしょ」


 フィオは二人を見比べた。


「今の、何?」


「何でもない!」


 クロエの耳が赤い。


 彼女の感情は、その日からすぐ恋へ変わったわけではない。


 家族以外に、自分の生存を必要だと言う者ができた。その戸惑いが、長い時間をかけて別の感情へ育っていく。


 練習で分かった制限は三つ。


 クロエが意識を失えば速度は落ちる。


 撃つ瞬間に動いている標的へは、速くても外れる。


 速さが増した分、着弾前に軌道を変えられない。


 強くなったのに、扱いは難しくなった。


 それでも三人は、外した数まで台帳へ書いた。


 報酬は銀貨三枚。


 依頼書には、小さな字でこう書かれていた。


 ――坑道内、原因不明の崩落あり。


 出発前夜、クロエは捨て子院の屋根へ座っていた。


 レインが梯子を上ると、隣に座るよう瓦を叩く。


「院長に聞いた。パンを枕の下へ隠してたんだって?」


「その話、忘れて」


「俺も宿で夕飯のパンを残した」


「朝の分?」


「フィオに半分やった」


「もったいない」


「お前も同じこと言うんだな」


 屋根の下では、子供たちが眠っている。窓から小さないびきが聞こえた。


「本当に来るのか?」


 レインが聞く。


「誘ったのはそっちでしょ」


「ここへ残る選択もある」


「残ったら、また盗む」


「働けば?」


「雇ってくれない。身分証も保証人もないから」


「冒険者登録なら院長が保証人になれる」


「戦えないよ」


「俺も十八秒で負けた」


「自慢しないで」


 クロエは膝を抱えた。


「外へ行って、何ができるか試したい。《瞬速》じゃなくて、私が」


「院長たちは?」


「報酬を送る。盗んだ金じゃなく、自分で稼いだ金を」


「なら一緒に稼ごう」


「半分は送るから、食事代は安くして」


「それはフィオと相談してくれ」


「どうしてあの人が会計なの?」


「食べ物に関してだけ、誰より計算が速い」


 翌朝、クロエは小さな荷袋を背負って門に立った。


 子供たちからもらった布紐が、赤茶色の髪に結ばれている。


「これは盗まないで持ってきた」


「見れば分かる」


「言っておきたかっただけ」


 彼女は振り返らず、最初の一歩を踏み出した。


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