第四話 十九秒目の勝ち方
「路地で火を撃った?」
詰所の机を挟み、衛兵が聞いた。
「撃ちました」
「無許可で?」
「魔物が十六匹いました」
「十五匹よ」
隣の椅子でフィオが訂正した。
「一匹倒したから、残りは十五匹」
「細かいな」
「清掃報告書は数が合わないと戻されるの」
衛兵はこめかみを押さえた。
二人が大通りへ飛び出した直後、夜警が路地喰らいの群れを追い払った。
事情はすでに確認されている。ただ、魔物の死骸を見た衛兵たちは、駆け出しですらない青年が倒したとは信じなかった。
「もう一度見せろ」
詰所の裏庭へ案内され、木の的を示された。
レインは指を向けた。胸の奥に残る、新しい形を探る。
「《火弾》」
火球が飛び、的の中央を焦がした。
だが昨夜より小さい。
「ずいぶん弱くなってない?」
フィオが首を傾げる。
「お前の《微風》がないからだと思う」
「合成したんじゃないの?」
「形は残ってる。でも、お前が近くにいた時のほうが強かった」
レインには、それが感覚で分かった。
《火弾》は自分の中にある。ただしフィオとの距離が離れるほど、火球は弱くなる。彼女が力を貸す意思を失えば、おそらく発動すらしない。
「面倒なスキルだな」
衛兵が的の焦げ跡を指でこすった。
「それでも、路地喰らいを倒せるなら賞金が出る。討伐証明はこっちで回しておく」
机に戻ると、銅貨十枚が革袋に入れて渡された。
レインは袋を二つに分け、片方をフィオへ押し出す。
「半分」
「あなたが倒したんでしょ」
「二人のスキルで倒した」
「でも――」
「箒の弁償があるんだろ」
フィオの手が止まる。
その目は、差し出された銅貨ではなく、レインの顔を見ていた。
「本気で半分くれるの?」
「五枚ずつ。数も合ってる」
「清掃報告書みたいに言わないで」
フィオは銅貨を受け取り、一枚ずつ確かめた。
「ねえ。冒険者試験、また受けるんでしょう」
「金が貯まったら」
「今日受ければ?」
「昨日落ちたばかりだぞ」
「昨日は一人だった。今日は私がいる」
昼前、二人はギルドの受付に立っていた。
再試験料を置くと、昨日の試験官が露骨に嫌な顔をした。
「忠告を聞かん奴だな」
「昨日とは違います」
「何が?」
「仲間がいます」
レインが振り返る。
フィオは新品の箒を持って胸を張っていた。
「清掃員だろ」
「町を守る立派な仕事よ」
「試験場を掃除しに来たのか?」
「合格者を一人、拾いに来たの」
訓練場には、昨日と同じ魔物役が待っていた。
「またお前か」
角つき兜の男が木剣を肩に載せる。
「今日は十八秒より長く立っていろよ」
「十九秒で倒します」
「言ったな」
開始の鐘が鳴った。
男は昨日と同じく、顔を狙って木剣を振る。
レインは避けなかった。
フィオの箒が横から入り、木剣をわずかに押した。ほんの数センチ。刃筋が逸れ、レインの耳をかすめる。
「《微風》!」
紙一枚ぶんの風が、レインの指先へ届く。
胸の奥で、連結核が熱を帯びた。
「《火弾》!」
火球が男の足元へ着弾した。
土が弾ける。男が反射的に下がった先へ、レインは踏み込んだ。
拳を革鎧の胸へ当てる。
鐘が鳴った。
魔物役に一撃入れれば合格。
「十二秒」
審判の女が告げた。
「受験者レイン・クロフォード、合格!」
昨日笑った志願者たちは黙っていた。
試験官は新しい受験票に合格印を押し、レインへ渡した。
「《微火》だけでは勝てなかったな」
「はい」
「なら、自分の力で受かったとは言えん」
レインが口を開くより早く、フィオの箒が床を鳴らした。
「仲間と戦ったら不正なんですか?」
「そうは言っていない」
「冒険者は一人で全部やる仕事?」
試験官は答えなかった。
レインは合格証を折らないよう、そっと握る。
「俺一人の力じゃありません」
フィオが振り向く。
「だから、いいんです」
ギルドを出たところで、フィオは大きく息を吐いた。
「怖かった」
「ずいぶん強気だったぞ」
「ああいうのは勢いが大事なの」
「助かったよ」
「じゃあ、初仕事の報酬でご飯を奢って」
「仲間になる話を先にしないか?」
「食べながら聞く」
フィオの返事は、それで決まった。
初仕事を受ける前に、二人はギルドの資料室へ入った。
レインの新しい能力を登録するためだ。
「合成スキル?」
記録係の老人は眼鏡を上げた。
「聞いたことがないな」
「俺も昨日まで知りませんでした」
「二人で同時に魔法を使う連携術ならある。だが、固有スキルそのものが別の形へ変わる例は……」
老人は分厚い台帳を三冊開いた。
古い頁をめくり、似た事例を探す。
結果は一件もなかった。
「新種の固有スキルとして仮登録する。名称は《火弾》でよいか?」
「はい」
「共同保持者は?」
「共同?」
「一人では本来の威力が出ないのだろう。なら、二人の名を記録する」
レインはフィオを見る。
「名前、全部いる?」
「当然でしょ」
フィオは胸を張り、一息で名乗った。
「フィオレンティーナ・ヴァンデル・ブリーズハート」
老人の羽根ペンが途中で止まる。
「もう一度」
「フィオレンティーナ・ヴァンデル・ブリーズハート」
「綴りは?」
説明に十分かかった。
登録証には、レインの名とフィオの名が同じ大きさで記された。
フィオは紙を何度も見直す。
「私の名前が、冒険者ギルドの能力台帳に載った」
「嫌だったか?」
「逆」
紙を胸へ抱える。
「清掃員名簿以外で、初めて必要な人として書かれた」
レインはその言葉を覚えた。
誰かの能力を借りるなら、その人の名前も一緒に残す。
連結を重ねて能力名が長くなるたび、登録係は悲鳴を上げた。それでも、この決まりだけは変えなかった。
資料室を出ると、昨日合格したダンが依頼掲示板の前にいた。
レインの木札を見て目を丸くする。
「受かったのか?」
「十二秒」
「昨日より短くなってるぞ」
「倒したからな」
ダンはフィオと、彼女が持つ登録証を見る。
「仲間の補助か」
「共同スキル」
フィオが訂正した。
「補助じゃないわ」
ダンは少し戸惑い、それから手を差し出した。
「今度、勝負しよう」
「一対一なら断る」
「なぜ?」
「俺たちは二人で一人前だから」
フィオが箒の柄でレインの足を小突いた。
「二人で二人前を目指しなさい」
「今は何人前だ?」
「一・二くらい」
「細かいな」
「清掃報告書は数が大事なの」
二人が最初に選んだのは、町外れの薬草採取だった。
魔物討伐ではない。報酬も安い。
それでもレインにとっては、名前が依頼書へ記された最初の仕事だった。




